60.心配事
極度の衰弱状態から回復した私は、今度は時間を持て余していた。
医師からは少しずつ体を動かすようにと言われている。
最初は新聞を読んだり、ナタリアに手紙を書いたりするだけで疲れてしまっていたけれど、今はかなり回復して、お庭に散歩にいけるようになった。
午前中、新聞を読んでいたところで、ふと求人欄が目に付いた。
そこには、男爵家での侍女の募集が載っている。
(そういえば、私、死んだことになっているのよね。貴族でなくなったのなら、お仕事を覚えた方がいいのかしら)
今はクロードの好意に甘えているが、いつまでもこうしているわけにはいかないだろう。早めにここを出た後のことを考えた方がいいかもしれない。
私は新聞を置いて、隣の部屋に控えているケイトの所に向かった。
「ケイト、今いいかしら?」
「お嬢様……? どうなさったのですか?」
普段、ケイトを呼ぶ時はケイトに来てもらってばかりだったから、ケイトは驚いたようにこちらを見る。
「ケイトにお願いがあって」
「お願い、とは何でしょうか?」
「あのね、お医者様からも体を動かすように言われているでしょう? だから、私にも出来るお手伝いって何かないかしらって思って」
ケイトは困ったように考え込み、少しして口を開いた。
「でしたら、花を生けていただけませんか」
「花を……?」
屋敷の女主人がするような仕事を提案され、首を振る。
「えっと、そういうのではなく、もっとケイトがやっているみたいなお仕事がいいんだけれど」
「お嬢様がですか?」
ケイトに思った以上に驚かれてしまい、首を傾ける。
「私もいつまでもクロード様のお世話になるわけにはいかないでしょう? でも何が出来るかもわからないし、まずは、ケイトがやっているようなお仕事を覚えてみようと思って」
「なるほど」
ケイトは納得しつつも、どこか怒ったような雰囲気を出している。
何故そのような雰囲気を出すのかは分からないが、ケイトに怒られるのはものすごく怖いので、私は黙ってケイトの反応を待った。
「クロード様に確認して参りますので、お部屋でお待ちいただいてもよろしいですか?」
「わかったわ」
ケイトは怖い雰囲気をまとったまま、クロードの所に向かう。
けれど、不思議な事に、戻ってきた時には、先程の怒り具合が嘘のようにご機嫌になっていた。
さらには、たくさんの花と花器が運び込まれる。
「これは?」
「今日は急ですし、やはり、お嬢様には花を生けてもらうこととなりました」
「本当に? いいのかしら」
「はい。それに私もこの屋敷が殺風景なのは気になっておりましたので、お嬢様にやっていただけたら助かります」
にこやかに言うケイトに、そういうことならと私は花を選び、花器に生けていった。
翌日。
今日こそはと気合いを入れていた私の元に、クロードからお誘いの手紙が届いた。
「天気がいいから、午後からお庭を案内してくださるのですって」
「よろしかったですね。ドレスもいただいております」
「ドレスも?」
驚く私に、ケイトは何でも無いように準備を進めていく。
クロードが用意していたのは、金色を差し色に使った緑色のドレスだった。滑らかなモスグリーンの布地に、裾と腰のリボンに金色のリボンが使われている。帽子も同じ布で作られ、金のリボンがついている。おしゃれだけれど、今まで着た事がない雰囲気のドレスだった。
「どうかしら?」
「とてもお似合いです」
ケイトとそんなやり取りをしていると、クロードがやってくる。
「ジュリア、迎えに来た」
侍女の案内でやってきたクロードは、私を見て何故か固まった。
「えっと、おかしいですか?」
「いや。想像していた以上に似合っていて、固まってしまった。とても、素敵だ」
「……ありがとうございます。こういう形のドレスは着慣れていなくて。でも褒めて頂けて嬉しいです」
顔は真っ赤になっているだろう。
頬を抑える私に微笑みかけ、クロードは行こうかと促した。




