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19.揺れる心

 家に帰ると、ケイトが待ってくれていた。

 お父様達とは顔を合わせることすらなくなったけれど、ケイトが居てくれるから孤独は感じていない。楽なドレスに着替えてソファに座ると、ケイトが一通の手紙を差し出した。

「エリク様から届きました」

 すっきりとした白い封筒に封蝋はエリクの頭文字が使われている。

 中を開くと、丁寧だけれど少し書き慣れていないとわかる筆致で文章が綴られていた。

「プレゼントを気に入ってくれたみたい」

 ケイトには心配させそうで伝えないけれど、先日の襲撃で庇ったことについての御礼もあった。

「ようございましたね」

「ええ。贈った羽ペンとインクでこの手紙を書いてくれたそうよ。あと、私の誕生日を教えて欲しいのですって」

「まぁ、では、すぐにお返事をお書きになりますか?」

「そうね。お願い」

 ケイトが準備をしてくれている間に文面を考える。

 エリクとの文通は楽しいけれど、早く前みたいに気軽に会えるようになりたいと思うのだった。


 あの襲撃事件からしばらく経った。王太子妃教育は順調に進んでいる。殿下の態度も変わらないままで、そのことに少し困っている。距離を取ろうとするのに許してもらえず、最近は逃げるのも難しくなってきていた。

 今度の婚約披露の宴では、お揃いでドレスを作ろうとまで言われた。前回も一応は殿下が贈ってくださったけれど、侯爵家に殿下からという名目で贈られてきただけで、どんなドレスにするか一緒に考えるなんてことはなかった。

 このままで、無事に殿下と婚約を解消できるのだろうか。

 そもそも今の殿下なら一度目のようなことにならないのでは、とも考えた。でも、あの時、あっさりと私の罪を信じ婚約を破棄した殿下を盲目的に信じることは簡単なことではない。

 今日は殿下とのお茶会の後、庭園の花が見頃だからと庭の散策を勧められた。先日襲撃のあった庭ではなく、王家の許可を得た者しか入れない庭だ。殿下はご公務があるから一緒に行けないと残念そうに言われたが、今の私にはそちらの方がありがたい。庭園の入り口に護衛が付いてきており、侍女も離れた場所にいるが、薔薇のアーチに囲まれたベンチに座ると気にならなかった。この庭に一人でいるような気がしてそっと息を吐いた。

 王宮にしかないという珍しい色の薔薇を眺めていると、風がそよぎ、ベンチの前に人が降り立った。

「クロード様――?」

 私はクロードが人差し指を立てて口元に添えているのを見て、声を落とした。

「驚かせて申し訳ありません。入り口に居る護衛に姿を見られたくなかったもので。隣に座ってもよろしいですか?」

「どうぞ」

 振り返ると庭園の入り口は静かで、クロードの登場には気がついていないようだ。

「クロード様なら、護衛に止められることなどないと思いますが」

「そうでしょうか。夕刻まで、この庭は殿下以外は立ち入り禁止と聞いております」

「どうしてですか?」

 思わずクロードを見つめると、クロードは困ったように笑った。

「ラバール侯爵令嬢に悪い虫が付かないようにだと思います。ご自覚は、おありでしょう?」

 最近の殿下の様子に「そんなことない」とは言い切れない。私は、代わりにクロードの行動の理由を問うた。

「それなのに、こちらにいらしたのですか?」

「筆頭魔術師が忠誠を誓うのは、王家ではなく、国家ですから」

 答えになっていない答えを返されて、クロードを見上げるもクロードは意味深に笑うだけだ。これ以上待っても何も話してくれなそうだと、私は話を変えた。

「そういえば、先日頂いた苺の飴、美味しかったです。どこで購入されているのですか?」

 黙り込んだクロードに、首を傾げる。

「言いにくいことを尋ねてしまったかしら」

「いえ、そうではありません。私もラフラーメ様から頂いているのです。そういえば、どこで購入なさっているか存じませんでした」

「ラフラーメ様と言うのは元筆頭魔術師のですか?」

「よくご存じですね」

「お名前だけ。お会いしたことはありません」

「もう引退されていますから、名前をご存じの方はお若い方には少ないのですよ。さすが優秀と言われるわけですね」

 クロードは金色の瞳を和ませると続けた。

「今度、師匠に聞いておきます」

「師匠?」

「ええ。魔術だけではなく、色々なことをラフラーメ様より教わりましたので」

「それは知りませんでした」

「困りごとがあれば、頼られるとよろしいですよ」

 今の筆頭魔術師はクロードなのに、元筆頭魔術師を頼るように言うクロードの意図がわからず問い返す。

「クロード様ではなく?」

「私は、若輩者ですから」

 その言い方がおかしくて小さく笑うと、クロードはほっと肩の力を抜いたようだった。

「ラバール侯爵令嬢が、お元気そうで安心しました」

 何故そんなことを言われるのかわからず首を傾げると、クロードは言う。

「庭園の話を聞いて少々心配していたのです。ですが、私の心配など無用でした」

 筆頭魔術師として捜査に協力しているのだろうか。詳しい話を知っているのなら教えてもらえないだろうか。だが尋ねる前にクロードはベンチから立ち上がった。そして目の前に跪くと、私の手を取る。

「筆頭魔術師として、殿下とのご婚約お祝い申し上げます」

 そうして、そっと手の甲に口付けると、来たと時と同じように姿を消した。

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