17_五本勝負~決着~
「あらら? 雨かなー?」
突然降りかかり、まさしく勝負に水を差されてしまう。しかも遠慮のない大雨であり、風も相まって冷たさが肌に染みてくる。どうして外で戦っていると急に雨が邪魔するのか。
青山だけが「用意してきてよかったー」と持参した傘を差している。ずるい。
「ほら、千景ちゃんも」
なんと折りたたみ傘も用意してあり、片峰のために差そうとするも。
「大丈夫よ遥、まだ勝負の最中だから」
「……おっけー。がんばってね、千景ちゃんっ」
それ以上は踏み込まず、親指を立てて引き下がる青山。
「待ってくれ、片峰さんはもういいんじゃないかな。このままだと風邪をひいてしまうよ」
蒲瀬から心配の声が上がるも、片峰は聞く耳を持たない。
もう四分も同じ体勢なうえ大雨だ。俺ですらしんどくなっているのだから、片峰も限界が近いだろう。片峰にとっては自己ベストだ。
「残念だがな蒲瀬、この勝負バカは雨ごときじゃやめねえよ」
身をもって知っている。
雨だろうがなんだろうが、片峰千尋は俺に勝つまで諦めない。
「…………そうか」
すると、蒲瀬に異変が起きる。いままではふらつきながらも両手を動かして安定させていたが、今度ばかりは抵抗せずに、ゆっくりともう一本の足を地面につけた。
体力の限界か、それとも。
「僕の負けだね。さあ、しばらく雨宿りかもしくはこのまま中止に……」
蒲瀬が驚くのも無理はない。
勝負はついたはずなのに、俺と片峰は未だに片足立ちを継続しているのだから。
「お、おい二人とも。もう勝負はついたんだぞ、これ以上続ける意味なんてないだろ?」
「蒲瀬クンの言うとおりだ、さっさと諦めろよ」
「あなたが先にやめなさいよ、そうしたらわたしもやめてあげるから」
冗談じゃない。俺が先に降りでもすれば、こいつはドヤ顔でわたしの勝ちと言い張るに決まっている。
こうなれば意地でも、片峰よりも長く立ち続けてやる。こればかりは俺が有利、たとえ十分でも二十分でも耐えてみせる。
そう覚悟した刹那、真っ白な光が瞬いた。
「おっと、雷かなー?」
時間差もあり、幸い遠くに落ちたようだが。
「ひゃ!?」
いまの雷の影響で片峰がバランスを一気に崩し、軸足を何度も浮かせては止まらない。
ルール違反、反則だ。
勝った――とガッツポーズを上げようとするも。なぜか片峰がこっちに近づいてくる。
「おい、ちょ、お前、止まれ!」
「む……り!」
飛んできた片峰を必死で抱え、俺は片峰ごと転倒するのであった。
地面が芝生でまだ助かったが冷たいし痛い。
ともあれ片峰にまず言いたいことは一つ。
「俺の勝ちだ、この転落娘」
勝利宣言するとすぐさま片峰は立ち上がる。次に出てくる台詞は、当然。
「いまのはなし! だって雷が落ちるなんて想定外だし、雨が降らなかったらわたしがきっと勝ってたもの。イレギュラー、ノーカン、ドローよ! それにあなただって倒れたじゃない!」
「お前のせいだろが! つーか雨とか雷がなくてもお前には負けてねーよ絶対!」
「とにかく引き分け! それが嫌なら水切りで決着つけましょうよ!」
「さらっとお前の得意勝負に持ち込もうとすんじゃねー!!」
駆けつけた蒲瀬が唖然としている。
そうか、俺達には慣れた出来事であっても、彼にとっては初めての光景だろう。
「ケガは……なさそうだね、二人とも」
「全然平気だよ、こいつのせいで心配かけてごめんな蒲瀬クン。だけど片足立ちは俺の勝ちだな」
「引き分けよ、わたしは負けてない!」
「お前に言ってんじゃねーよややこしくなるから黙ってろ!」
またしても片峰と睨み合いが続くと、蒲瀬はどっと吹き出した。
「そうだね、僕の負けだ」
「よーし、これで一勝二敗だな。こっから三連勝してみせるから覚悟しろよ」
「いや、残り含めて降参だ、どうやら僕にはまだ早いみたいだ」
突然の勝負放棄に、今度は俺と片峰が驚きを露わにする。
「どうして急に……」
雨の勢いが少しずつ弱まってくる。やけに蒲瀬はさっぱりとした表情をしていた。
「薄々わかってはいたんだ。告白の返事をどうして真加部くんとの勝負で決めようなんて片峰さんが言い出したか、きっと断りづらくて咄嗟に出たんだろうなって……この片足立ちで確信したよ」
その自問自答に俺が心苦しくなるのだから、片峰はそれ以上だろう。
もしかしたら蒲瀬は、勝敗に関わらず。
「たとえ勝っても、最後は片峰さんにもう一度確認するつもりだった。本当に僕と付き合ってもいいのかってね。でも、その必要はもうないみたいだ」
雨が上がり、空は一面晴れ模様に。
まるで、蒲瀬の心の整理がついたかのようだ。
「片峰さん、困らせてすまない。もっと早くきみの気持ちに気づくべきだった……真加部くん、今日はわざわざ戦ってくれてありがとう。なかなか楽しかったよ」
ひとしきり喋って去ろうとする蒲瀬に、俺は「じゃあな」としか返せない。気の利いた一言も思い浮かばないし、俺がなにを言っても無意味である。
あくまでも俺は、だ。
「蒲瀬くん!」
片峰の呼びかけに、蒲瀬が振り返る。
「あなたの気持ちを弄ぶようにしてしまってごめんなさい。今更だけど、ちゃんとはっきり答えさせてほしい」
「……うん」
片峰は、震えていた。蒲瀬も青山も俺も、静かに片峰の声に耳を傾ける。
「あなたとは付き合えません、ごめんなさい。クラスメイトとして、友達として……そういう関係でいたい、です」
振り絞った勇気。
そして、蒲瀬は。
「ちゃんと伝わったよ。ありがとう、片峰さん」
相変わらず爽やかな笑顔を見せると、それから振り返ることなく去っていく。
こうして、蒲瀬賢太との勝負は幕を閉じた。
「泣いてんのか?」
蒲瀬がいなくなっても、片峰はしばらく動こうとしない。
「……泣いてない、雨で濡れてるだけ」
「そうか」
「そろそろ帰ろっかー。千景ちゃんも圭馬くんもおつかれさまっ」
俺と片峰の間に青山が割り込み、肩を寄せてくる。レインコートはとっくに脱いでいて、俺達がびしょ濡れなのを気にしていない。
「そうだな、帰るか」
「……うん」
春の陽気にしてはいささか寒い。
悪化しなければいいが。
『五本勝負』~俺の不戦勝(VS蒲瀬)~