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19_取るに足らない昔話

「ある日の給食でね、一個余ってたプリンを男子が見つけて『プリン欲しい人集まれー』って叫んでたの。そしたら十人以上集まったから、二人一組で勝ち抜けのじゃんけんすることになって、そこでわたしとあなたで戦ったのよ。わたしがパーであなたがチョキ。一回でわたしは脱落した」

「よく出した手まで覚えてんな」

「わたしは記憶力がいいの」


 根に持つタイプの間違いだろと指摘したいが、話の続きを聞きたいので黙る。


「で、最終的にあなたも負けたんだけど……あなたはわたしにプリンをくれたのよ」

「ん?」


 意外かつ突飛な結末に耳を疑う。


「なんで俺がプリンをあげたんだよ? 獲得権利を奪った奴だろ俺は」

「……それは、あなたが優しかったから」


 ますますわからない。当時の俺はなにを思って渡したんだ。

 片峰がよほど悔しがっていたから? いや、それだけで自らのプリンをあげるほど聖人ではない。

 逆に考えてみよう。

 俺が片峰に、プリンをあげたくなるような状況だとしたら?


「そうか、思い出したぞ」


 手を叩き、おぼろげな記憶がようやく鮮明になりつつある。


「なんでか知らないけど、お前にだけプリンが配られてなかったんだな」


 プリンや牛乳といった数が明確にわかる物は、基本的に人数分だけ用意されている。欠席者がいなければ余る道理はない。

 嫌いだからこっそり戻すか、初めから配られていない場合を除けば。


「そう。プリンを配る人が、わたしの席には置いてくれなかったのよ。もっと早くに気づいていればこっそり取れたんだけど、思いのほか男子が見つけるの早すぎて……あんなに盛り上がってるのに『実はわたしのだ』なんて言えるわけもないから、わたしもプリンじゃんけんに参加したの」

「で、途中で俺も気づいたわけだ」


 片峰は静かに同意する。

 気づいたのはいいものの、あの盛況のなか真実を伝えるには俺も片峰も臆病すぎた。

 だけど見過ごすわけにはいかないから、自分のプリンをこっそり差し出したと。

 確かに俺は余りのプリンの獲得権利を奪った悪人だが、同時に自らのプリンをあげた善人でもあったのだ。


「なんだよ、俺も結構捨てたもんじゃないな」


 取るに足らないどころか自画自賛したくなるエピソードではないか。いままでよく忘れていたもんだ。

 おおかた当時の俺のことだろう。プリンがなくても、ライスやスープをおかわりしてしまえば満たされるような単純人間だったに違いない。


「にしてもおかしな話だよな。どうして片峰にだけプリンが配られてなかったんだろうな。そいつ相当間抜けだったのか?」

「それは……」


 急に口ごもるも、片峰は自前の麦茶を飲んで続きを話す。そういや折角焼きプリンをいただいたのに、飲み物を用意するのを忘れていた。


「わたし、何人かの女子にいじめられてたから」

「……マジか」


 初耳だ。女子との関わりに縁が無ければ、そういった事情すらも届かない。男子はその点バカばっかりでわかりやすいのだが。


「陰でこそこそやられてたから、あなたや男子が知らないのも無理ないわ。消しゴムのカス投げられたり、プリント配ってくれなかったりで小さな嫌がらせばかりだったけどね……でもまさか、プリンも配ってこないなんて思わなかったわ」


 力なく笑う片峰。

 笑い話にするには、少し無理がある。


「他の人みたいに気づいても見て見ぬ振りをすると思ってたのに、あなたは自分が損してでもわたしに優しくしてくれた……わたしはそれが、いまでも忘れられないぐらいとっても嬉しかったのよ」


 勘違いしていた。

 片峰千景は、小五の俺を恨んでいたわけじゃない。

 むしろ、その逆だったんだ。

 高校で再開したときに真相を話さなかったのは、いじめの記憶もあって自分からはなるべく言い出したくなかったのだろう。あの雰囲気では言いづらかったのもあるはずだ。


「……ちゃんと五年前にもお礼は言ったけど、改めてありがとね」

「どういたしまして、でいいんだよな」


 そんな丁寧に頭を下げられてしまうとこっちが気恥ずかしくなる。

 なんだかこれからの片峰とはうまくやっていけそうだ。


「でも、図書室の件は別よ。わたしが読みたかった本をことごとく借りてたのは未来永劫許さないんだからね!」

「前にも言ったがそれは知ったこっちゃねーんだよなあ」


 素直モードから喧嘩モードに一転。いつもの片峰に戻りやがった。

 だけど、やっぱりしっくりくる。


「そろそろ帰るわね。病人なのに長居してごめんなさいね」

「いや、こっちこそいろいろ話してくれてありがとな。焼きプリンもごちそうさま」


 片峰との距離が縮まった気がするのは俺だけだろうか。


「……あ」


 玄関まで見送ろうと部屋のドアを開けた先に、聞き耳を立てている我が妹実璃ちゃんの姿が。


「もうお帰りですか? ごめんなさい飲み物出そうと思ってたんですけど入るタイミングがなかなかつかめなくてついつい」

「話は後で聞いてやるからとりあえずリビングか部屋にいなさい」


 そうして実璃は慌てて逃げていく。どこまで盗み聞きしていたのかは問い詰めなければならない。逆に問い詰められるかもしれない。


「最初に少し会話したんだけど、しっかりした妹さんね」

「まあ、あんなとこもあるけど俺よりかは断然まともな子だよ」


 どんな会話をしたのか多少気になる。


「そういや片峰は風邪ひかなかったんだな」

「そうだけど……なにが言いたいの?」


 おそらく俺が言いたいことは察しているだろう。


「バ」

「バカじゃない! さよなら!!」


 顔を真っ赤にして出ていってしまった。

 バカは風邪ひかない。

 果たして片峰はどっちだ!?

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