10.図書館にて
図書館に入るとコリンヌが受付で手続きをしてくれた。
王太子の婚約者ということで、司書が簡単に図書館内の説明をしてくれる。コリンヌには付き合わせて申し訳ないが、私を一人にするわけにはいかないということで、一緒に話を聞いて貰った。
司書は本を探す手伝いをしてくれようと申し出てくれたけれど、自分で見て回りたいからと断って、まずは今日授業で習った国の風土に関するエリアに向かった。本命は魔術の本だが、興味を持った本や借りた本はコリンヌが報告するかもしれない。魔術に興味があると思われると不要な憶測を呼ぶだろうと考え、他にも色々見て回るつもりだ。
目についた現地の旅行記を取り出し、中身を確認する。著者はこの国の出身のようで、読みやすそうだ。他にも何冊か確かめて、最初に手に取った本を選ぶ。
その後は不自然にならないようゆっくり本棚を巡り、魔術に関する書籍が集められたエリアを見つけた。『魔術史概論』『基礎魔術Ⅰ』などの難しいタイトルが多くてどれを選べばいいかもわからない。
せめてタイトルに『時』や『時間』『時空』などの言葉が入っていたらわかりやすいのに、そういった物は見当たらなかった。
あまり長い時間足を止めていても変に思われてしまうだろう。諦めて他の棚に向かうと、画集や物語などが置かれている棚に見覚えのあるタイトルを見つけた。
「懐かしいわね」
書見台に持っていきページをめくる。流石、王宮の図書館に入っているだけあって豪華な装丁で、挿絵も美しい。
『時戻りの王子』と題された物語は、悲恋として有名なお話だった。あらすじはこんな感じだ。
魔物に襲われ毒に倒れた恋人のために、王子は己の魔力を代償に時戻しの魔術をかける。魔術は成功したが、王子は魔力を失い、また、恋人も記憶を失ってしまう。魔術の制約で、巻き戻りを行った日までに、魔術をかけた人と結ばれなければ王子の命が失われてしまうのだが、かつての恋人は王子が恋人を害した魔物を倒しにいっている間に別の男と結ばれており、その幸せそうな姿に王子は全てを諦め、時魔術の制約により永遠の眠りにつくという話だ。
懐かしいけれど、恋が叶わない苦しさを知ってしまうと、少し苦手に感じてしまう。
「コリンヌは、このお話を知っている?」
「はい。物語も、舞台も見ております」
「そうなのね」
一度目は、勉強や王太子妃教育で舞台など見に行く余裕は無かった。
コリンヌは続ける。
「ジュリア様はこの物語を読んでどう感じられましたか?」
「命を懸けて恋人を救った王子様が報われなくてかわいそうだわ」
私は、自分の境遇もあり王子に感情移入してしまう。
「そうなのですね。この物語は、舞台では色々な取り扱いをされるのです。ジュリア様のように王子の報われない恋を悲劇として描きながらも、一方で王子の献身を『純粋な愛』として讃えるもの、あるいは、純粋な愛を捧げる対象がその愛に相応しいかはわからないと皮肉気に解釈するものもあります」
「色々な考え方の人がいるのね」
ただの悲劇として描かれるお話なら興味はないけれど、皮肉な解釈をする演目は少し観てみたい。
「……いつか私も観に行けるかしら」
コリンヌは微笑む。
「『時戻りの王子』は人気の題材で、年中公演されていますし、観劇はデートでも人気ですのできっとお誘いがございますよ」
「いつでも公演があるのね」
正直、マティアス殿下からのお誘いは期待できないと思うけれど、年中公演があるのなら殿下からお誘いがなくても観に行ける。
「では、そろそろ、お時間となります。お借りするのはそれらでよろしいですか」
「こちらは、借りなくていいわ」
私が『時戻りの王子』を外すと、コリンヌは意外そうな顔をしたが、黙って他の本を借りる手続きをしてくれた。