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コマンド・ザ・プレジデント 1

『ザクロって、自分のお父様のこと覚えてる?』

『薄ぼんやりだな……。何せ9つの頃に死んじまってるし。それがどうした?』

『気を悪くしたならごめんなさい。私の父が毒親だって前に言ったじゃない? それと、少し古い言い回しでいう〝大きな父の背中〟っていうのが結びつかないのよ』

『は、そりゃあ無理もねぇな』

『でしょう? だから、どんな感覚なのか気になっちゃって』

『おう、そうか。ま、オレぁ力にゃなれねぇが、参考になりそうな人は知ってんぞ』

『あら、ありがたいわね。どなた?』

『そりゃあおめえ、『NP-47』の住人で知らねぇやつは1人もいねぇあの人だよ』





「もー、パパったら古いんだもの、甘い顔と態度して何か物をプレゼントしておけば、子どもの機嫌が取れると思ったら大間違いよ!」


 ある日の昼過ぎ、いつもの駐艦場に停泊中のソウルジャズ号リビングに、甲高い女の子がブチブチと愚痴っている声が響いていた。


「それに! なんであんなに筋肉モリモリなくせに、あの見かけ倒しな感じなわけ? 友達のリリーちゃんパパみたいに、ちょっとパリッとした顔してても良いと思わない? ねえ、クロー姉?」

「いや、オレに艦長の態度の事言われても困るんだけどよ……」


 ザクロに八つ当たりして困らせている少女はヨハンナ・カズサ13歳。『NP-47』の艦長兼コロニー政府大統領、デューイことドウェイン・カズサの一人娘だ。


 国会の開催中につき、激務に追われて多忙なデューイが、なんとか休みを作って溺愛する娘へ家族サービスを、と張り切った結果、


「こんな子どもっぽいの欲しいなんて言ってないじゃん! パパのバカーッ!」

「ああっ、ヨハンナっ」


 逆鱗げきりんに触れられた反抗期の彼女は、勢い任せに家出してしまった。


「おい、ヨハンナじゃねぇか。んなとこで何やってんだ?」

「あっ、クロ姉。――ねえねえ、今晩(おうち)に泊めてもらって良い?」

「オレぁ構わねえが……。今日オヤジさん休みだろ?」

「パパなんか知らないもんっ!」

「おや、反抗期かい?」

「はわ……」


 そして『中央』区画の公園にて、偶然ピクニック帰りのバンジを除いたソウルジャズ号クルー3人に遭遇し、半ば強引に旧知のザクロの元へとやって来ていたのだった。


「ええっと、ヨハンナさん、何か飲まれますか?」

「あ、コーヒーお願いします。ブラックで」

「はいっ」


 ヨハンナの割と刺々《とげとげ》しい物言いに、及び腰でヨルが訊ねると、彼女はスイッチを切り替えるように丁寧な調子で答えた。


「うん、やっぱり育ちが良い子なんだねぇ。立ち振る舞いに気品があるよ」


 ヨルがキッチンスペースでライク品3Dプリンターを操作していると、下の自室からやって来たミヤコが、行儀良く座っているヨハンナを見やりつつ言う。


「パパのことはもう良いんだけど、……クロ姉、本当に泊まっちゃって良かったの?」

「構わねえよ。どうせ仕事が無くて暇してたとこだ」

「なら良かった。あ、そうそう。寝るときはソファー使うから」

「んな遠慮いらねえよ。つっても、オレのはヤニ臭えか……」

「ヨハンナさんが嫌じゃなければ、私のを一緒に使いますか?」


 無駄に気を遣うヨハンナに対して、困った様子で顎に手を当てて考えるザクロに、コーヒーを2杯分もってきたヨルはそう提案する。


「え、でも……」

「大丈夫ですっ。私、寝相はかなり良い方なので」

「マジで1ミリも動かねえから心配になるレベルだぜ」

「はい。……あれ、なんでご存じなんですか?」

「この前お前が風邪引いたときだ。全然変わんねぇから一瞬死んでるかと思ったぞ」

「そうでござったか。拙者はうっかり夜ば――ぐえっ」


 いつもの様にいつの間にか帰ってきた、いつもの服装でターバンを頭に巻いたバンジが、ヨハンナにはまだ早い事を言おうとしたので、すぐ前にいたザクロからアッパーを食らった。


「いきなり何するでござるかー」

「ヨハンナの年考えて言え」

「いや、夜這いの意味ぐらいは知ってるから。で、メア姉なんでそんな変な格好してるの?」

「改めて変って言われるとグサッとくるでござるなぁ……」

「こらこら、人の趣味を変って言ってやるんじゃねぇ」

「クロー殿……!」

「変人は普通だと思ってっからな」

「なるほど」

「いや全然フォローになってないではござらんかーッ」

「うるせえ」


 真剣な表情で言っていたザクロに、途中から悪い笑みを浮かべてそう言われ、わざとらしく足を突き上げてずっこけながらバンジは叫ぶ。


「あの、ミヤさん」

「なんだい?」


 賑やかにしている3人から離れ、ヨルは飲み物を手に艦橋へ行こうとしている、灰色の作業着姿のミヤコへ、


「――夜這よばいって、具体的にどういうものなんですか?」


 いまいちピンと来ていない様子の下がり眉で訊ねる。


「ああ、それはね――」

「……!」


 ミヤコが小さな声でドストレートに言い、ヨルは瞬時に顔を赤らめてしまった。


「申し訳ない。ちょっと加減が必要だったね」

「い、いえ……。私も迂闊うかつでした……」


 顔を隠しているヨルへ、ミヤコは口元を塞ぐように手を当て、小さく頭を下げてから艦橋への階段を昇っていった。


「おん? どうしたヨル。熱か?」


 気持ちを落ち着ける様に深呼吸しているヨルに気付いたザクロは、素早く近寄って心配そうにその額に手を触れた。


「な、なんでもありませんっ」


 健康ですーっ、と言いながら、ヨルは更に顔を赤くして、ミヤコを追いかけるように艦橋へ駆け上った。


「どへーっ」


 が、最後の一段に引っかかって、変な声を出しながらヘッドスライディングしてしまった。


大丈夫でえじよぶか? 気ぃつけろよー」

「はいぃ……」


 声も立ち上がる動きもヘナヘナした様子でそう返したヨルは、甲板で大型の可変式ドローンを調整しているミヤコの方へ向かった。


「クロ姉、あの人達どうしたの?」

「まあいろいろあってな。なかなか当てになる連中だぜ」

「レイさんが亡くなってから、やっぱり寂しかったんだね」

「……。さぁてねェ……」


 何人もから同じ事を言われているザクロは、思わず顔をしかめたが、否定の言葉は出さずにニコチンリキッドパイプを一吸いした。


「でも、あの2人って色々レイさんと――」

「そーの話はこのくらいにしてー、ヨハンナ殿、テスト勉強は捗っているでござるか?」

「ううん。ちょっと範囲が難しくてあんまり……」


 ザクロのデリケートな部分に話が行き、それをバンジは半ば強引に方向転換させた。


「うむ、ならば拙者が見てしんぜよう」

「ありがとメア姉。物理なんだけれど、分かる?」

「ぬう。物理ならもっと適した御仁がいるはずでござるよ」

「ならオレがミヤ呼んでこようか? アイツなら大得意だろ」

「お願いするでござる、そろそろ紙巻きを吸いたいでござろうし」

「おうよ」


 ザクロにだけ見える様に、自身の背中に回している右手でピースサインするバンジへ、ザクロは、スマン、と手刀で示してそそくさと上がっていった。


「おいミヤ、ヨハンナが物理分かんねぇから訊きてえってさ」

「ボクあんまり教えるの得意じゃないんだけれど、いいのかい?」

「おう。メアじゃ物理は教えられねぇんだ。アイツ、それだけクッソ苦手だから」

「了解だ。まあ、やるだけはやってみるよ」


 小型ジェットエンジンをいじっていた甲板上のミヤコは、いつもの様に苦笑いしながら自信なさそうに言いつつも快諾し、ザクロと入れ替わりで降りていった。

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