13_コイン当てゲーム
「待てお前はなにを言ってるんだ」
片峰に続き青山までもが変なことを言い出した。
俺が、青山と付き合うだって?
「好きにすればいいって言ったじゃん。だったらあたしにも青春する権利ぐらいはあってもいいよねー?」
両肩に青山の手が触れる。さっきとは違う胸の高鳴りが襲ってきて、息が詰まりそうになる。
「落ち着けよ、お前なら俺じゃなくたってもっと良い奴いるだろ」
「んーどーだろー。でも圭馬くんも捨てたもんじゃないと思うよー。なんだかんだ優しいし面倒見も良いもんね」
この体勢から青山は動こうとしない。俺からなにかしようものなら手以外の部分に当たってしまうだろう。
「こー見えてもあたし、結構尽くすタイプだよ? 千景ちゃんが蒲瀬くんと付き合うことになるんだったら、圭馬くんはあたしと付き合おーよ、ね?」
息を呑む音を、青山に聞かれてしまっただろうか。
俺はこのかた告白なんてされたことは一度もない。それどころか女子と関わる機会だっていまじゃなきゃ数える程度しかなかったぐらいなのに。
青山遥はとても魅力的な女子だと思う。天真爛漫で社交的なうえ、いまのように大胆な面もあるなんて文句のつけようがない。そんな子が俺と付き合いたいだなんてもったいないにもほどがある。
もしも片峰がいなければ、俺は間違いなくイエスと答えていただろう。
…………ん?
どうしていま、片峰が浮かんだんだ?
「返事がないけど、突然だからびっくりしちゃったかな? 千景ちゃんも多分そんな気持ちだったと思うけどねー」
片峰千景を思い出した瞬間、胸の痛みが再発する。ちく、ちく、形容しがたいなにかが込み上げてくる。
いつまでも答えない俺に痺れを切らしたか、青山はゆっくりと手を離すと、財布から百円玉を取り出した。
「じゃーさ、コイン当てで勝負しよう。いまから投げて取るから、どっちの手にコインがあるかを圭馬くんが当てるの。選んだ手の中にコインがあればあたしは諦める、なければ圭馬くんはあたしと付き合う、。それなら恨みっこなしだね?」
「待ってくれ、勝負で答えを決めるなんて俺には……」
「ならさっさと言葉で返答してよー。あたしだって少しは恥ずかしいんだからね」
答えられない。
返せない。
「はい」か「いいえ」のどちらかを選べばいいだけなのに、どちらの文字も声に表せない。
「……わかった。コイン当て、だな」
同意して、俺はぐっと立ち上がる。
息苦しさから逃げるように、答えを長引かせるように、勝負を選んでしまった。
青山から映る俺の姿は、相当情けなく見えただろう。
「おっけー決まりねっ。早速投げるからよーく見ててね、圭馬くん」
弾かれる金属音。
心の準備をする暇もなく、青山は百円玉を高く打ち上げた。
二秒と経たない滞空時間がやたら長く感じる。落下とともに百円玉は一方の手に収められたが。
「…………は?」
思わず目を疑った。
あまりにもわかりやすい取り方。イカサマでもしない限り、どちらに入っているかなんて一目瞭然なくらいあからさま。
百円玉は、間違いなく青山の右手にある。
「さーどっちだ! 答えなよ、圭馬くん」
相も変わらず柔らかいその笑顔。俺を見透かしているのかのような、温かな眼差し。
そして俺はようやく理解する。
まんまとしてやられたと、ついつい笑い声がこぼれてしまう。
――結局のところは、俺自身で答えを選べということだ!
右手を選べば俺の勝ち、左手を選べば俺の負け。
「いいえ」が右手で「はい」が左手に。答え方が変わっただけであってなにも変わってなんかない。
ここまでお膳立てしてくれているのに、答えられなかったら男が廃る。いやもうすでに廃れているかもしれないが。
これじゃあ片峰を責められないなと今更ながら反省する。青山の言うとおり、あいつはあいつで相手を傷つけぬよう一生懸命考えて返事をしたんだ。俺にとばっちりがきているのはともかくとして。
おかげで答えは定まった。
「右だ」
なにも言わず、青山はスロー再生のように右手を開く。
手のひらにあったのは、確実に見えたのは、銀色の硬貨。
「あーあ残念。深読みでもして間違えるかと思ったのにー」
その明るさはやせ我慢か、それとも素なのか判断がつかない。
「でもこれで千景ちゃんの気持ちわかったよねー。圭馬くんも結局さ、ちゃんと返事しないで勝負をだしに使っちゃったわけだし」
「……片峰をかばうためだけにわざわざ告白してくれたのかよ」
なぜだか安心している自分がいる。きっとこの告白は青山の本心ではないのだろう。
「ごめんねーずるいやり方で。でもね、あたしは千景ちゃんも大好きだからさ、二人には気まずい感じでいてほしくないんだよ」
「俺とあいつはいつもあんなんだろ」
「いやいや、いつもはもっと青春って感じだねー。見てるこっちが癒やされるぐらいの」
そんな可愛らしい関係性じゃないと思いつつも、青山は語り続ける。
「……本当にさ、あたしは二人に救われたんだよ」
初めて見る青山の物憂げな表情。普段とのギャップの差が相まって驚いてしまう。
「あたしにとっての青春はさ、とにかくみんなでわいわい楽しく学校生活を送るものだと思ってるの。雑談したり遊んだり、ときには勉強にも恋にと忙しくねー」
「青山らしいな」
「でしょー」と嬉しそうに笑う青山。暗い顔よりもずっと似合っている。
「だから中学の頃はいろんな仲良しグループに入ってたの。仲良しのぶんだけ楽しい青春が送れるってことだもん、そう思ってたんだけどねー」
でこぴんで弾かれた百円玉が、机の上でぐるぐる回る。
「グループ内で仲違いしたり、別々のグループで険悪になったりしたときは大変だったよ。あたしだけは嫌われたくない、あたしだけはみんなと仲良くしたいって、必死に愛想よく振りまいてさ。それを好まない人もいたわけでね」
やがて百円玉の回転が遅くなり、倒れる音が部室に響き渡る。
「あのときはしんどかったなー。取り繕うばっかで青春どころか楽しむことも難しいまま卒業しちゃったからさ。結局、高校でもどっちつかずの八方美人で過ごすクセがついてたんだけど……」
そして青山は、俺のおでこを指で突っついた。
「公園できみと千景ちゃんがなんかやってたのを見て、思わず笑っちゃったんだよ。なんでこの二人、高校生にもなって公園で揉めてんだろうとか、雨でずぶ濡れなのに帰らないで騒いでるんだろうって……あまりにもバカバカしくて、悩みなんて吹っ飛ぶくらいすっきりしたんだ」
「そういやそれがきっかで俺達に話しかけてきたんだよな」
「だねー。この二人と仲良くなりたい、こんなバカバカしい二人となら、楽しくて最高の青春が送れるんじゃないかって思ったらいてもたってもいられなくなっちゃって」
青山がいなければ同好会も部室もなかったし、もしかすれば片峰と関わる回数も減っていたかもしれない。
そう考えると、青山なしではいまの状況はありえない。
「いまはどうだ? 俺達との同好会活動含めて高校生活楽しいか?」
すると青山は両手を後ろに回して、ありったけの笑顔を見せてくれた。
「とっても楽しーよ! もう八方美人はやめて、あたしが仲良くなりたいと思った人としか仲良くしてないもんっ。これぞ青春、楽しくないわけがないよー」
予想どおりの答えに満点をあげたくなる。まさかあいつとのだるまさんがころんだで青山の心情を変えるなんて、世の中なにが起こるかわかったもんじゃない。
強いて言えば、この出会いに感謝を。
「でね、話は戻るけどさ……千景ちゃんを守ってあげてくれないかな。きみと千景ちゃんの青春をもっと間近で眺めていたいんだよー」
後半部分は意味不明だが、青山の気持ちは充分に伝わった。もう考える必要もない。
というか、元々やらないとは言っていないんだからな! 考える時間が欲しいだけで!
「わかったよ。蒲瀬との勝負、引き受けてやる。だから片峰にそう伝えといてくれ」
「えーやだよ。自分から言いなよー。まだ素直になれないの?」
ニヤニヤしながら拒否られてしまった。
「いや、さっき怒ったばかりで気まずいだろ。ここはお前が仲介役としてやるのがいいと俺の第六感がそう告げているんだ」
「自業自得でしょ、ほらがんばりなー」
どうあっても仲介する気皆無である。腹をくくるしかないようだ。
部室を出る手前、青山に一つだけまだ聞きたいことがあった。
「ちなみにだ、さっきの告白は……俺を説得させるための冗談だったってことでいいんだよな?」
「……さーねー? そんなのよりさっさと千景ちゃんに伝えてきなさーい」
青山の表情からは、心意が読み取れなかった。
『コイン当てゲーム』~俺の勝ち(VS青山)~