番外編4.お祝いの日(前)
「ジュリア、今いいだろうか」
その日は、珍しく午前中前の時間にクロード様に声をかけられた。休日だと聞いていたので、クロード様がお屋敷にいらっしゃるのはおかしなことではないのだが、午前中は大抵別行動となっている。私は学園に通えていない分、教科書の自習をしたり、クロード様は魔術の研究をしたりしていると聞いていた。
自室にいる私の元にクロード様が直接いらっしゃったので、何事だろうかと身構えながら、応接室に移動する。
椅子に腰を落ち着け、ケイトがお茶を淹れてくれるとすぐにクロード様は本題に入ってくれた。
「学園から、編入許可の通知が届いたんだ」
「本当ですか!」
喜びの声を上げる私にクロード様は少々驚きの表情を浮かべながらも頷く。
「待っていたようだから、早めに知らせた方がいいと思って」
手渡された学園からの手紙には、編入試験合格の言葉と、登園開始日、それに注意事項が記載されている。
「来月から、復帰できるのですね」
「そのようだな」
クロード様は頷き、続ける。
「初日は、師匠が一緒に向かうと言っていた」
「えっ、ラフラーメ様……お父様がですか?」
養子に入り、戸籍上の父となったラフラーメ様のことを「お父様」と呼んで欲しいと言われていたのを思い出し、言い換える。
ラフラーメ様については、まだ父としてよりも、クロード様の師匠という印象が強いのだけれど、これから馴れていかなければならない。
手元にある手紙には、初日は学園の説明があるため保護者も同伴するようにとの記載もあるが、ついこの間まで通っていた学園なので、そちらは不要なのではないかと思っていた。
困惑する私に、クロード様は追い打ちをかけるようなことを言う。
「保護者も呼ばれているからと、堂々と親子として側についていくことができると張り切っていたぞ」
想像ができず首を傾げる私に、クロード様は小さく笑うと言う。
「オレの時は意外と放任だったが、娘となると違うのだろう。それに、オレとしても、そちらが安心だ。師匠の後見を名ばかりと思ってジュリアを害するような輩への牽制にもなる」
「何かあっても、私はクロード様に教えていただいた魔術もありますし」
「結界魔術に頼るような状況にならないことが、重要だ」
それはそうだ。頷くと、クロード様は続ける。
「学園が始まると、ジュリアも忙しくなりそうだ。その前に、出かけたいな。今日は何か予定が?」
「いえ、特には。いつも通り、勉強したり本を読んで過ごそうかと思っていたので」
「なら、急だが、この後でかけないか? 入学のお祝いを兼ねて昼は外で食事をしよう」
頷くと、クロード様はケイトに指示を出す。
私は瞬く間に仕度をされて、クロード様と共に馬車に乗り込んでいた。
到着したのは、郊外にあるレストランだった。
個室になっており、他の客と顔を合わせることもない。
落ち着いた高級感のある部屋に通されると、まずは乾杯の飲み物を頼んでもらう。
どちらも炭酸入りの白ブドウのジュースで、グラスの底から小さな泡が浮かんでいる。
「編入試験、合格おめでとう」
「ありがとうございます」
二人で乾杯をすると、一皿目の料理が運ばれてくる。
「わぁ、かわいい!」
大きなお皿に、可愛らしく盛り付けられた前菜を見て、私は思わず声を上げていた。
ハムとお野菜を櫛で刺してある料理に、魚の燻製と彩りの良い香味野菜、それに、果実。
どこから食べて良いか、迷ってしまう。
「味も気に入ってくれるといいが」
クロード様が嬉しそうに言う。
促され、私はまずはハムの櫛に手をつけることにした。
櫛の部分をつまんで口に運ぶと、野菜の部分にも味がついていて、ハムと味を引き立て合っている。
「とてもおいしいです!」
感動していると、クロード様も気に入ったようでほっとしたように表情を緩めた。
「いつの間にこんな素敵なお店を見つけられたのですか」
「王宮の魔術師に聞いた。婚約者と行くといったら、是非ここがいいとすごく勧められたんだ」
クロード様は職場で私を婚約者と言っているのか。
普段は名前で呼ばれているから、なんだか「婚約者」という響きがこそばゆい。
頬を染め、お皿に視線を落とす私に、クロード様は首を傾げる。
「どうかしたか?」
「い、いえ。何も。本当に、おいしいですね」
「うん。そうだな」
咄嗟に誤魔化してしまったが、クロード様もお皿の料理に集中したようで、何も追求されなかった。
そのことに、少しほっとしながら私もお皿に集中した。




