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16_五本勝負~後半戦~

 俺&片峰ペア、またしても敗北。

 まずいぞもう後がないと慌てふためくなか、蒲瀬が呆然とこちらを見つめている。


「どうした?」

「え、ああいやなんでもない。不本意だけどこれで僕の二勝目だね」

「安心するにはまだ早いぜ。ここから俺が三連勝しちまえば逆転だ」


 ふふ、と蒲瀬が笑いをこぼす。


「なんだよ、なにか変なこと言ったか?」

「すまない、そういうわけじゃないんだ……さて、うん。あと一回勝てば、だね」


 歯切れが悪くなっているがどうしたものか。調子を崩してくれていれば儲けものだが、そんな感じではなさそうだ。

 もう一敗も許されない。俺が得意で相手が苦手そうな勝負を出すタイミングは、いましかない。

 頼む、起死回生の一手、いや一歩となれ!


「三回戦目は片足立ち勝負だ! 片足を上げて立ったままの状態を維持して、先に両足をつくか一歩でも動いたら負けだ」

「バランスを整えようと片足でジャンプしても、負けになるということかな?」

「そのとおり、一歩でも動いたらに当てはまるからな」


 片峰のヒントをきっかけに試した結果、新事実が発覚した。

 どうやら俺は体幹が強いようで、右足で目を開けてなら五分は耐えられる。参考として青山は一分保たず、片峰も三分で脱落。クラスメイトの堀川は二分だし、俺は結構長いほうだと自覚している……仁一郎は十分だったが例外は省く。

 ともかく、この強みを活かす手はない。重要なのは蒲瀬の苦手分野であれば、いやせめて得意でなければ。

 川の近くは石が多くて危ないので、芝生側へと移動する。この辺なら万が一倒れてもケガはないだろう。


「すまないが、どっちの足が安定するかだけ確認してもいいかい? あまりやったことなくてね」

「いいぜ。なんなら十分でも二十分でも試してくれよ」

「そこまではやめておこう。勝負する前から疲れてしまうからね」

「相手を疲れさせようとするなんて小賢しいねー圭馬くんは」

「卑怯!」

「うるせえこれも戦術の一つなんだよ」


 味方のはずの女子から野次られるとはどういう了見だ。

 肝心の蒲瀬だが、軸足が左だとすぐに体勢を崩している。右足で支えた場合は左よりかは断然安定しているが、それでも見ていて少しハラハラする不安定さ。


「なるほど、右のほうがしっくりくるな。ありがとう準備オッケーだ」


 練習風景を見て、間違いなく俺に分があると確信する。

 ただ油断はできない、さっきのノーコンピッチャーの前例があるし、なにが起こるかわかったもんじゃないからだ。

 深呼吸で気持ちを整え、足の位置を念入りに確かめる。コンディションは悪くない、なんなら自己ベストを更新するつもりで挑もう。

 これは、蒲瀬だけではなく自分との戦いだ。


「それじゃーいくよー。よーいスタート!」


 計測係を担う青山のかけ声とともに、三回戦目が始まった。


「ってなんで千景ちゃんも片足上げてるの?」

「……なんとなく」


 ひし形の陣形でお送りする片足立ち対決。


「十秒経過ー」


 短期決戦かと思いきや、蒲瀬がなかなか粘っている。開始数秒こそふらついていたが、一度安定すると根を下ろしたかのように動かない。

 そうだよな、そう簡単に終わる相手じゃないよな。長期決戦、望むところだ!


「…………」

「…………」


 心地よい風の音だけが聴こえてくると、我に返ってしまいそうになる。

 どうして俺は休日の朝から、一本足で三人立ち尽くしているのだろう。よくよく考えなくてもこの光景、怪しいうえに恥ずかしくないか。


「いやー青春だねー」


 青山のスマートフォンからシャッター音が鳴り続いている。撮影許可は出していないぞ。


「おい、写真を撮るな」

「だいじょーぶだって、ちゃんと動画も撮ってあげるからさー」

「容量の無駄だからやめろ!」


 取れ高のない動画を撮ってなにが楽しいというのか。後で削除してもらわねば。


「はい一分秒経過ー」


 一分経っても三者変わらず。俺はまだまだ余力はあるが、蒲瀬がどこまで伸びるか予想がつかない。

 少し、攻めてみるか。


「なあ蒲瀬クン。一つだけ聞きたいことがあるんだがいいか?」


 雑談攻撃。喋ることで全身の集中力を削がせる作戦だ。


「いいよ、答えられる範囲でならなんでも」


 早速、質問を投げてみる。勝負の発端となった内容だ。


「片峰……こいつのどこに惚れて告白なんてしたんだ?」

「いま名前呼びを訂正してこいつ呼ばわりしたわね?」


 片峰からの熱い睨みを受け流し、蒲瀬の答えを待つ。動揺して体勢を乱してしまわないかと期待するが、さすがにそうはならなかった。


「そうだね……一目惚れに近いけど、理由を挙げるとしたら姿勢かな」

「姿勢?」


 すると、蒲瀬は照れるように笑った。


「廊下側の席だから出入りのときによく目にしてね、片峰さんは座っている姿勢がすごく綺麗なんだよ。板書の字も丁寧だし、立ち振る舞いも他の女子とは違って凜々しいんだ」


 言われてみれば、いまも片足立ちの姿勢はしっかりと伸びている。俺や蒲瀬のように手でバランスをとらず、無駄な動きを極力無くすことに徹していた。


「気になり出したらじっとしていられなくなってね……気がつけば交際を申し込んでたよ」


 なんとなくとかびびっときたとかそんな抽象的なものではない。あまりにも真っ当な理由に、側で聞かざるを得なかった片峰は赤面している。


「悪い、本人の前で語らせちまって」

「気にしてないよ、恥ずかしいものを語った覚えはないからね」

「いやはや青春だねー。あ、二分はとっくに経過してるよー」


 計測係は聞いてないで計測だけに集中してもらいたい。雑談攻撃は効果なく、逆に良い時間潰しになってしまった。

 それにしても良い奴だよな蒲瀬賢太。この短時間でも人柄の良さが容易にわかる。俺なんかとはえらい違いだ。

 もう、付き合ってしまえばよくないか? 蒲瀬なら片峰の奇行にも爽やかに対応してくれそうだし、片峰も蒲瀬を嫌う要素なんてないはずだ。

 二人が順調にうまくいけば、今後俺に勝負を挑む機会もなくなるだろう。

 そうすれば青春支援同好会も活動終了だ。

 いま俺がわざと両足をつけば、三連敗で幕を閉じる。

 即ち、片峰が蒲瀬と恋人同士になるということ。


「三分経過ー」


 全身を支えている右足が痺れてくる。腰も痛いし気を抜いていたら震えでよろけそうだ。

 蒲瀬も平静を装っているが、裏では疲弊しているに違いない。

 片峰はどうだろうかと視線を向けると。


「……はっ」


 思わず、笑ってしまう。

 片峰千景は相変わらず、誰よりも必死な顔で真剣に立っていた。

 俺と蒲瀬の勝負なのに、こいつは勝敗に関係ないのに。

 なんてバカバカしい、なんて清々しい。

 そうか、俺は。


 俺は、片峰千景が――


「悪いけど、絶対に負けねえ」


 自然と出てきた発言に、蒲瀬は目を見開いていた。

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