63.選択の時
王宮から帰った翌日、私は改めてクロード様に呼ばれた。
応接室に入ると、難しい顔をしたクロード様が待っていた。
「お待たせいたしました」
「いや。待っていないよ。とりあえず、座って欲しい」
促されてクロード様の正面に座ると、彼は何度か躊躇ったあと、口を開く。
「……もし、ジュリアの記憶を残す方法があるかもしれないと言ったら、どうする?」
「え……まさか、そのような方法があるのですか!」
驚く私に、クロード様は首を振った。
「期待させて申し訳ないが、確実な方法があるわけじゃないんだ。実は、巻き戻ってから、ジュリアの記憶を残す方法がないかも研究を進めていた。それで、一応、理論上は可能ではないかという結論には達した。師匠にも確認してもらったが、出来ないことはないだろうということだった」
「ではっ」
「だが、どんなに検証しても、確かめる術がない。本番は、ジュリアで試すことになる」
クロード様が辛そうに私を見る。
「もし失敗すれば、ジュリアは巻戻りが発動するより前の記憶も無くしてしまう。それでも、試したいと思うか? 従来の魔術であれば、巻戻り時点までのジュリアの記憶は残る」
「そんな……」
「ずっと、他に方法はないかと探していた。それでも、結論は変わらなかった。オレが作った魔術を試した場合、リスクを取らなければならないのはジュリアだ。だから、辛いだろうが、ジュリアにどうするか選んで欲しい」
困惑する私を見て、クロード様は言う。
「すぐには決められないだろう。一ヶ月後、答えを聞かせてくれ」
クロード様に送ってもらい、私は自室へと戻った。
しばらく一人にして欲しいと言う私に、ケイトは心配そうな顔をしながらも言う通りにしてくれた。
(もし、記憶を失ったら……)
クロード様のことは勿論、亡くなった母やケイト、エリクさんの事も忘れてしまう。
巻戻った時点までの記憶を失うだけであれば、時間はかかるかもしれないが現状を受け入れられる気がする。
ケイトが居れば、当時、個人的に話したことがなかったクロード様のことも信用できると思う。
それに、マティアス殿下との婚約がなくなったことや、ラバール侯爵家がなくなり、クロード様の師匠の養子に入っていることなども、驚くだろうけれど、きっと受け入れるだろう。
だから、従来の魔術を選んでもいいと思うのに。
(どうしても、クロード様との思い出を失くしたくない……)
そう願ってしまうのは、私のわがままだろうか。
クロード様は私が知らないところで、ずっと私のことを支えてくれていた。
魔力を失うという、とんでもない代償があるのに、私に記憶を残したまま二度目のチャンスをくれて。
学園でも襲撃者から助けてくれた。
私が一度目と同じように牢に入れられてしまっても、なんとか助けようと手を尽くしてくれて。
そんなクロード様に惹かれてしまったこの気持ちも、失ってしまう……。
(それだけは、絶対に嫌……!)
どうしても、受け入れたくない。
それでも、うまくいかなければ記憶を全て失ってしまう。
(そうなっても、本当に、私に後悔はない……?)
私が迷いを思い切るまで、一週間が過ぎていた。
私がクロード様が作った魔術を試して欲しいと願い出ると、彼は驚いた様子だった。
提案はしてみたものの、従来の魔術を選ぶと思っていたらしい。
約束の一ヶ月後までもまだ時間はある。
「時間はまだあるのに、本当に決断してしまって大丈夫なのか?」
「あとどれだけ時間があったとしても結論は変わりません。私は、クロード様との記憶を残す方法があるのなら、その方法に掛けてみたいのです」
「本当に後悔はないか?」
「はい」
何度も聞かれたが、私に否やはなかった。
「提案はしてみたが、ジュリアがこちらを選ぶとは思わなかったよ」
決意が固い私に、クロード様は屋敷の中にある研究室に案内してくれた。
研究室に入るのは初めてだったが、壁一面が本棚になっており、それでも入りきらない本が床に積まれている。
テーブルの上にはよくわからない実験道具が並んでいた。
同じ屋敷の中とは思えない、学園の研究室をさらに乱雑にしたような雰囲気に少し戸惑ってしまう。
そんな私をどう思ったのか、クロード様が言う。
「迷うのなら、今日は中止にしてもいい。もう一度考え直すか?」
「いいえ。お時間をいただいても、いたずらに迷うだけだと思うので。ただ、一つお願いがあるのです」
「なんだ?」
真剣な表情で私を見つめるクロード様に、私は思いきって伝える。
「もし、私が記憶を無くしてしまったなら。その時は、もう一度、クロード様に私を口説いて欲しいのです」
自分でも何を言っているのだろうと思うが、記憶の全てを失った私が頼るのはクロード様しかいない。
けれど、今までの様子を見て、クロード様が記憶を失った私に気持ちを伝えてくださるかは、自信が無かった。
クロード様は私が記憶を無くしてしまったなら、新しく時間を積み重ねていく中で、改めて好きになった人と結ばれるべきだと考えそうだ。
「なっ」
絶句するクロード様に、私は言う。
「私は、クロード様と過ごす未来で、今の記憶を失いたくないから、クロード様が作られた魔術を試そうと思っています。だから、もし記憶を失っても、私をクロード様の側に置いて欲しいのです」
「だが……」
「記憶を失った私のことは、嫌いになってしまわれますか?」
「そんなことはない。ただ、記憶がないジュリアにそんな刷り込みをするようなことをしていいのか……」
戸惑うクロード様に、私はたたみかける。
「私がいいと言っているのです。それに、私、記憶を失っても、絶対にまたクロード様に恋に落ちます。だから、絶対、私を離さないで欲しいのです」
「……わかった」
「ケイトにも、伝えていますから」
何か言いたげなクロード様を見上げると、彼は苦笑しながらも頷いてくれた。
そうして、部屋の奥に連れて行ってくれる。
乱雑な部屋の中、そこだけ広く空いていて、床の上には白い線で魔法陣が描かれている。
その中央に一脚の椅子が置かれていた。
「ジュリアは、この椅子の上に座っているだけでいい」
「わかりました」
「怖いなら、目を閉じてくれていていいから。それでは、始めるよ」
クロード様が詠唱を始める。目を閉じて良いとは言われたが、私は魔術を使う彼の姿を見ていたくて、その姿を見つめることにした。
詠唱により、魔法陣が輝き始める。
最初は、クロード様の魔力でそうなっているのかと思ったが、不意に気がつく。
この魔法陣を輝かせているのは私の魔力だ。
もしかしたら、クロード様の魔力は私の魔力と混ざり合うことで、私の記憶をつなぎ止めていたのかもしれない。
引き出されていく私の魔力が、魔法陣を通ることによりクロード様の魔力と分離していく。
魔法陣は私の魔力を留め、分かれたクロードの魔力は魔法陣の上空に溜まっていた。
そして、鏡写しのように足下の魔法陣を模して輝いている。
詠唱が進むにつれ、魔法陣は輝きを増し、ついには目を開けていられず私は目を閉じた。
気がつくと、私はクロード様の腕の中に居た。
場所は先程と変わらず、屋敷の中の彼の研究室のようだ。
「クロード様……?」
クロード様はくしゃりと泣きそうに顔を歪めると、より強く私を抱きしめる。
私は彼の頬に手を伸ばした。
「……ちゃんと、覚えています」
「ジュリア……、ありがとう」
「なんでクロード様が? お礼を言うのは私の方です」
「そんなことはない。オレを信じてくれたから」
そんなことかと思って微笑んで、クロード様の方に向かって伸び上がる。
柔らかな唇に触れたのは一瞬だった。
「なっ」
それでも、泣きそうだったクロード様の顔が一気に真っ赤に染まっていく。
私も同じように真っ赤になっているだろう。
「クロード様、愛しています」
そう告げると、クロード様の頬はますます赤く染まり、今度は彼の方から口づけられる。
今度こそ、愛されたいと思っていた。
でも、一度、過去をやり直した今、私は、愛されるだけでは満足できない。
クロード様を愛し、愛される、そんな未来を願ってしまう。
私は深くなっていく口づけを受け止めて、彼の背に手をまわしたのだった。




