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10_勝負バカ

 部室を構えて日は浅いのに、なかなかどうして居心地が良くて結構入り浸っている。なんなら昼休みにも通うくらいの依存っぷりだ。

 というのも、部室に置きっぱなしの教科書を取りに行くのが目的である。分厚い重たいわからないと評判の一品なので、帰る前にやっぱり鞄から抜いてしまったのだ。

 部室の鍵は職員室の壁に掛けてあるはずが見当たらない。もしかしたら片峰か青山がすでに来ているのだろうか。

 あいつらも部室が気に入ってるんだな、と少し嬉しい気持ちになりながら部室のドアを開けようとするも。


「開かねぇー」


 なんで鍵かけてんだよとドアノブをがちゃがちゃしていると、ドア越しから青山の陽気な声が聞こえてくる。


「あらら、もしかして真加部くん?」

「そうだ。開けてくれ青山」

「まだ待ちなさい、というかなんで昼休みにあなたが来るのよ」


 今度は片峰の慌てた声。どうやら二人仲良く揃っているようだが。


「置いてた教科書取りに来たんだよ。お前らこそ二人でなにしてんだよ」


 なぜか会話がぴたりと止まる。


「どうした、俺がいたらいけないのか?」


 まさか、俺を確実に仕留めるための勝負内容を練っているところなのだろうか。


「……いま着替え中。次の授業体育だから」


 単なる更衣室代わりだった。


「なんでここで着替えてんだよ……」


 ドアを背もたれにして座り、ぶつくさと文句を垂れながら着替えを待つ。教科書取りに来ただけなのになんて状態だ。


「体育って二クラス合同だから更衣室が混むんだよねー。だから部室で着替えようと思ったんだけど、まさかきみまでも別の理由で来るとは予想外だわー」

「教科書ってこれ? ちゃんと名前書かないとなくしたとき困るわよ」

「新品みたいで使ってないことが丸わかりだねー」


 俺の教科書に注目しないでさっさと着替え終わってほしい。もういっそのこと無理やりこじ開けて突入してやろうか。


「入っていいわよ、どうぞ」


 許可と同時に内側からドアが開き、もたれかかっていた俺は仰向けになる羽目に。

 女子二人の短パン姿を下から眺めるのも悪くない。ただ踏まれそうなので急いで起き上がる。

 そもそも体育は男女別々だから、女子の体操着姿を拝む機会は少ない。ちょっと新鮮だ。


「じゃあわたし達はもういくから、鍵返しといてね」

「よろしくねー」

「え……ああ、了解」


 別れは呆気なく、ぽつんと一人取り残されてしまった。

 まだ五限目までは時間がある。折角来たんだし部室で時間を潰そうと思ったのだが。


「無防備にほどがある」


 つい口に出してしまった。机に放置されているセーラー服とスカートは、一介の男子高校生が直視するには耐えがたい。しかもさっきまで着ていたものだ。

 なんとも居心地の悪い状況になったので、俺もすぐ鍵をかけて教室へ戻るのであった。


 放課後、別になにか活動があるわけでもないが、足は部室へと向かっている。家に帰れば妹がうるさいし今日もしばらく過ごそう。


「あ、ズル男」

「うるせえ勝負バカ」

「勝負バカ!?」


 途中、同じく部室へ赴く片峰と遭遇。うるさいのは片峰もそうだが、こっちは静かなときは静かだし冷静に対処すれば問題ない。勝負を挑まれてもどうせ俺が勝つ。


「なんか買ったのか?」


 学生鞄に体操着を入れる手提げ袋のほか、購買部のビニール袋を手に持っている。すると片峰は自慢するようにビニール袋を掲げた。


「ふふん、見ても羨ましがらないことね」

「ああー?」


 部室に到着し向かい合って座ると、早速片峰がビニール袋からある物を取り出す。


「いただきまーす」


 嬉しそうに手を合わせるその光景に、思わず俺は目を見張る。

 まさかあの黄色いぷるぷる――あいつがいただこうとしている物はプリンだ!


「お前、それ一個で二百円以上するやつだろ」

「おいしいのよねこのプリン。少し固めが好きなんだけどこれは絶妙ねっ」


 頬張るでもなく急ぐでもなく、一口ずつゆっくりと味わってからスプーンですくいあげる。俺はプリンは舌で味わうほうだが、片峰はよく噛んで味わうタイプのようだ。

 人がおいしそうに食べているのを見ると、どうにも腹が減ってしまう。


「なあ、もう一個買ってきてたりは」

「しない。それにこれが最後の一個、残念ね」


 買いに行こうにも売り切れではお手上げだ。プリンの気分になった以上、他の食べ物では満たされない。

 諦めて食い気を散らすべく読書に徹しようとするも、今日はいつもより一人少ない。


「そういや青山は?」

「遥は来ないわよ。今日は調理部があるからダメだーって」

「掛け持ちだったか、あいつも忙しいな」


 調理部はプリンも作ったりしないだろうか。あわよくば俺におすそわけがこないだろうか。


「ねえ、真加部圭馬」


 煩悩を払って顔を上げると、プリンを食べ終えた片峰は神妙な瞳で俺を見つめている。


「あのときのこと、やっぱり覚えてないの?」

「あのときっていつだよ。お前が負ける度にゴネてるときか?」

「ゴネじゃない正当な抗議よ! ……小五のときの給食プリンじゃんけんのこと」


 そういえば、それが原因で名前を覚えられていたのだった。


「余り物をめぐってじゃんけんなんてしょっちゅうやってたからなあ。どれのことだか正直覚えてないや」


 いまじゃ昼食は持参なのでする機会もなくなった。少しだけもの悲しい。


「お前とプリンじゃんけんしたときの俺って、そんな根に持たれるほど酷い態度だったか? いまの片峰にならともかく、当時は喧嘩売るようなマネはしなかったと思うぞ」

「いまのわたしにならってどういう意味よ」


 少なくとも、見ず知らずの女子をバカにしたりはしなかった、はず。

 これを皮切りに怒るかと思いきや、そうでもなく。


「……別に、覚えてないならいいの。あなたにとっては取るに足らないことだものね」


 その物言いは少し引っかかるが、俺が思い出せていない様子に機嫌を損ねてはいないようだ。


「教えてはくれないのか?」

「教えない。自分で思い出しなさいよ」


 それができれば苦労しない。うまいこと聞けないものだろうか。


「今日体育あったんだろ? 片峰って運動神経良いのか?」

「なによ急に。別に普通よ普通、取り分け得意ってわけじゃないけど」

「どっちかって言えば運動神経悪そうに見えるもんな」

「……これがいまのわたしになら喧嘩を売れるっていう状況かしら」


 何気ない会話からまずは先制ジャブ。初動は上々、片峰の眉がぴくりと吊り上がる。


「いまって女子は体育バレーだっけか、活躍できたか?」

「…………」


 黙って俺のもとまで近づいてくる。


「見てなさい」

「はい」


 そして直立のまま、片峰は俺の前で前屈をしてみせた。手のひらが床に軽々とつき、体の柔らかさを文字どおり体現している。

 起き上がって髪をかき上げると、片峰は勝ち誇るようにして不適に笑う。


「どう、これでも運動神経悪そうに見える? 言っとくけどわたし、前屈はクラスでもトップなんだからね」

「こんな特技があったとは……」


 素直に感心してしまった。人は見かけによらない、まだまだ俺は片峰を知らないようだ。


「で、体育のバレーはどうだったんだ?」

「…………あのね、誰にだって得手不得手はあるのよ。球技にだっていろんな種類があるの。バレーがちょっと苦手だからって一概に運動神経悪いとは言えないわけ。わかる?」

「そのやれやれわかってないなみたいに首を振るのはやめろ」


 急に説教めいた諭し方をしてきやがった。これじゃ俺が理解力ゼロのバカ野郎みたいじゃないか。

 バレーの活躍も気になるところだが、そこに持っていきたいわけではない。

 そろそろ頃合いだろうが、もう一押しふっかけてみよう。


「そんだけ体が柔らかいんなら体幹もしっかりしてるんだろうな」

「当たり前じゃない、ところであなたはどうなの? 見るからに体固そうだけど」

「お察しのとおり体は固いな。でも柔軟の善し悪しだけじゃ運動神経はわからないぜ」

「どうかしらね、実はあなたも運動音痴だったりするんじゃないの?」


『も』って。

 自分で墓穴を掘っていらっしゃるが、俺も別に運動が得意なわけではないのでスルーしておこう。


「じゃあよ、手っ取り早くどっちが運動神経良いか勝負しないか?」

「しょ、勝負? なんの」


 突然の申し出に片峰は困惑している。いつもは受ける側の俺だったが、今度は仕掛ける側に回らせてもらう。


「手押し相撲なんてどうだ。手だけで押し合いして、足が動いたほうが負けだ」

「…………」


 自身の手や足を見ながら、渋い顔をして考えている。


「体格とか力の差で不利だと思うんだけど」

「安心しろ。ハンデとして俺は片足立ちでやってやるよ」


 ちょっと強めに出てみたが大丈夫だろう。目を閉じるわけでもないし。


「それで、だ。俺が勝ったら小五のプリンじゃんけんの真相を教えてほしい」

「……わたしが勝った場合は?」

「コンビニでプリンを奢ろう。単品でも三個セットでもどっちでもいいぞ」


 片峰の顔色が変わる。今回だけは具体的な勝利報酬を用意させてもらったので、報酬が気に入らなければ断られるだろう。

 だがしかし、片峰千景はきっと乗る。俺の取るに足らない思い出と片峰の大好物のプリン、天秤にかければどちらへ傾くかなど聞くまでもない。


「いいわ、ハンデもあることだし受けて立とうじゃない!」


 やはりプリンは偉大である。勝ち負け関わらず俺の分も買わねば。

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