38.クロードの願い
講義が終わると、再びクロードの魔術で講堂に移動した。
「本日はイレギュラーな形で講義を行ったが、内容は当初予定していた物と変わらない。明日からの講義はここで行っていく予定だ」
クロードは一度言葉を切って学生達を見回す。
「もし本日の講義を受けた上で、尚、私に教わるのが不満なら、受講科目の変更も今週末までなら受け付けている。学園長からも特例として許可を得ているので、希望者はこの後私の元に来るように。では、本日は以上」
場所はイレギュラーだったが、講義内容は至ってまともで、受講を取りやめると言い出す生徒はいなかった。
クロードは退室する生徒達を見ながらしばらく待っていたが、誰も来ないのを確認し、講堂を後にした。
私も受講を続けるつもりだが、気になることがあった。
あんなにも大規模な魔術を振るって、クロードに影響はないのだろうか。
どうするか少し迷って、私はクロードの後を追った。
「クロード先生」
「ラバール侯爵令嬢、どうされました?」
追いついたのは研究室の前だった。クロードは驚いた顔を取り繕って言う。
「やはり、受講を取りやめますか?」
「違います。それとは別で、伺いたいことがあったので」
あんなにもすごい魔術を振るっていたのに、私が受講を続けるかどうかで、どうしてそんなに表情を変えるのだろう。
ほっとするクロードの表情に思わず微笑みがこぼれる。
「そうでしたか。では、昨日と変わりませんが、中へどうぞ」
研究室の中は記憶から変わってはいない。昨日と同じように侍女は扉を開けて外に立っていてくれている。
「あんなに魔術を使われて、影響はなかったのですか?」
「はい。学生達から反発があるだろうと予想していましたから、色々仕込みをしていました」
悪戯っぽく笑うクロードに、私は肩から力が抜ける。
「そうでしたか」
「心配してくださったのですね。ありがとうございます」
クロードの言葉に、私は首を振る。
「いえ、余計な心配でした」
「伺いたいということはそのことですか?」
頷くと、クロードが続ける。
「なら、私の方からも、一つ質問しても?」
何を聞かれるのだろうか。頷くと、クロードが口を開く。
「差し支えなければ、ラバール侯爵令嬢が魔術の講義を取られた理由を聞いても? 以前は然程ご興味があるようには思えなかったので」
「大した理由ではありません。その、婚約破棄をされても、一人で生きていけるような知識が欲しかったのです」
私の答えに、クロードは首を傾ける。
「今回はそのような心配はないはずですが」
「そうですね。あと、もう一つ、理由があって」
クロードは話の続きを促すように、じっと私を見つめている。
「時戻りの魔術を調べている時に魔術を面白いと感じて、もう少し専門的に学んでみようと思いました」
「どういうところを面白いと思われたのですか?」
「魔術自体を学ぶこともですが、物語の中に失われた魔術が残っていることが、面白いと。『時戻りの魔術』は絵本や物語に出てくる空想上の魔術だと思っていましたが、実際には禁術で世間に隠されているだけでした。他にもそういう物がないのか探してみたいと思っています」
「なるほど。面白い試みですが、禁術に繋がるとなると発表の場はありませんし、その、少々危険かと」
「個人で楽しむだけでも、駄目でしょうか」
「そうですね。王族の図書館にある本を調べるのは流石にやり過ぎだと思います。今後はおやめになった方がよろしいかと」
「はい。ほどほどにしておきます」
「それならよろしいですが」
クロードは渋々頷く。
私は話題を変えようと、昨日話の途中で終わってしまった件について口にした。
「ところで、昨日、途中までしか話ができませんでしたが、クロード様は時戻りの魔術の代償を消す方法についてご存知だったのですよね。その魔術を使えば、クロード様の魔力枯渇も解消されますのに、どうしてそのままになさるのですか?」
「昨日も申し上げましたが、その件については侯爵令嬢のお気遣いは不要です」
「……ご迷惑でしたか?」
「いいえ。ですが、あの魔術書を読まれたのなら、代償もご存知ですよね」
「私の、時戻り前の記憶ですか?」
「そうです。ラバール侯爵令嬢からは巻戻り前の記憶が消えてしまいます。そうすれば、第一王子殿下との関係にも支障が出るのでは?」
「それは私の問題ですから、クロード様にそこまで背負わせるわけには」
既に筆頭魔術師の地位まで上り詰めたクロードは魔力枯渇で職を失っている。私の巻戻り前の記憶が消える位ならば問題ないように思えるのだが。
そう言うと、クロードは首を振った。
「もし、魔力が戻っても、また侯爵令嬢の命が失われるようなことがあれば、私はもう一度、時戻りの魔術を使うので同じことなのです」
「どうしてそこまでしてくださるのです?」
「それは……。いえ、これも侯爵令嬢が知る必要が無いことです」
「では、何か私にして欲しい事などはないのですか?」
思わずそう言うと、クロードは少し考えて口を開いた。
「なら、一つだけ」
「なんでしょうか?」
「貴女に、私のことを覚えておいて欲しいのです」
そんなことでいいのかと思うものの、真っ直ぐに私を見つめるクロードに、彼が真剣なのだと悟る。
「……かしこまりました」
頷くと、クロードもほっとしたように微笑んだ。
その姿は、まるで今にも消えてしまいそうに儚く、私はまだ私が知らない何かがあるのではないかと直感した。
だが、それを問う前にクロードが言う。
「さて、思ったより時間が経ってしまったようです。侯爵令嬢はそろそろ帰られた方がよろしいでしょう」
確かに、時計を見ると結構な時間が経っていた。
迎えの馬車をかなりの時間待たせてしまっているからクロードの言う通り早く帰るべきなのだろう。
けれどもう少しだけ話をしていたくて躊躇う私にクロードが言う。
「魔術についてのお話なら、研究室に来ていただければ、後日いくらでも伺いますから」
「本当ですか?」
「魔術講師ですからね」
その言葉に促され、私は今度こそ研究室を後にした。




