18_お見舞い
「やっぱり実璃もお兄ちゃんのために休んだほうがいいと思うの。ママもパパも仕事でもう出かけてるし、実璃までいなくなってもしお兄ちゃんに万が一があったら実璃は取り返しのつかない後悔を」
「させないから安心して学校に行ってくれ。ただの風邪なんだから大丈夫だよ」
翌朝。寒気止まらず見事に風邪をひいてしまった俺は、ついに皆勤賞を逃す羽目に。だるまさんがころんだのときは風邪ひかなかったのになあ。
妹の実璃が血相変えて心配してくれるのは嬉しいが、薬を飲んで寝てしまえば治ると思うので徹底して看てくれる必要はない。ダメダメな兄貴ですまぬ。
「わかった。実璃もお兄ちゃんの代わりに皆勤賞目指すね。でもなにかあったりさびしくなったりしたらいつでも実璃に連絡するんだよ。妹との約束だからね?」
「御意。いってらっしゃい」
口を開けば長くてうるさいしブラコン気味だが良くできた妹だと兄ながら思う。あまり心配かけるわけにもいかないな。
妹も登校し、部屋の中は静寂に包まれる。平日の午前、こうして家で一人になるなんて滅多にないのでちょっとわくわくしている。
いつまでも寝っぱなしだと節々が痛くなるので、無理のない範囲で本を読みながら起きていよう。
妹が用意してくれたお昼ご飯を食べたまでは覚えている。そこから急に睡魔が襲ってきて昼寝をして……
うとうとしながら目を開くと、ぼんやりと見える長い黒髪。妹は短髪だから違うとして、誰だろう。
「起きたのね、おはよう」
そして意識がはっきりとする。
片峰千景が、俺の部屋にいる。
幻覚もしくは夢かと思い目を擦るも、しっかりと片峰の姿が映っている。
「これはドッキリかなんかか?」
「なんであなたに仕掛けなきゃいけないのよ。お見舞いにきただけ」
「お見舞い……? お前が?」
「そう。本当は遥も一緒に来るはずだったんだけど、わたし一人で行けって。遥経由であなたの友達に住所を聞いたの。ついでに授業内容のコピーやプリントも渡されたわ」
てきぱきと説明し、プリントやらを机に置いてくれる。
「いや、助かるけどさ……なんで違うクラスのお前が見舞いに来てくれたんだ?」
答えたくないのか視線をそらされる。俺が欠席なのもどこで知ったのか。
「まさかお前、弱ってる俺なら勝てると思って勝負しに来たんじゃ」
「んなわけないでしょ! その、えと、まだお礼言ってなかったじゃない? だから丁度良い機会だと思って……本当は学校で言うつもりだったんだけど」
「教室にいなかったから、俺が休みだってわかったわけか」
何度もうなずく片峰。
事情はわかったし俺としては構わないのだが、異性の家に上がり込むのに抵抗はなかったのだろうか。
……俺を異性として見てくれてはいるだろうな?
「具合はもう大丈夫なの?」
「朝は熱あったけどいまはだいぶ楽だな。体温計は……」
「はい、そこに落ちてた」
計ってみると体温は平熱。寒気もだるくもないのでほぼ完治に違いない。
「意外と奇麗にしてるのね、あなたの部屋って」
あまりきょろきょろ見渡されると落ち着かない。変な本は誰にもバレない場所に隠してあるはず。
「つーかお礼ってなんのだよ?」
「昨日のに決まってるでしょ」
そう言ってお洒落な模様がついたビニール袋を俺に差し出してきた。
「この袋は……まさか!?
俺が目を光らせると、やはりと言わんばかりに片峰がほくそ笑む。
説明されるまでもなく俺も知っている。駅前近くに最近オープンした、焼きプリンが絶品と噂されているあの洋菓子店だ。
「焼きプリン買ってきたからあげる。あなたも好きでしょ、プリン」
「いいのかよ、悪いなあ」
すっかり顔が綻んでしまった。
焼きプリンは一つ四百円であり、俺が気軽に払える金額ではないためなかなか食べる機会が訪れない。
うきうきして袋を開けると、中には焼きプリンが二つ。二つ?
「……もらう側が聞くのもなんだが、一つは片峰のぶんってことだよな?」
「そう……ちが、違う! それはあなたの妹さんによ! お見舞いなのにわたしのぶんまで買ってくるわけない、じゃない……」
慌てて両手と顔を振って否定しているプリン大好き片峰さん。
言葉尻が弱くなっているあたり図星である。ごまかすぐらいなら最初から抜いておけよと指摘してやりたい。
「あいつプリン好きじゃないから大丈夫だよ。お前が食ってくれ」
「……じゃあ食べる。でも初めからあなたと妹さんのために買ってきたんだからね」
「わかってるよ、ありがとな」
妹がいるなんて片峰に話したことはない。大嘘であるのは丸わかりだが、奢ってくれているのにそんな無粋な言い返しは御法度だ。
早速俺が食べようとする前に、片峰がなにか言いたげな表情をしているのに気づく。
「なんだよ、今更やっぱあーげないとかやめてくれよ」
「そんなこと言わないわよ! お礼がまだだったから、その……昨日は本当にありがとう。あなたにも蒲瀬くんにも迷惑かけちゃって……ごめんなさい」
いつになく殊勝だ。もうとっくに気にしていないのだが、やっぱり片峰にとっては引きずるものがあるのだろう。
「お礼はしてもいいが謝る必要はないだろ。蒲瀬とも昨日で決着ついたんだからさ、もうきれいさっぱり忘れようぜ」
ところが片峰は首を横に振る。
「忘れない。ううん、忘れちゃいけないと思う。わたしが反省すべき点がいっぱいあるもの」
「まじめだなあ、なら好きにしろよ」
頭の中はもう焼きプリンでいっぱいだ。まずは一口。
――芳醇、濃厚、甘美!!
「表面の皮のさくさく感にプリンのふわとろ感が合わさったらそりゃうまいよな!」
「そんなにわけわからない絶品されたら買ってきた甲斐があるってものね」
我を忘れてしまいそうになる。感謝を込めてごちそうさま!
「プリンと言えば、結局俺は小五のときなにをしたのかそろそろ教えてくれてもいいんじゃないか? これでも結構モヤモヤしてんだよ」
プリン繋がりで前々からの疑問をぶつけてみると、まだ焼きプリンを食べていた片峰の手が止まった。
「……そうね、昨日の借りもあるし教えてもいいわ。前も言ったけど、別にあなたには取るに足らないことだからね」
過去の俺はどんな奴だったのか、片峰からはどう見えていたのか無性に気になる。
微妙に開いていた両ひざを閉じ、片峰は焼きプリンの容器をそっと置く。
そして、ゆっくりと過去を語り始めた。