32.クロード視点(1)
「クロード殿、持ち物はそれだけでよろしいですか?」
「はい。もとより私物はこれだけです」
背後に控えた兵士が窺うように尋ねた。既に筆頭魔術師としての役は解かれている。
荷物整理のために執務室への入室を許されたものの、自分が持ち込んだ物は数冊の本と筆記用具だけだ。
邪魔ならば捨てれば良いという発想がなく、残していても後任者の邪魔になるだけだろうと取りに来たが、無駄なことをしてしまったかもしれない。
付き添いの兵士が戸惑うのも仕方ないだろう。
「そうでしたか。では、参りましょうか」
気を取り直したように促され、部屋を出る。
外に出るまで見届けるよう言われているのだろう、兵士は先導するようにオレの前に立つと言う。
「門までご一緒します」
兵士の後を歩きながら、今日で見納めになる王宮内の様子を眺めつつ付いていく。
さりげなく歩きながら周囲に目を配るが、目的の人物の姿は見つけることができなかった。
(さすがにこの時間、彼女が王宮に来ているわけがないか)
筆頭魔術師の地位には未練はないが、心残りは一つある。
王太子の婚約者であり、本来ならオレが言葉を交わすことさえおこがましい、けれど、どうしても幸せになって欲しい女性。
一目でもいいから、最後に彼女を見たかった。
王宮内への立ち入りが許される地位がなければ身分を持たないオレに彼女に会う機会はない。
(欲を言うなら、彼女が今度こそ幸せを掴む所を見届けられればよかったのだが)
そのためには筆頭魔術師の地位が必要で、しかしそれに必要な魔力も、時間も残されていなかった。
合同演習で結果を出せればもう少しあの椅子に座っていられただろうが、それでもどこかで限界は来ていたはずだ。
魔術を発動した後も、常に吸い上げられる魔力。他者の追随を許さない魔力を持っていたはずなのに、自由に使える魔力はほとんどなく、業務をこなすために必要な魔力は魔石で補っていた。
使うあてもなく、貯まるばかりだった預金があったためにそれもできたことだが、国境では金はあっても質の良い魔石は手に入らない。
王都から取り寄せようとしたが、オレが気に食わない誰かによって、それも邪魔された。
孤児の出で、オレがこの地位にいることを気にくわない人間は沢山いたから犯人の目星すらもつかない有様だ。
魔石を購う金銭にはまだ余裕があったが、魔石を手に入れられず、魔術を振るうことができなくなれば、オレが常に魔力枯渇状態であるということはあっさりバレた。
思考の中に沈んでいる間に、王宮の裏にある通用門に到着していた。
兵士は少し待つように言って、門の側にある詰め所に入る。
「では、手続きは全て済みましたので、これで」
そう待つこと無く出てきた兵士はそう告げて、王宮の中に戻って行った。
オレは王宮の門の外でその後ろ姿を眺め、王宮に背を向ける。
王宮の宿舎も追い出され、行く当てはないがいつまでもここにいるわけにはいかない。
町に行き落ち着く先を見つけるのが妥当だろう。
「さて、行くか」
「まったく、このような時にも頼るつもりはないとは、薄情な弟子よ」
一歩踏み出した所で不意に聞こえた言葉に振り返ると、思った通りの人物がいた。
「……師匠」
門兵が立っていただけの王宮の裏口に、魔術師のローブをまとった白い髭を伸ばした師匠――世間では、大魔術師とも言われるラフラーメが立っていた。
門兵に驚いた様子はない。
むしろ師匠を通り越してオレに視線が向いているので、師匠については認識していないように見える。
そして、そのような魔術を振るうことが師匠には可能だった。
「どうしてここにいらっしゃるのですか?」
「不肖の弟子が、折角譲った仕事を放ったと聞いたからだが」
「放ったわけでは……」
「そのようだ。何やら面白いことになっている」
長く生きてみるもんだと楽しげに、けれど笑っていない瞳で師匠は言う。
それは師匠に拾われて、庇護者のいる暮らしに慣れて調子に乗っていた頃によく浮かべていた叱責前の表情で、オレは咄嗟に逃げようと身を翻す。
しかし、そうするよりも早く、師匠の杖がオレに向けられていた。
「詳しい話は、我が家でゆっくり聞かせてもらおうか」
ここ数年で一番厳しい師匠の声色に、オレは頷くしかなかった。




