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親愛なる記者の備忘録  作者: 夢ノ村
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心、重ねて

(嗚呼、どうして来てしまったんだ)


 あちこちで嘆息が聞こえ漏れてきて、私の鬱憤の肩代わりを頼んだ。暑さや圧迫感、凪いだ海面のように動きが見られない列の進み具合に、精神と体力は摩耗し、苦行と変わらぬ様相を呈す。意識が朦朧とした矢先、それは突然にやってきた。まるで、頬杖をついてうつらうつらとしている内に、手の平から顎が落ちたかのように足は拠り所を失ったのだ。


 足場の不在につき、私達は間もなく垂直に落下した。重力に掬い上げられた内臓が、瞬く間に青ざめて齷齪と全身に血を回す。宙を蹴って浮上を図るも、栓を抜かれた水のように抵抗は水泡に帰して、地面へ叩き付けられた。人々は折り重なり、あらぬ方向に曲がった所在不明の足が私の腹で横たわっている。


「ヴ、ァ」


「……くっ」


 累々と地面に敷かれた肌色の絨毯が上げるうめき声は、救済を求める堕落したソドムの民のなけなしの訴えを連想させた。そんな中で私は、澄み切った青空に意識が吸い込まれていくかのような、先程までの雑然なるひしめきから解放される感覚を覚えた。ただそれは、あまりに退廃的な身体の弛緩であり、目を瞑った先で待っていたのは、白い病室の天井であった。


 一連の出来事はいつでも鮮明に思い起こす事ができた。ただ、酒の肴などに利用する軽々しさも、世間への啓蒙を目標に活動を行う政治的思想も私は持ち合わせていなかった。ただ一人で抱え込み、長年付き合ってきた。


「小林さんに、シンパシーを感じたんです」


 類似した事故の被害者への理解と歩調を合わせる口吻で心の接近を試みる。


「人為的な事故であると見越して、犯人探しに躍起になる様を間近に見て感じた、違和感」


 駄文とはいえ、いくつもの記事の作成して身につけた処世術がある。それは、最もらしい筆舌で真偽が曖昧な事柄を如何に真実味をもたらすかの手法だ。濁すかのような言い回しは猜疑心を生み、口述する内容は朧げに、虚実を峻別しようとする炯々たる眼差しを誘う。背筋を真っ直ぐに、後ろめたさに視線を外す事もしなければ、手を揉んで長考すらしない。姿勢と断言によって、差し出がましい真実味を帯びるのだ。


「私はあの崩落事故を老朽化などによる、語るに落ちるものとは思えない。もっと突拍子もない。誰も想像が及ばないような不可思議な事が起こったのではないか。そんな風に思うんです」


 始めて幾久しい推測を、今まで口に出してこなかったのは、あまりに荒唐無稽で取るに足らない世迷言だと自分自身、感じていたからだ。だが、「小林一葉」はやおら口を開き、俯き加減でこう言うのである。


「実は……わたしも、あの道路の陥没に思う所があるんです」


 金槌で肘を殴れたかのような痺れが頭から首筋にかけて起こり、聞き捨てならないと襟を正す代わりに座り直した。


「と言うと?」


「上から何か降ってきたような、道路が崩れる前に地響きが起きて、その衝撃で動けなかったんです」


 立ち上がりかけた身体を鼻息の荒さにまで落とし込み、にわかに生じる興奮を腹の内に溜めた。


「それは興味深い」

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