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7.殿下とのお茶会

 マティアス殿下の誘導の元、廊下をいくつか曲がったところで王妃殿下の庭が見えてきた。

 貴族に開放されている王宮の前庭とは違い、この庭は王妃殿下の許可がないと立ち入ることができない場所だ。

 この庭で開かれるお茶会に呼ばれることは貴族の間でステータスでもある。

 エスコートされるままに庭の小道を進んでいく。

 記憶にある通りの庭だが、気が付くと思わず感嘆の溜息が漏れていた。

 蔓薔薇のアーチから始まる石畳の小道は白い石材で作られた優美な東屋に続いている。自然を模して季節の花や草が配置されており、時折見える要所を押さえるように咲き誇る薔薇が、ここがよく手入れされた王宮の庭だということを教えてくれていた。

「素敵ですね」

「君も気に入ったようだと後で母に伝えておくよ」

 庭を褒められるのはいつものことなのか、マティアス殿下は頷く。

 東屋に着くと、あらかじめこの流れが決まっていたのか侍女がお茶を準備して下がっていった。

 二人きりだが、私の意識はこの時間を無難に終わらせることへと向いていた。一度目、殿下からの婚約破棄が私の処刑の引き金を引いたとはいえ、当人を目の前にしても特に思うことはない。

 自分でも不思議だが、恐怖とか、嫌悪とかいうよりも、殿下に心を砕いても私への愛は生まれないのだという事実が大きいようだ。

 毒にも薬にもならない婚約者として過ごし、しかるべき時に婚約解消を申し出ると思い定めているからこそ、心は揺れない。

 殿下に勧められるままにお茶を口にすると、薫り高いものの少し苦みが強い。記憶にある通りの味に表情に出さないように気を付けていたけれど、殿下には伝わってしまったようだ。

「苦かったらどうぞお砂糖も使って」

「お気遣い、ありがとうございます」

 微笑みと共に砂糖壺を勧められ、遠慮なくお砂糖を一匙入れる。すると苦みが和らぎ、とても飲みやすくなった。

「よかった。お口にあったようだね」

「殿下の前で、失礼致しました」

 かしこまって頭を下げると、殿下は首を振る。

「これから婚約者として過ごすんだ。楽にしてくれていいよ」

「お気遣い恐れ入ります」

 もう少し砕けた口調を望まれていたようで、殿下は肩をすくめる。

「緊張しているだろうから、いきなりは難しいかな」

「殿下のご希望に沿えるよう、努力いたします」

 私は意識して微笑みを浮かべた。殿下の反応は悪くない。

 記憶の中の私は、その言葉に甘えて、マティアス殿下を質問攻めにしてしまった。

 好きな色や、好きなお菓子、殿下のことを少しでも知りたいと思いつくままに口に出していた。

 その時は殿下は微笑みながら相手をしてくれたが、思い返すと遠慮のない私に殿下は困惑していたような気がする。

 今回は少なくとも悪印象は残していないようだ。

「徐々に慣れていってくれるといいよ。ラバール侯爵令嬢、これからよろしく」

「よろしくお願いいたします」

 殿下は少し考えた後に続けた。

「早速だけど、僕のことは、マティアスと呼んでほしい。僕も君のこと、ジュリアと呼んでいいかな」

「もちろんでございます、マティアス殿下」

 答えると、殿下は美しい庭を背景に微笑みを浮かべた。まるで一幅の絵画のような思わずほうっとため息をつきたくなる光景に、一瞬見とれてしまい、それに気づいて気持ちを引き締めなおした。

 殿下が求めているのは、婚約者としての振る舞いで、私と親しくなりたいわけではないのだ。

 どんなに距離を詰めようとしても心の距離は近づかず、人としての信頼すら得られなかった。どこまでもお心に沿えなかった私に、婚約者として務めることは荷が重い。殿下は、美しいが、触れるには遠いお方なのだ。

「ところで、そのドレス、似合っているね。ジュリアは藍色が好きなのかな?」

 質問の意図がわからず困惑すると、殿下は続ける。

「僕の偏見かもしれないけれど、ご令嬢は水色とか桃色とか華やかな色が好きなんだと思ってたんだ。だから、そういう落ち着いた色のドレスを着ているのが珍しくて」

 ドレスの色は意図とは反対の方向に働いたようで、これはこれで失敗だったかもしれない。

「色としては桃色が好きです。このドレスは、その、殿下に少しでも落ち着いた人に見られたくて、選びました」

「そうだったんだ。しっかりと考えてくれているんだね。確かに君の言う通りの印象を持ったよ」

 驚いたように言われて、私は何と言っていいかわからず俯いた。

「でも、桃色も似合いそうだ。今度の婚約披露の茶会には、僕からドレスを贈らせて欲しいな」

「もったいないお言葉です」

 この展開は一度目にもなかったことだ。断りたいが、不敬にならない言い回しが思いつかない。

 それに殿下の興味も、きっと学園入学までだろう。

 調子に乗らないようにしようと自分に言い聞かせ、その後は殿下の好きな色を聞いたりと、一度目と似たようなことを話しながら過ごすのだった。

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