20_名前呼び勝負
翌日。
すっかり体調は戻り、またいつもと変わらない学校生活を送り始める。体育だって全力参加だ。
病み上がりだが今日は調子が良い。授業中に眠くもないし、昼も弁当だけじゃ飽き足らずパンも買う始末。
告白の件も終わったし、プリンの真相も解決。図書室でもあれから騒ぎを起こしていないし、なにもかも順調だ。
それでも片峰との勝負は未だに決着はついていないので、もしかしたら今日か明日あたりなにか仕向けてくるかもしれない。
だが、片峰が勝つなんていままでの実績からありえない。どうせクレーマーと化して引き分け狙いが関の山だろう。
いつもの調子で部室のドアを開けると、すでに青山と片峰が隣り合わせでテスト勉強を行っていた。
「お、圭馬くん復活したんだー」
「遅いわよ……圭馬」
「ホームルームが長引いたんだから仕方ないだろ。こればかりは俺じゃどうにも……」
違和感。
いま、二回名前で呼ばれた気がする。
「なにしてんの? 早く座ったら……圭馬」
「ん、おお、はい」
反応に困りつつ、おとなしく向かいに座る。
なんだか落ち着かないしもやもやするが、そろそろ中間試験も近い。俺もテスト勉強に明け暮れるとしよう。
「ねーねー圭馬くん、昨日は誰かお見舞いに来たのかなー?」
ニヤつきながら青山が聞いてくる。わかっているだろうにわざとか。
「知ってんだろ。片峰が焼きプリン持って来てくれたよ」
すると女子二人が顔を見合わせ、はしゃぐように片峰は立ち上がった。
「……聴いたでしょ遥! いまので勝負あり、わたしの勝ちで間違いないわよね!!」
「んーそーだねー。惜しかったね圭馬くん、チャンスはあったんだけどねー」
「ちょっと待て青山も片峰もなんのことだよ?」
なにをとち狂ったのか、脈絡もなしに勝利宣言とは随分ではないか。
「少し前に遥が提案したじゃない、どっちが先に名前で呼ぶかの勝負。いまわたしはちゃんと……圭馬って呼んだけど、あなたは相変わらず名字呼び。その時点で勝負は決まったわけ、わたしの大勝利よ!!」
「なるほどそんな勝負あったな………………はあああ!?」
驚かずにはいられない。突然の敗北に混乱し、二人が喜び合う姿を呆然と見ることしかできなかった。
「圭馬……にはいろいろ苦しめられたけど、これでついに決着ね! ちゃんと覚えてるわよね? 負けた人は勝った人の言うことをなんでも聞くって」
「ノーカン」
片峰の語りをさえぎり、俺は間髪入れずに言葉を繋げた。
「いつの勝負だと思ってんだよ! そんなの時効だ時効、どちらか一方が忘れたら成立しない勝負だろそういうのは。だいいち青山が提案した勝負だから普段の勝負とは別物だろ? 俺は認めないぞそんなの。ノーカン、無効試合、引き分けだ!!」
いまの俺、最高にダサいんじゃないだろうか。俺があんまりにも異議を唱えるものだから、二人ともびっくりしている。
だけど、ここは引き下がれない。
負けを認めてしまったら、俺は。
「だ、だめよ! 遥はわたしの協力者なんだから勝負を提供してくれるのは当然でしょ。これはちゃんとした勝負でありしっかりと勝敗もついてる、あなたの反対意見は却下、ノーカンは認めないわ!」
「いーやノーカンを認めないを認めない! いつもみたいに引き分けだ!」
「ノーカンを認めないを認めないを認めない! 今回ばかりはわたしの勝ちよ!」
「あーもーややこしーなーきみらは」
青山がボールペンで机を叩くと、やれやれといった表情で俺を見てきた。
「圭馬くんはそんなに負けるのが嫌? 千景ちゃんの言うことなんてどーせ可愛いものだと思うよー?」
「そりゃ嫌に決まってるだろ! 俺が負けたらこの同好会の意味もなくなるし、もう片峰が俺と関わる必要もなくなるじゃねーか!」
「……え?」
片峰がきょとんとする。
まずい。感情的になりすぎて、うっかり本音を吐露してしまった。
だけど理屈としてはそうなるはずだ。片峰は俺を負かすことを目標とし、同好会まで作り上げた。
悲願が達成されたいま、片峰が俺に絡む理由はなくなる。言うことを聞いてしまった後ならなおさらだ。
俺達は友達ではない。勝負を通じてでなければ、関わる機会なんてないのだから。
そもそも、こんなわけわからない勝負で負けにされてたまるか。
「そういう、ことになるわけ……?」
もしかすると俺は、墓穴を掘ったのかもしれない。
片峰本人がこの勝利だけでは満足せず、次もその次もあるのだとしたら。
一緒にいられる時間が、まだまだ続くのだとすれば。
だけどこれだけ文句を言った手前、俺から訂正するのは難しいものがある。
「と、とにかくわたしの勝ちは勝ちよ! 中間試験が終わったら連絡するから、それまでは同好会の活動はなしで勉強に専念すること!」
断固として意思は揺るがず、片峰は帰り支度を整える。
「あらら、千景ちゃん帰っちゃうのー?」
「しばらく家で勉強する。いい? 絶対にわたしの言うこと聞きなさいよね真加部圭馬!」
慌ただしく部室ドアが開閉し、片峰がいなくなる。
これで一安心……ではなく、問題が先延ばしになっただけだ。片峰はさっきの勝負は有効とみなしているし。
「なるほど青春だねー。負けたら千景ちゃんに関わる口実がなくなるから、あんなにゴネてたんだ。圭馬くんも案外可愛いとこあんじゃーん」
「うるせえ、元はと言えばお前考案の勝負が原因なんだぞ」
「勝負自体は公平だったでしょー? チャンスもあげたし、あそこできみが千景って呼べば引き分けになったんだからそこは圭馬くんが悪いよね」
ぐうの音も出ない。どうして青山にはこうも弱いのか。
「圭馬くんは一度負けたらおしまいと考えたわけだけど、千景ちゃんはそんなつもりなかったと思うけどねー。次も負けないわよって感じになるはずだったのに、圭馬くんの抗議でそうもいかなくなりそうかな?」
いつもの緩やかな様子で、鋭く指摘する青山。怒るでもなく悲しむでもなく、的確に状況整理してくれるのはありがたい。
「……やっぱりそう思うか?」
「うん、千景ちゃんだもん。圭馬くんの戯言を真に受けちゃって、これを機に本当に圭馬くんとの関わりを断っちゃうかもねー」
戯言扱いとは手厳しい。いや、むしろ戯言のほうがどれだけ良かったか。
「なんとかならないかな」
もはや青山の前で強がるのは無意味だ。すがるように聞いてみると、青山は満更でもない笑みを浮かべた。照れて後頭部に手を当てる仕草は実にわざとらしい。
「お、もしかして頼られてる?」
「青山ならきっと、いい落としどころを探してくれると思ってな」
「お姉さんに任せてって言いたいところだけど、圭馬くんと千景ちゃんの問題だからねー。自分でなんとかしなよ」
自業自得とはいえあっさり拒否されてしまうが、青山は机越しに俺をなでようとしてくる。いまだけは大型犬のごとく甘んじてなでられようではないか。
「俺は慰められてんのか?」
「鼓舞もしてあげてるよ。まーせめてものアドバイスをするなら、中間試験が終わって千景ちゃんから動くまで待ってみたらいいんじゃないかな? 千景ちゃんの言うこともちゃんと聞いてあげなよー」
「待つ……か」
時間が解決するのならそれで構わない。その間に俺も気持ちの整理をつけよう。
俺の髪型が乱れまくるまでひとしきりなでた青山は、最後につむじをぐりっと押す。なんのしつけだ。
「だいじょーぶ、きみと千景ちゃんならきっとうまくいくよ。かたわらで二人の青春を見てるわたしが言うんだから間違いないねっ」
照れずにそう断言する青山。気休めなんかではなく、心の底からそう信じているのだろう。
なぜなら青山遥という人物は、青春大好き女子高生なのだから。
「ありがとな、青春バカ」
「どーいたしまして、ただのおバカさん」
「ただのバカだと!?」
勝負バカに青春バカに、ただのバカ。
俺が一番しょうもねぇー。
『名前呼び勝負』~俺の負け~




