17.手紙
部屋に戻ると、ケイトにお願いして一人にしてもらった。
きっと酷い顔をしていたのだろう。ケイトは私を一人にするのをためらっていたが、どうしてもとお願いして下がってもらった。
一度目で、お父様が私のことなど何とも思っていないのはわかっていたことだ。だから、泣くのでは無くこれからのことを考えなければ。一度目の出来事を書き出したノートを取り出して、中身を確認する。お継母様とエリクとの初対面はうまくいっている。でも、結局、お父様達とは距離を置くことになってしまった。変えることができたのは、エリクとの関係位だろうか。でもこのまま距離を置いたままでは、それも危うくなるだろう。
私は便せんを取り出した。エリクへと用意したプレゼントは渡せていない。せめて手紙を添えて渡そう。
ケイトを呼ぶと、すぐに来てくれた。
「これを、エリクさんに渡してきてくれる?」
「かしこまりました。お嬢様、お手紙を渡した後、何か軽く食べられる物をお持ちしてもよろしいですか?」
時計を見ると、もう昼と言うよりおやつの時間が近い。一度、昼の時間に声をかけられていたのに食欲はないからと断っていた。首を振ろうとすると、ケイトが悲しげな顔をする。
「料理長がお嬢様に少しでも召し上がって頂きたいとサンドイッチを作っております。私もお嬢様には何か召し上がっていただきたいのです」
「……わかったわ」
「では、すぐに戻って参りますので!」
ケイトに押し切られ、頷いてしまった。張り切った様子のケイトに苦笑しながら、手紙とプレゼントを預けた。
しばらくして、ケイトはお茶などを乗せたワゴンを押して戻ってきた。
軽食の準備をしてくれるケイトに、エリクの反応を尋ねる。
「エリクさんの様子はどうだった? 気に入ってくれたかしら」
「はい。お喜びでした」
「よかったわ」
「ではお嬢様もこちらをお召し上がりください」
テーブルの上には、お茶とサンドイッチの載った皿が並べられている。食べやすいように小さめのサイズで、美しく盛り付けてあると、なかったはずの食欲が湧いてきた。
食べ終わったところで、ケイトが一通の手紙を差し出した。
「こちらを執事より預かっております」
見ると、封蝋には殿下の印がある。
「殿下から、よね?」
「はい。そのように伺いました」
まさか殿下からお手紙を頂くとは思わなかった。意外だけど、流石に王家の管理する庭であんなことがあったのだから見舞いの手紙を出すのも義務と思われたのかもしれない。
手紙は形式通りの時候の挨拶から始まった。途中から私を案じる言葉が並んでいて、一度目を含めて今まで頂いた手紙で一番の熱量を感じる。「王家の力で私を守るから、どうか王宮へ来るのを怖がらないで欲しい」「次に会う日が待ち遠しい」こんな熱烈なお言葉、頂いたことがない。戸惑っていると、ケイトが声を掛けてくれた。
「どうなさったのですか?」
「ケイトも読んでみて」
「よろしいのですか?」
怪訝な顔をする私を心配したケイトに、手紙を渡す。中を読み始めるとすぐに驚きながらも嬉し気な表情に変わった。
「これは……! 愛されておいでですね」
「そう、なのかしら?」
いつの間に、という気持ちが強い。婚約が決まった顔合わせでは、嫌われてはいないものの、特別興味を引いたとは思えない。その後の交流でも、それは変わらなかったはずだ。あるとすれば、前回の襲撃事件だけど思い当たる節はない。一体何が殿下の琴線に触れたのだろう。
「きっと殿下もお嬢様のすばらしさに気が付かれたのですよ。お返事はすぐにお書きになりますか?」
「そうね。あまり遅くなっても失礼だから、今から書くわ」
文面を考えながら、私はこれからに思いを馳せた。
今回のことでお父様達との関係は一度目の時のようになってしまったけれど、もしかして、殿下との関係を変えることが出来ているのだろうか。そうであれば、穏やかな婚約解消に一歩近づいたと思っていいのかしら。
「……いえ、まだわからないわね」
殿下が、あの方に出会うのは学園に入学してからだ。一度目と同じ結末は絶対に迎えたくない。這い上がってきた寒気を振り払い、ペンを持つ。まだ始まっていない未来を心配するより、まずは、私を案じてくれている殿下へ返事を書こう。