11.飴の味
王太子妃教育は順調に進んでいる。先生達からも飲み込みが早いと評判が良い。
だから、かもしれない。王太子殿下とのお茶会が定期的に開かれるようになった。一度目は何か月かに一度、交流のためのお茶会があっただけだというのに、今回は月に二、三回も顔を会わせる機会がある。今後婚約を解消するように動くことを思えば、お茶会での交流はない方がよかった。けれど、私から断ることはできない。
お茶会での会話は、主にお互いが学んでいることについてだ。当然のことながら、殿下の方が先に進まれている。
何度目かのお茶会で、殿下は紅茶に口を付けた後に微笑んだ。
「ジュリアは優秀なようだね。先生方が褒めていたよ」
「まだ教えを受け始めたばかりですのに、もったいないお言葉です」
「ジュリアの成長が楽しみだという方もいる程だ。君が将来僕の隣に立ってくれるなら安心だ。この調子で頑張ってほしい」
「マティアス殿下のご期待に添えるよう、今後も励みます」
「うん、期待している」
殿下は微笑むと、席を立った。
「では、これから僕は公務があるから先に行くけれど、君はゆっくりしていって欲しい」
「かしこまりました」
殿下を見送って、再び腰を下ろす。殿下の食器をメイドが片付け、私の前にも新しいカップが置かれた。
ぼんやりと彼女達の働いている姿を見ながら、私は込み上がってくる感情を必死に押し殺していた。
何故だろう。あれほど欲しかった言葉を殿下が口にされたというのに、胸の中には空虚さが満ちていた。単純に一度目の努力が報われたのだと喜べばいいのかもしれない。でも、そんなに単純には受け取れなかった。努力しているかどうかではなく、結果がすべて。そう言われているようだったから。
それは国の頂点に立つお方としては仕方がないことかもしれない。努力さえしていれば結果が出なくても良いとは言えない立場だ。それは婚約者という、公私共にパートナーとなる立場でも変わらない。いずれは婚約を解消したいと思っているが、少なくともあと一年は殿下の期待に応えなければいけない。
諦めの気持ちを抱えながら少し冷めてしまったお茶を飲み干すと席を立った。
お茶会の後は帰宅してよかったが、まっすぐ帰宅する気にもならず、少し遠回りになるが庭園の中を歩いて帰ることにした。
今日は見学者が少ないからゆっくり見て回ることができる。
枯れた花は摘み取られており、つぼみと美しく開いた花だけが存在を許される贅沢な庭。
先程のお茶会のことがあったからか、完璧な姿を見せる庭は少し息苦しかった。
「あら……?」
人の気配を感じて顔を上げると、生け垣の向こうにある時計塔の扉が開いて中から人が出てきた。王宮魔導士のローブを羽織っているその人と目が合ってしまって、会釈をした。
「ごきげんよう」
「あなたは……」
どうやら顔を覚えられていたようだ。そういえば名乗っていなかったので、裾をつまんで挨拶する。
「ラバール侯爵の娘、ジュリアでございます」
「王宮魔術師のクロードです。先日は失礼致しました」
クロードも私を覚えていたようだ。
「お詫びをすると申し上げたのに、お名前を伺っておらず探しておりました」
「怪我などしたわけではございませんし、そのようにお気遣いいただかなくてもお気持ちだけで結構でございます」
「急いでいたとはいえ、王宮にそぐわない振る舞いをしたのは私の方ですから」
「では、お互い先日のことは忘れると言うことで」
頑なに態度を崩さない私に、クロードも諦めたようだ。
「……ラバール侯爵令嬢の気を変えるのは難しそうですね。では気が変わられましたら、いつでもおっしゃってください」
「わかりました」
クロードが折れてくれてほっとする。
「そうだ、こちらを。お近づきの印に差し上げます」
私が受け取る前提で、小さな包みが生け垣越しに差し出される。
「これは?」
手のひらで受け止めたそれを持て余して尋ねると、クロードは金色の瞳を柔らかく溶かして微笑んだ。
「お口に合うかはわかりませんが、ただの飴ですよ。意外と元気になるんです」
そう言われて、確かに昔食べたことがある飴と同じ包みだと気がついた。目の前の青年と飴の取り合わせが意外でつい見比べてしまう。
「では、あまり殿下の婚約者殿を引き留めるわけにはいきませんね。私はこれで失礼します」
クロードは一方的に会話を打ち切って一礼すると、マントを翻して王宮へと向かっていく。
私は返しそびれた飴の包みを眺めると、少し考えて包みを開いた。
殿下の婚約者としては、初対面に近い人から貰った物を食べるなんて相応しくない行動だろう。けれど、記憶と同じ包み紙の飴の味が気になって、私は薄紅色の塊を口に入れていた。
「甘い……」
広がるイチゴの香りは懐かしい味だった。
「ジュリア様、むやみに頂き物を口にされるのは、おやめください」
「ただの、苺の飴だったわ」
咎める侍女に首を振ると、歩きながら食べるのははしたないと思いつつ私を待つ馬車へと向かった。