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序章

 


 後漢末、西暦二百年。

 虫の音が鳴る南陽の地。ひっそりと佇む草庵には、山のように積み上がる書簡があった。その山の中から、男が一人。書簡を踏まないよう注意を払い月明かりの下へ出た。

 灯りもない空、男は星を読む。


 「やっぱり、もう一人欲しいな」


 手元にある劉備軍からの書簡に目を落とす。軍師として僕を必要としてくれているらしい。ただ、星を読むかぎり、今はその時ではないのだと返事を出せずにいた。


 「何が駄目って言うわけではないんだけど」

 

 こうして何度も送って貰うのは申し訳ないなぁと思ってはいるものの、腰は中々上がらない。

 無数の塵たちが瞬く星空を見上げながら、僕は書簡を巻き直した――・・・・・・。



※※※

 


 関亭廟かんていびょう、といえば中華街でも有名な観光地だ。あの三国志で活躍したしょくの武将、関羽が祀られる場所だからである。

 先日まで高校に通っていた清水弥子しみず みこは、春休みを利用して友人とランチを食べに中華街まで来ていた。中華街にはよく遊びに来てはいたが、ここには地元すぎて訪れたことのなかったのだ。

 せっかくだから見に行こうと、小籠包とお粥でパンパンになったお腹を擦りながら歩く。


 「そういえば弓道部、まだ弥子に連絡寄越してきてるんだってね」

 「ああ、まあ……仕事の合間に教えに来て欲しいって。別に構わないんだけど、正直言って手本になるかどうか」

 「アンタが言う、それ?」


 高校に入って何となく始めた弓道だったが、一年の頃より選抜に入り大会で優勝する程の才能を持っていたのは確かだ。ただ、人よりも集中力に優れていただけだと自分では思っている。感覚だけでやってきたようなもので、わたしには誰かに教えられるような技量は持ち合わせていない。正直、後輩たちへ指導なんて荷が重すぎるのだが、断り切れない性格故に二つ返事をしてしまったのだ。


 「弥子がいいならいいけど。でもアタシと違って就職でしょ。無理しないでよね」

 「ありがとよっちゃん。大丈夫、だよ」

 「……ん?なにどうかした?」


 弓道部のことはいいのだ。それよりも気になって仕方がないことが今はある。

 東京の大学へ進学してしまう友人の提案で、高校時代の制服で遊びに来ているのだ。数日前まで着ていたとはいえ、こうして紺色のセーラー服を身に付けている自分が、少し恥ずかしかった。


 「ヤダ弥子、まだ恥ずかしいの?」

 「……よっちゃんは恥ずかしくないの」


 だってこの間まで着てたし~なんて言いながら、よっちゃんは早足で歩いてってしまう。土曜日の中華街は人でごった返していて、直ぐに友人を見失ってしまった。

 

 観光客の話し声で賑わう中、逸れた友人を探して人波を逆行して行く。すみません、そう言って何度人にぶつかってしまっただろう。兎にも角にも、早くよっちゃんと合流しないと。そんなふうに考えていたせいか、携帯電話の存在をわたしはすっかり忘れてしまっていた。


 大通りでは人が多すぎて探しにくいので、一先ず脇道へ。人も疎らな道を進んでいくと、ふと目をやった先に祠のようなものがそこにあるのが見えた。

 あまりにも異質なそれには、ヒビの入った鏡が飾られていて。曇っている上に割れているので、それを鏡と呼んでいいのか分からないが。それを見ていると妙に胸がザワつくので、気になり祠へ近付いてみる。


 「…………え、」


 屈んで鏡を見ると、曇ったそれには自分の姿ともう一つ。ゆらりと動く気配を感じて、短い髪の毛を揺らし後ろを振り返った。


 「気の、せい……?」


 確かに誰かいた気がしたのだが、振り向いたそこには誰もいなかった。

 というより、先程まで疎らだが人の往来があったはずが、そこには人っ子一人いない。


 「な、なんなの」


 ぞわりと鳥肌が立ち、胃からせり上がってくるような気持ち悪さに思わず口元を抑えた。左足を擦って少しだけ後ろに下がろうとした時。祠にある鏡が音を立てた。視線だけを動かし、後ろを見やる。

 先程まで曇っていた鏡は、磨かれたように美しくなっていてわたしを写し出している。よく見てみると、ひび割れていた部分も直っているようだ。

 ――逃げたい。逃げなきゃ。

 得体の知れない何かに恐怖を感じた弥子は、目を閉じたまま右足にグッと力を入れその場から走りさ去ろうとする。いや、したのだ。


 「……迎えに来ましたよ」


 腕を掴まれると同時に澄んだ低い声で呼ばれる。伸ばされた手は、気味の悪い鏡から伸びていた。


 「は……はな、して」


 細く白い腕はわたしの言葉を聞いても離さない。そればかりかどんどん鏡の中へ引き摺り込んでいく。恐る恐る瞼を開けると、鏡に映し出されていたのは映るはずの自分の姿ではなく、腕を掴む白い手の持ち主だった。外掛を頭から被っており、尚且つ鏡面の反射で表情や性別だけでなくどんな容姿をしているのかさえ分からない。それがより弥子の恐怖を煽っていく。


 「さぁ、みこ……」


 自身を飲み込もうとする鏡の中の主がわたしを呼ぶ。名前を呼ばれてしまったせいで、踏ん張っていた足の力が脱力したのを見計らい正体のわからない何者かは、腕により力を込めた。


 「なまえ、どうして……?」

 「全てを知りたければ来い。運命を辿っていれば分かるだろう。そう遠くない内に」


 ――引き込まれる瞬間、耳鳴りと共に微かだが鈴の音が聞こえた。

 

 


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