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01_じゃんけん三本先取

 朝食を済ませて読書を嗜んだ後も時間は余るばかり。体を軽くほぐしてからの登校は、優雅かつ余裕すらも感じさせる高校生の爽やかな朝。

 なんてことはこれっぽっちもなく、寝坊だ遅刻だと必死に走って汗をかく騒がしい朝。

 入学してまだ一ヶ月も経ってないが、小学校から無遅刻無欠席を貫いているので遅刻はしたくない。とにかく次の電車に乗りさえすれば、その後は早歩きでも間に合う。

 駅までの距離が勝負所。それまで耐えてくれ俺の足!


「ギリギリセーフ!」


 発車メロディが鳴る直前に車内へ入り、無事駆け込み乗車は免れた。


「……あ」


 ドアが閉まり、一人の女性が丁度間に合わなかった瞬間を目撃。正に目と鼻の先で閉じてしまい、女性はぽかんと口を開けている。

 制服からするに同じ高校の女子生徒だ。この電車に乗れなかった代償は大きい、彼女は次の駅からも走らなければならないだろう。

 かわいそうにと同情の眼差しを向けていると、目が合った。

 思わず視界を別方向に。気まずいが別に悪いことはしていないし面識もないので、落ち着いて降車駅まで腰を休めるとしよう。


 遅刻を免れたのはいいものの、急いで家を出たせいで弁当を忘れるとはなんたる失態。これでは調理者の妹に説教かまされてしまう。

 なけなしの財布を持って昼休みに購買部へ向かうと、出遅れたのかすでに列をなしている。

 カップ麺でもいいのだが、いまはパンの気分だ。パンがはみ出るほどの大きいメンチカツが食べたい。朝食を抜いたぶんだけがっつり食いたい。


「はい、お釣り四十円ね」


 メンチカツパンも無事入手。ホクホク気分で振り返るも、すぐ真顔に戻ってしまう。

 今朝、電車に乗り遅れた女子生徒がすぐ後ろに並んでいたからだ。


「……」


 またしても目が合い、お互い居心地が悪そうに顔を背けて通り過ぎる。

 きっと彼女も弁当を忘れた口なのだろう。せめて昼飯くらいは好きな物をゆっくりと食べてほしいものだ。


「あれ……メンチカツパンってもうないんですか?」

「あらごめんね、メンチカツパンはさっきの子で売り切れなのよ」

「えっ」


 嫌な会話が背後から聞こえる。

 もう振り向けない。もう彼女を直視できない。このメンチカツパンを守るように抱きかかえ、俺は一目散に逃げ出した。

 これ以上、あの女子生徒に出くわすことはないだろう!


 部活もなければ習い事もない俺にとって放課後は自由時間そのもの。早速帰宅……ではなく、別棟にある図書室へと足を運んだ。

 読書スペースの各テーブルには人がまばらに座って読書しており、カウンターに座する図書当番も静かに本を読んでいる。

 心の中で同胞よと敬礼しつつ、俺も読む本を探し始めた。

 小さい頃から読書が好きだ。絵本漫画小説いずれもジャンル問わず、幼少の頃は本さえ与えておけば大人しくなるようなタイプである。

 小学校時代から図書室へ入り浸っているが、ここ三野原高校さんのはらこうこうは実に品揃えがいい。蔵書数が多いのはさることながら、割と新しめの文庫本までも仕入れてくれる。

 早速、新規入荷コーナーに進んでラインナップを確認する。先客がいて全ては確認できないが、この前ドラマになった元の小説が近くに置いてある。

 これにしよう。メディア化と原作でどう差異が生じているのかも読む楽しみの一つだ。

 ついつい顔を綻ばせて手に取ろうとするのだが。


「あ」


 二人分の声が重なる。

 俺よりもワンテンポ遅れて、本に触れた人物がもう一人。

 二度あることは三度ある。朝から電車に乗り遅れ、昼は目当てのパンを買い損ねる女子生徒の姿がそこにいた。

 目を合わすのもこれで三度目だが、今度は俺も女子生徒もそらさない。ここで退いてしまえば、この本の所有権を失うことになる。


「この本、わたしが最初に見つけたんだけど」


 先に切り出したのは女子生徒。聞き取りやすい芯のある声がはっきりと通り、俺よりも優位の立場に立とうとする。

 この女子生徒が上級生であれば俺も遠慮しそうになるのだが、学年ごとに異なる上履きが俺と同じ青色。一年生同士なら退くわけにはいかない。


「俺のほうが先にこの本を取ったよな? そっちは後からだろ?」


 作り笑顔でつかんだ本をこちら側に引き寄せようとすると、相手にも力が入っているのがわかる。無駄なあがきはやめるんだ。


「……わたしのほうが先にいたんだけど」

「ならさっさと取るなり借りるなりすればよかっただろ」

「わたしのほうがあなたより早く借りようと思ってたんだけど!」

「そんなのわかんねーよ!」


 俺はエスパーではない。苦し紛れの言い訳も大概にしてほしい。

 睨み合う中、女子生徒の容姿を改めて見る。黒い髪は長く、こめかみ辺りに小さな青いリボン。目力のある丸い瞳が若干潤んでいるが、もしかしてこれはいまのやり取りのせいだろうか。

 はっきり言って見た目はとても可愛い。正直な気持ち、もし甘い声で「おねがいっ」と頼まれればにやけ面でお譲りするがこの態度では断固拒否。

 しかしこのままでは埒が明かない。あっちは意地でも我を通す勢いだし、こちらが遠慮しない限り終わりはなさそうだ。


「じゃあ、じゃんけんでどうだ?」

「じゃ、じゃんけん?」

「そうだ。勝ったほうが借りる。それでいいだろ?」


 最大限の譲歩だ。これなら納得してくれるだろう。


「……わかった」


 交渉成立。両者いったん本を置き、出す手に気合を込めていく。

 ――負けられない。二人の掛け声が合わさった。


「じゃーんけーん!!」

「図書室ではできるだけ大声は控えてくださいね」

「ごめんなさい……」


 二人の謝罪も合わさった。

 図書当番の上級生に優しく諫められやり直しに。私語厳禁とまではいかないが、読書の妨げになるので極力会話は控えるのがマナーだ。

 図書当番に目をつけられぬよう俺達はしゃがみ、小声で「じゃんけんぽん」と手を出し合った。

 結果、俺はパーで相手はグー。気合なんていらなかったんだ。


「俺の勝ちだな」


 これでやっと借りられる。意気揚々と立ち上がろうとするも。

 ズボンの裾を引っ張られて止められた。


「なんだよ」

「……もう一回、もう一回じゃんけん。そもそもこういうのって普通三本先取でしょ? だからまだあなたは一本取っただけ。まだ勝負は終わってないわよ!」

「なんでだよ! 往生際悪いぞおとなしく引き下がれ!」

「絶対やだ! だいたいあなたなんなの電車乗り遅れるの目撃されるし食べたかったパンは売り切れにされるし本は奪われるしなんかわたしに恨みでもあるの!?」

「全部偶然だし電車に限っては俺のせいじゃねーだろ!」


 やはり相手も俺を認知していたようだ。悪い方向に。

 かわいそうではあるがこの女子生徒の運が悪いだけであって、全てが俺のせいというわけではない。とはいえこの様子じゃ要求を呑まないと余計に暴れそうだ。


「……わかった、わかったよ。じゃあ三本先取で俺が先に一本取った。その続きから……だな?」


 女子生徒は何度もうなずき、じゃんけんの構えをとる。

 ――こうなったら徹底的に叩き潰す。いざ尋常に!


「じゃーんけーん!!」

「図書室ではお静かに」

「すみません……」


 勝負せず、図書当番に二度目の注意を促される。しゃがんでいようが隠れようが大声出せばそりゃ目立つ。俺達はいつまでも学習しない二人だった。

 仕切り直しで、今度は控えめな合図で手を公開する。

 またしても俺のパー勝ちである。


「これで二本目。リーチだな」

「ここから三連勝すればわたしの勝ちだし」


 ひそひそ話で双方いがみ合う。

 さすがにここから三連敗はしないだろうと信じたいが、念には念を入れて相手の次を予測してみる。

 グー、グーときたのだから次は手を変えてくるだろうか。いや、俺の考えを読んで再びグーを貫くかもしれない。

 ここは二つの想定で出す手を決めよう。

『俺がまたまたパーを出すと読んでの相手がチョキ』のパターンと『俺が手を変えると読んであえての相手がグー』パターン。

 ならば俺が次に打つ手は一つのみ。最低限あいこに持ち込むためのグーだ。

 正直ほぼ初対面の相手の考えを読むなんて俺には到底できない芸当だが、なんとなくうまくいく気がする。

 なぜならこの女子生徒、すごく単純そうだからだ。

 後がないからか、相手は俺以上に長考している。口元に手を当て、必死にどれを出せばいいか悩んでいるのが丸わかりだ。


「ん?」


 それはちょっとした不意打ち、いや不可抗力。

 視線を下げた先には、柔らかそうな太ももの間に挟まれている水色の布地。

 まずい、視線が戻らない。


「……? え、ちょ、なに、どこ見て……!?」


 バレた。女子生徒はすぐさま布地を隠すように姿勢を変えると、下着の色とは対照的に顔が真っ赤に染まっていく。

 とりあえず女子生徒に罵倒される前に言い訳をしておこう。


「待て違うこれも偶然見てしまっただけであって俺がけして悪いわけでは」

「なくないわよ! どうしてあなたはそう変なところばかり見るの!? わたしの弱味を握ろうとでもしてるの!? わたしにナニさせる気なのよこのヘンタイ!!」

「ヘンタイ違う! そもそもお前がちゃんと脚を閉じていれば見えなかったんだからな!」

「どっちにしろ下向く必要なんてなかったでしょ! なんでわざわざ見ようとしたのよ!」

「だから偶然たまたま魔が差したというかだな!」

「図書室では、黙れ」

「申し訳ございません……」


 仏の顔もなんとやら。鬼の形相をした図書当番からお叱りを受け、俺達は低頭平身で口を塞ぐ。これ以上騒いだら出禁だろうか。

 何事もないかのように掛け声すらなしでじゃんけんぽん。

 さっきの熟考はむなしくもリセットされ、俺の出した手はパーであるが。

 相手はグー。

 彼女の力強い拳は、あまりにもむなしく見えた。


「…………」


 拳を震わせながら女子生徒は唖然としている。まさか三連敗するとは考えもしなかったに違いない。

 勝利の余韻を味わいつつも、俺は心の中で苦笑した。

 こいつじゃんけんよえぇー。


『じゃんけん三本先取』~俺の勝ち~

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