62.エリアス殿下の呼び出し
そこからは、怒濤のように物事が決まっていった。
婚姻式に向けての場所選び、さらには婚姻式で着るドレスなど、決めることが沢山あった。
私には既に戸籍もないが、どうやったのかクロード様が平民の戸籍を準備してくれて、クロード様の師匠であるラフラーメ様の養子に入ることになった。
私が平民のままだと、クロード様やその師匠が気にしなくとも、彼の足を引っ張りたい人に利用される恐れがある。
ラフラーメ様もその方が良いだろうという判断をされていた。
ご挨拶にいった際、クロード様と共に遊びに来るのも歓迎するが、夫婦喧嘩をした時にも逃げてきて良いと言われている。
冗談だとは思うが、それだけで心が軽くなった。
そうして、クロード様の師匠と養子縁組が終わり、書面上の婚約が正式に整った頃のことだった。
養子は名目上だけのもので屋敷を移ることはないからと言われ、私もありがたくその言葉に甘えさせてもらっている。
夕食をとった後、食後のお茶をいただいているところで、クロード様が言いにくそうに口を開く。
「実は、エリアス殿下から、招待状が届いているんだ」
「招待状ですか?」
手渡された封筒は王宮でよく使われている物で、宛名はクロード様になっている。
「私が読んでもよろしいのですか?」
「あぁ。ジュリアも同伴するよう書かれている」
「私も……?」
どういうことだろうと中身を見ると、内容はお茶会への呼びだしだけで、詳しいことは書いていない。
クロード様だけではなく、私も呼ばれるというのは何か大事な話があるのだろうか。
だが思い当たることはなく、首をひねる。
「面倒だろうが、すまない。一緒に来てくれるか?」
頷くと、クロード様はほっとした様子で目元を緩める。
私の方は一旦貴族籍を無くした関係で学園にも通っていない。
一旦退学となったため、編入の手続きを進めているところで、時間は持て余すほどにたくさんあった。
「王宮で待ち合わせをいたしますか?」
「その日は休みを取ってジュリアと共に屋敷を出るから、安心してほしい」
「私のために、よろしいのですか?」
「もちろん」
王宮自体に苦手意識はないが、第一王子殿下との婚約がなくなり一度は平民になったことは知られているだろうから、クロード様が側についてくれていると心強かった。
「服装の方は、何かご指定がございましたか?」
「いや。特に聞いていない。この間、茶会用に揃いで作ったやつがあっただろう? あれで行くのはどう思う?」
心配そうにするクロード様に頷く。
「よろしいかと思います」
「そうか。なら、そちらで。他に何かあればすぐに相談してくれ」
エリアス殿下はクロード様を今の立場に就かせてくれた人でもある。
当日は粗相をしないよう、気を付けなければ。
そうして、ケイトにも手伝ってもらって準備を進め、エリアス殿下との約束の日がやってきた。
今日はクロード様とお揃いの衣装で、彼は濃い青のスーツで、私は同じ色のドレス、そして、二人ともお揃いの刺繍が金糸で入っている。
迎えに来たクロード様はまぶしそうに目を細めると、褒めてくれた。
「よく似合っている」
「ありがとうございます。クロード様も良くお似合いです」
「あぁ。お揃いというのはいいものだな」
微笑みを浮かべるクロード様に促され、私達は馬車に向かった。
王宮に着くと応接室に案内された。
クロード様と共に待っていると、エリアス殿下がやってくる。
「待たせたかな?」
「滅相もございません」
クロード様と共に立ち上がり、頭を下げるとエリアス殿下は言った。
「楽にしてくれていいよ」
そして侍女がテーブルにお茶会の準備を整えると、人払いをしてエリアス殿下はお茶のカップに口を付ける。
「君達のために用意させたんだけれど、気に入るのはあるかな? これなんか美味しいよ」
勧められたのは苺のジャムを使ったクッキーだ。
これを勧められるということは私の好みも事前に調べられているようだ。
「では、いただきます」
クロード様と共にクッキーをいただく。
「クロードが筆頭魔術師のマント以外の服を着ていると、なんだか変な感じだね」
「そうでしょうか」
「ジュリア嬢とも仲睦まじげでいいと思うよ。婚約も無事に手続きは終わったんだっけ。おめでとう」
「殿下のお心配りのおかげです。ありがとうございます」
「そうたいしたことじゃないからね」
少し話をしたところで、エリアス殿下は本題を切り出した。
「今日呼び出した件なんだけれど、兄の処遇が決まったから、当事者として君達にも話をしておいた方が良いかと思ったんだ」
「マティアス殿下の……」
私の言葉に、エリアス殿下は頷く。
「バシュレ公爵令嬢への暴行と殺害未遂で、幽閉となった。適当な時期に、毒杯も飲んで貰う予定だ」
「そこまでなさるのですか……」
マティアス殿下は長年婚約者だった。
巻戻り前も今回も酷い目には遭わされたが、死んで欲しいとまでは思っていなかった。
思わず零れた言葉にエリアス殿下は頷く。
「毒杯は温情だよ。王国を支える貴族を、王族が蔑ろにすれば他の貴族に示しが付かない。ただ、今回は被害者である公爵令嬢にも問題ありということで、刑が軽くなったようなものだ」
エリアス殿下は続ける。
「残念ながらジュリア嬢の件を訴えるのには適した人がいなくて、その件では立件できていないし、ジュリア嬢のされたことを思えば足りない位だと思う。鞭打ちを追加してもいいと僕は思ったんだけど」
「いえ。そこまでは……」
殿下の人生がもう長く残されていないということを聞いたからか、それ以上の罰をと願う気持ちは持てない。
首を振るとエリアス殿下は言う。
「優しいんだね。それと、バシュレ公爵家の方も降爵し、当主に別の者を据えることになった」
「バシュレ公爵家も……? バシュレ公爵令嬢は被害者では?」
尋ねると、エリアス殿下は首を振る。
「公爵家の当主が奥方と娘の行動を把握していないなんて考えられないよ。もし、当主が本当に何も知らず、妻と娘が暴走しただけでも、事態が表沙汰になる前に収拾をつけることもできないだなんて、無能すぎるでしょう。親戚に能力がある者がいるみたいだから、これからの当主として薦めておいた。元公爵一家は三人とも公爵家を除籍し、全員罪を償ってもらう」
「そう、なのですか……」
「それに、パトリシア嬢には余罪がある。ジュリア嬢が兄と婚約した直後、王宮の庭での襲撃事件と、学芸祭の時と二度に渡ってジュリア嬢の暗殺依頼を行っていることがわかった」
驚く私に、エリアス殿下が言う。
「クロードが証拠を集めてくれたんだ」
「あの事件も……ですが、先程、私の事件は訴える人がいないとのことではなかったでしょうか」
「そうだね。ラバール侯爵家からジュリアが除籍されているから、ラバール侯爵が訴えることはできない。でも、婚約していた時の事件は、当時の王太子の婚約者の暗殺未遂だし、場所が王宮だからから、その二件は王家が訴えているよ」
「ありがとうございます」
「当然のことだ。その位しないと、王家は婚約者を大事にしないなんて言われて王家の将来にも関わるからね」
エリアス殿下は続ける。
「元公爵夫妻は絞首刑となる。パトリシア嬢は第一王子に刃を向けたものの、それまでの第一王子の行動が誤解を招くものだった事を勘案されて、北の修道院に送られるそうだ」
北の修道院は何らかの犯罪に関わった令嬢を受け入れている施設だ。一度入れば二度と出てくることはできないと聞く。
パトリシア様が問答無用で絞首刑にならなかったのは、彼女も一応は被害者であることを勘案されたからだと言われた。
「ラバール侯爵家はどうなりますか?」
「そっちは、ジュリアの元実家だね。やっぱり、聞いておきたい?」
エリアス殿下に思わせぶりに問われるも、私は頷いた。
「聞かせてください」
「侯爵夫人は元バシュレ公爵夫人と色々犯罪行為に関わっていたみたいで、侯爵夫人も絞首刑となる。ラバール侯爵は犯罪には関わっていなかったけれど、危機管理が全く出来ていない。そもそも、毒に倒れたエリクをよく調べもせずにジュリアを侯爵家から除籍し、あっさりと兄に連れ去られてしまった。これでジュリアが侯爵家に残っていたら温情も掛けようがあったんだけど、救済に値すべき点も特に見つからないし、ラバール侯爵からは爵位を剥奪し、毒杯を与える」
「エリクさんはどうなりますか?」
「彼は被害者で、まだ未成年だ。ラバール侯爵の親戚に引き取られる道もあったが、本人の希望で孤児院に行くことになっている」
「そう、ですか……」
「彼だけが君の心配をしていたよ。安心して。彼が成人し、無事社会に馴染めるよう、後見人を立ててサポートはしていくつもりだ」
「ありがとうございます」
「それと、侯爵位自体は王家が預かることにした」
「ラバール侯爵家はなくなってしまうのですか?」
「そうなる。ここまで悪評の付いた家を他の人に引き継がせるのは負担が大きい。まぁ、クロードがこれからも功績を上げ続けてくれるなら、いずれ元々の権利を持っていた人の元に戻るんじゃないかな」
そう言ってエリアス殿下が私とクロード様を見比べる。
つまり、いつかはクロード様に任せたいと思っていらっしゃるということだろう。
私としては、クロード様に無理をして侯爵位を取り戻して欲しいとは思わないが、クロード様は違う考えのようだった。
「今後も、殿下のために粉骨砕身いたします」
「うん。そうしてくれると嬉しいよ。さて、僕の話は以上だ。次の予定もあるから僕は行くけど、ここは後二時間は押さえてあるからゆっくりしていっていいよ」
そして、頭を下げる私達を置いてエリアス殿下は立ち去られた。
お忙しいのだろう。そんな中時間を割いてくださったということは、それだけクロード様を重宝してくださっているということなのだろうけれど。
「クロード様、エリアス殿下の最後のお言葉に関してですが、あまり無理はなさらないでくださいね」
「ですが。元は貴女の家のものだったのに」
「クロード様がいらっしゃらなければ、私はもっと早い段階で死んでいたと思います。それに、私はクロード様がいらっしゃるだけで十分なのです。私のためにとおっしゃるのなら、私はクロード様が側に居てくださる方が嬉しいのです」
「ジュリア……」
クロード様の瞳が熱を持って私を見つめていた。
私はその視線にふと口から不安が零れる。
「……クロード様に記憶を返したら、この記憶も消えてしまうのでしょうか」
クロード様ははっとした顔をして首を振る。
「すまない、不安にさせていたんだな。実は、その件で話すことがあるんだ。けれど、ここでは。屋敷で改めて話すよ」
そうして、私は王宮の庭でのお茶会を楽しんだ後、クロード様と共に屋敷に戻った。




