42.友情
朝の動揺から、講義内容はほとんど頭に入らなかった。
ようやく昼を告げる鐘が鳴り、あんなことがあったにも関わらず、いつも通りに誘いに来てくれたナタリアと共に食堂に向かう。
「ジュリア様、食堂へ向かいましょう」
廊下を歩きながらも、私達は無言だ。すでに今朝の講義前のやり取りが広まっているのか、周囲から向けられる視線は朝よりも和らいでいる。 食堂で侍女が準備してくれた食事を食べ始めたところで、私は恐る恐るナタリアに尋ねた。
「ナタリア様も、今朝の件を見ておられましたよね」
一体どう思われていたのだろう。
ナタリアは、何故か申し訳なさそうに頷いた。
「はい。その、申し訳ありません。私が登校した時にはもう、話が手に負えない位に広がっておりまして。せめて噂だけでも抑えることができたらよかったのですが……」
その言い方に、ナタリアは噂を止められなかったことに責任を感じているようだと気がついて、私は慌てて首を振る。
「違うわ、そういう意味じゃないの。ただ、あんな騒ぎを起こして、ナタリア様にも呆れられてしまったのではないかと思っただけで」
「そんなこと思いません」
きっぱりと首を振るナタリアに、私はほっとする。
ナタリアは続ける。
「ジュリア様が真面目な性格だというのは少し話しただけの私にもわかることです。それに」
ナタリアは声を潜め、今も食堂で一緒に食事をしているマティアスとパトリシアの方を見る。
「皆、声を上げることはありませんが、あちらの方が余程問題だと、理解ある者達は思っておりますから」
「そうだったの……。よかった。せっかくナタリア様とお友達になれたと思ったのに、嫌われてしまったのではないかと思って」
ナタリアは驚いたような表情で私を見る。
「えっ……、私のこと、お友達と言ってくださるのですか?」
「違うの……?」
「いえ、嬉しいです」
その表情は本当に嬉しげで、私も微笑み返す。
「よかった……。もし、私のせいでナタリア様に迷惑がかかったら、遠慮せずに教えてね。出来る限りなんとかするから」
「ジュリア様……ありがとうございます」
「いいえ。感謝するのは私の方だわ。悪評も立っているのに、変わらず接してくれてありがとう」
感動するナタリア様と共に食事を取り、午後の授業に向かった。
ナタリア様と同じ刺繍の講義の後は、クロードの魔術の講義だ。
檀上で話すクロードの姿はいつも通りで、特段動揺は見られない。
クロードの元にはまだあの噂は届いていないのかもしれない
出来るのならずっと知らないままで居て欲しいと思うが、いつかは今朝のマティアスとのやり取りも含めてクロードの元にも届いてしまうだろう。
そうなると、私はマティアスとパトリシアの仲に嫉妬してクロードを利用しようとした女だ。
(どう弁解しようと、嫌われてしまうわね……)
むしろ、魔力を無くしてまで助けようとした女がそんな人物で、呆れられてしまうかもしれない。
直接会って、変な話をクロードが耳にする前に話をしたいという思いもあるが、マティアスとあのようなことがあった直後にクロードの研究室を訪れるのはこれ以上無い悪手である。
もう、私はクロードの研究室を個人的に訪れることは出来ないと考えた方が良いだろう。
放課後に魔術を教えてもらうことが出来ない分も、今しっかり話を聞いておかないと。
(そうだ。今日から、放課後に伺うことができないと連絡を侍女に頼まないと)
今日もお菓子を準備してくれていると言っていたのに。
迷惑しかかけていないと、私はため息を押し殺し、授業を続けるクロードを見つめた。




