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親愛なる記者の備忘録  作者: 夢ノ村
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一人目

 呆れ返ったような溜息まじりの言い草は、明らかに私を貶める為の表現であり、悪様に扱う事を遠慮しない初めの一歩目になるだろう。そんな予感があった。


「ありがとう」


 あらゆる顔を使い分けながら、社会に迎合する。それは清濁併せ飲む度量が求められ、得てして卑屈になりながちだ。だからといって、本心を見失うような事はない。虚飾は謂わば逆説的に本心を浮き彫りにし、ある一つの目的の為に手段として阿るのは、本心を捉える上で欠かせず、原動力にもなり得る。


 そう、病院の敷地を囲うフェンスに群生する有象無象のメディアを背負った人間達も同じだ。各々が持ち寄ったカメラで病院の外観を資料映像とする光景は、通行人から蔑視をもらって当然の醜さがあった。だが、私からすると明確な目的をもって集まった同士であり、他人の物差しで測った道義心など従うまでもない。


 中継を任された、とある女性の姿が目に入る。カメラの下に構えられた白い紙を必死に目で追いながら、口を動かしている。せっかくなので、聞き耳を立てて雛鳥のようにお裾分けしてもらおう。


「今現在、この病院で治療を受けている状況です。はい、はい。今から一時間前に搬送されて」


 中継先と思われる相手とイヤホン越しで会話をする女性は、身振り手振りで切迫感を煽りながら背景にある事故の深刻さを伝えていた。時間の流れを享受すると私は次に被害者の性別や歳、名前について知る必要があった。個人情報の管理に疎い当事者ないし第三者がインターネット上に身分に繋がる細かな情報を書き残している事が多々ある。世俗の関心を集める事件事故が起これば、蟻道を辿るかのようにして、不特定多数の人間が目くじらを立てる。これは加害者にも被害者にも等しく行われ、私の求めるものが直ぐに手に入った。


「小林一葉。蓮井廉。牧田紀夫。春日部涼太。柳香織。田所順平」


 氏名は直ぐに特定できた。これらの事象は全て椅子に座っているだけで得られ、画面を介さずにわざわざ現地に赴く理由は一つだけだ。被害者と接触し、心情を引き出す事にある。これは、対人間のコミュニケーションが大きく作用し、記者の手腕を問うというより、見た目に起因する。寝癖や乱れた服装で得られる信頼など地面の石ころと一緒で、迂闊に口を滑らせる以外に得られるものはない。清潔で理知的な、如何にも後ろ暗い事を抱えていないといった、骨格がいる。その次に、腰を低く保って自分がどれだけ非力なのかを動物的本能に訴えかける。これだけでは警戒を解く事には直接繋がらないが、きっと取材を取り付ける為の第一歩となるだろう。


 私は再び、インターネットに目を向けた。一部のソーシャルネットワークは顔を出す事を前提に運営するサイトもあり、ネット上の繋がりを地下を連想して語るのは時代錯誤甚だしく、個人の価値観に合った方法で人間関係の拡大を図るような昨今だ。裁量は全て自分にあり、そこで生じる不利益は始めに提示される長々とした規約の同意に則って処理され、ほとんどの場合は個人の問題に帰結する。


「これか……」


 ありふれた風景だったものが、衆目の関心と結びつき、まるで臓物を引っ張り出すかのようにその人物の素性が浮き彫りになる。ソーシャルネットワークとの向き合い方に資質や生来の性格は表出し、とあるニュースキャスターと同姓同名の小林一葉は、年齢、性別が他の被害者より簡単に情報として手に入った。過去を遡れば、住んでいる場所も漠然と把握でき、脇が甘いとここまで徹底的に露見してしまうのかと、その恩恵を授かりながらも少し恐れを抱いた。

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