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親愛なる記者の備忘録  作者: 夢ノ村
8/24

ゲロ

「巻き込まれた人達とは会話を交わしたりしましたか?」


「どうだったかな……あまり覚えていないですけど、お互いに身体の状態を聞き合っていたような気がします」


「なるほど」


「あの場にいた六人全員が口をきけたので、目を回して助けを求めるほど、緊迫感に溢れてはいなかった、と今なら振り返られますね」


 天井が抜けるかのような道路の陥没に遭いながらも、六人は非常に冷静に対処し、サイレンの音を待ったようだ。


「命を落とさなくて本当に良かった」


「随分、親身になって話を聞いてくれますね」


 疑念めいたものが「小林一葉」の語気から伝わってくる。記者である事を改めて自称し、お互いの立ち位置を測り直す利益は果たしてあるのだろうか。悩ましさに言葉を窮してしまう。


「……」


 私は、「記者」を公言する以外に道はなく、袋小路と思われたが、思わぬ抜け道を見つけた。それは、過去を述懐する事に繋がり、陥没事故に関して異様な好奇心を抱く根本となる。


「小林さん、十年前の歩道橋の崩落事故を知っていますか?」


「えぇ、連日ニュースに取り上げられて、嫌でもこべり付きましたよ」


「実はその事故の当事者なんですよ、私」


 今年の最高気温を更新すると、天気予報が大言壮語に報じた日、私は夏祭りの色香にあてられて家を飛び出した。仲睦まじそうな男女や、親子連れの団欒。友人同士が溌剌と交わす会話など、同じ目的を持った老若男女の祭り気分を、肌で感じたかったのだ。読者諸君はきっと、私の事を人恋寂しい人物だとお思いだろう。全くもって正しい。私には凡そ友人と思しき人間を有しておらず、教室の隅で本を流し読みし、時間を潰していたような性質の持ち主だ。一人でいる事に慣れて、恙無い日々の繰り返しを享受していると、ふいに魔が差す。恒久的に繰り返される夏祭りの騒がしさを窓越しではなく、直接味わいたくなる年がある。そんな日だった。


 アイスなど持ってみろ。日差しが襲いかかり、忽ち手元を汚す原因になる。空を見上げてみろ。肌を刺すような日差しが瞼を下ろす。全てが喧しく、外に出た事を十分後に後悔したが、家に出戻るのは癪に思い、祭りの会場まで足を伸ばした。


 和服に身を包む祭りに即した格好をする通行人が辺りに増えてきて、夏の風物詩たる由縁を目で楽しむ。風が吹きつけば、屋台が醸す雑多な食べ物の匂いが潮風のように運ばれてきた。季節に応じたその時々の行事への参加を何年も拒んできた私にとって、郷愁よりも新鮮な気持ちが浮上し、そこはかとない幸福感を味わう。


「あぁ……」


 普段はサッカーの練習などに利用される河川敷を祭りの会場とし、集まる人だかりの受け皿に選ばれた。歴史は浅いものの、騒音やゴミの扱いなどで苦情が殺到する事はなく、町民に親しまれる祭りの一つに数えられる。


 その道中に歩道橋を渡って川沿いへ出る必要があり、蛆虫が湧いたかのような行列に目眩を催した。もはや戻る事もできず、遅々とした行進を受け入れるしかなかった。密集して起こる熱にのぼせ上がり、逃げるように空へ首を伸ばすと、蒸し暑い夏の空気に触れた。気分を誤魔化そうとキョロキョロと周囲を見渡せば、青白い顔をする女の人を見た。いつ口から悲哀を吐き出しても様子に、私は一寸先の惨事を夢想する。

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