34.殿下の怒り
「殿下! 申し訳ありません……! ですから、どうかご寛恕を」
意図しなくても聞こえた悲壮な声に、自然と視線がそちらを向いた。
殿下の前には教室の床に膝を付け必死で頭を下げるクラスメイトの姿がある。
彼は伯爵家子息だっただろうか。
「下がれ。お前の顔などもう見たくない」
何が起こったのだろうと考えていると、周囲から囁き声が聞こえてきて、そちらに耳を澄ます。
「彼、何をやったの?」
「なんでも、二日続けて忘れ物をしたみたい」
「えっ、殿下の物を?」
「いえ。ご自身の教科書をよ」
「それで殿下は、どうしてあそこまでお怒りになっているの……?」
よくわからないという顔で、一人が言う。
「あの方、昨日も注意されていたの。なのに、二日続けてと言うところで、殿下がお怒りになったみたい」
注意をされた上で二日続けての失敗は良くないが、それであの罰は重すぎるのではないだろうか。
学園に入る前から殿下に仕えていた方だ。
あの殿下の怒り様では、今後は殿下に仕えることもできず、それどころか殿下の不興を買った人物として、将来的には王宮での仕官の道も閉ざされるだろう。
思わず前に踏み出そうとしたところで、タイミングが悪く講義の開始を知らせる鐘の音が鳴った。
「学生は席に戻ってください」
入ってきた教師が、固まっている生徒達に不審な顔をしながら言う。
皆、言われたとおりに自分の席に戻ると、講義が始まった。
講義は予定時刻よりも早く終わった。
空いてしまった時間にすることもないため、少し早いが食堂へと向かう。
窓際の席につくと、近くに座っていた男子生徒達の話し声が聞こえてきた。
話題は、先程の殿下と伯爵子息のやり取りについてだった。
「殿下がおっしゃっているのは正論だけれど、少し厳しすぎるよな」
「ご自身もきちんと律されているからこそ、側にいる者にもその態度を求められるのだろうけど」
「正直、失敗が許されないのは息が詰まるよな。自分がやらかした時が怖すぎて、教室でも気が抜けないし」
「だよなぁ」
「その点、第二王子殿下は、周囲へのご配慮が素晴らしいらしいぞ」
「そうなのか?」
「人当たりも柔らかく、失敗にも寛容らしい」
「といっても、第二王子殿下はまだ十四歳くらいじゃなかったか?」
「俺たちの三つも下で、そんなに人間が出来てるのか?」
「ああ。だから、あまり大きいな声では言えないが王宮に勤める者達の多くが第二王子殿下を王太子にと望んでいるらしい」
「そういう話を聞くと、第二王子殿下の方がやりやすそうだな」
「確かになぁ」
男子達の話は別の話題に移っていく。
(以前も、こんな風だったかしら……?)
思い返すが、一度目の学園内では私の悪口しか聞いた覚えがない。
それに、殿下があのように仕えている子息に冷たく当たることもなかった。
今回は私の行動が変わって要領よく立ち回れているから、その分、他の人に目が向いているのだろう。
(自分にも厳しい御方だから、他の人にも厳しいのよね)
でも、次の国王陛下に第二王子殿下の方がいいだなんて思われているとなると、少し問題かもしれない。
(私が気にすることではないけれど)
耳を澄ますと、彼らだけではなく、他の人達も、皆、殿下が厳しすぎると話している。
話を聞いていると食欲がなくなってしまい、申し訳ないけれど食事を半分以上も残してしまった。
お盆ごと侍女に下げてもらうと、私は席を立った。




