ゼイ・アー・プラネターズ 7
その翌朝。朝食を摂ったザクロが完全に目を覚ました頃。
「と、いうわけで20機ほど運用して決定的な証拠を掴んだよ」
「よくやったのは良いけどよ、なんで数が倍以上になってんだよ」
「うん。割と頑張ったからね」
「というか20機も同時に管理したんでござるか……?」
「うん。ちょっと頑張ったからね」
「いやあの、後の方が難しいですよね……?」
「まあ、これだけ作れたのはベースが同じだからで、実は手抜きみたいなものだけれど」
3人を軽く引かせる仕事をしたミヤコは、彼女らのもはや怖いまで行きそうな顔に、大変満足そうな笑みを浮かべていた。
「それで肝心の犯人が彼女さ」
ミヤコが思考操作でリビングのモニターにその映像を流すと、そこにはザクロが目を付けていたスタッフが、辺りを警戒しながらプリンターを操作する様子が映っていた。
「やっぱりコイツか」
ザクロは口をへの字に曲げ、不快感を露わにしする。
「でもなんで、同じチームなのにこんな酷いことが……」
「大方、どこぞのチームに――いや、脅されてるかもしんねぇな」
灰色のゆったりした部屋着の胸元を握りしめる、哀しげなヨルを見たザクロは、眉間の力を少し緩めてまだ救いがある動機の予想を言った。
「じゃ、証拠も掴んだことだし捕り物といくぜ」
ザクロはそう言って立ち上がると、ソファーの背もたれにかけてある、モスグリーンのジャケットを黒い船内外服の上に羽織った。
「ヨルはそれとなくフライフィッシュⅡを出す準備。ミヤコは上でドローンをいつでも出せるように。メアはオレについてこい」
「はいっ」
「うん」
「了解でござる」
格納庫扉、艦橋、自分の順に指さしながら指示をしたザクロは、バンジを引き連れてミーティング中のチーム・プラネターの元へと向かう。
「――なんで言う事聞いてくれないのッ!」
すると、乗降用足場の階段を降りきったところで、アイナの甲高い怒鳴り声が駐艦場内に響き渡る。
「なんだなんだ?」
「なにやら揉めているご様子」
ザクロは目を丸くしながら覗き込むようにして、バンジと共に肩を上下させているアイナを見る。
声を聞いたクルー全員が、犯人も含めて固唾を飲んで彼女の方を見ている中、
「なんで? だって意味が無いから。君とじゃなきゃ。宙を飛ぶのは」
マリはアイナが激昂している理由にまったくピンと来ていない様子で、困ったように笑ってそう言った。
「意味が無い、って、私を乗せると記録が出せないじゃん! そっちの方が意味無いよ!」
「あるのかな。記録にそこまで意味って。逆に」
「当然でしょ! 記録を出してお金を貰うために私たち飛んでるのにっ」
「じゃあ私も止めるよ。飛ぶの。君を後ろに乗せられないなら」
「ちょっと、私なんかのためにやめないでよ……っ」
「君はなんかじゃない。飛ぶ意味そのものだから。私にとって君は」
「じゃあ私はどうしたらいいの! このままじゃスポンサーが降りるって言ってるんだよっ。飛んでも……、飛ばなくても解散なんて……」
張り上げていた声がどんどん震えはじめ、ついには涙混じりになったアイナは、床にがっくりと膝をついて嗚咽を漏らす。
「あは。無職になっちゃうね私。困っちゃうな」
「笑ってる場合じゃ、ないでしょ……」
「だね。準備とかしなきゃ。面接の」
「め、面接って……」
「え。コネがあれば要らないのかな。ベラスの社長に君がなるし」
「まあ、お父様になんとかして貰う、けど……」
「やった。出来るかな。運転手なら」
リクライニングチェアから中腰で立ち上がったマリは、目の前で震えているアイナを抱き寄せて脳天気に笑い、そのすっとぼけた物言いにつられて彼女もつい吹き出した。
「――んな心配要らねえよ。お前さん達はまだまだ自由に飛べるぜ」
「えっ」
「?」
はい注目、と手を叩きながら近づいていくザクロは、アイナとマリへ笑いかけ、
「そこのリーダーさんの体調不良はな、コイツの仕業だ。ミヤ頼む!」
「はいよ」
船内から飲み物を運んで来た件のクルーへ、突き刺さる様な鋭い目つきを突き刺しつつ、甲板から見ていたミヤコへ指示を出す。
チーム・プラネターのモニターをクラッキングして、彼女は犯行の証拠映像をそこへ映した。
「!」
それを見た途端、犯人は台車をアイナとマリの方へ蹴り飛ばし、ガレージ側の出入口に駆けていく。
「とうっ」
だが、バンジが突っこんでくる台車に駆け寄り、左側から跳び蹴りをかまして横転させた。
「まてゴラァ!」
その後ろをザクロが怒号をあげながら駆け抜け、ビーム拳銃を抜きつつ船内に逃げ込んでいく犯人を追いかける。
「!」
ガレージ内にある、本番で使うクサカベ・ST-04A宇宙高等練習機へ駆け寄るが、整備員が乗り込んでキャノピーを閉めていたため使用できなかった。
「残念だったな。大人しくお縄になんなら痛い目には遭わねえぞ」
予備の機体も即発進できる状態ではなく、ザクロに追いつかれた犯人は、なんとか逃げ道を探そうと辺りを見回し、
「両手挙げてこっち――うおっ」
手近にあった潤滑油の缶をザクロにぶん投げ、彼女がそれを避ける隙に駐艦場の入り口へと走った。
ふと振り返ると、クルー達の大半が自分めがけて駆け寄って来るところだった。
「わぁーッ! へぶッ!
破れかぶれに叫びながらスイングドアへ突っこんだが、ドアは動かず顔面を強打して犯人は転倒した。
「こんなこともあろうかと電源を切っておいたんだ」
「ナイスだミヤ」
犯人の手首に拘束ベルトを巻く前に、ザクロは後から追いかけてきたバンジに担架を持ってくる様に指示を出した。
ややあって。
通報を受けた警備局員がやってきて、担架に固定された犯人を警備局病院へと連行していき、関係者に事情聴取がされた後。
「よう。これで安心して自由に飛べるぜ」
信じられない、という様子でうなだれているアイナと、そのすぐ隣でボンヤリとチェアで寝転がっているマリへ、昨日貰った茶葉で煎れた紅茶を手にザクロが声をかけた。
プラネター号の周りにはロープが張られ、警備局の鑑識が忙しく仕事をしている
「どうも……。申し訳ありません、我々のことでご迷惑を……」
「構わねえよ。迷惑代は最初から貰ってっからな」
「あ、丁度乾いてた。喉」
アイナは顔を上げたと思えば、すぐにザクロへ頭を下げたが、マリは紙コップに入ったそれを無邪気に受け取って啜り始めた。
「マリっ!」
「え。冷めちゃうから。だって」
「もう……」
マリの手を優しく掴んでアイナがそれを咎めるが、彼女は不思議そうに手元のコップを見やってから首を傾げる。
これでもマリはきっと申し訳ないと思っているので、と、重ね重ね謝罪するアイナへ、それは分かってからもう謝んな、とザクロは言ってから座るように促した。
「さっき社長がどうこう言ってたが、この件となんか関係あんだろ?」
「はい。ご存じのことかと思いますが、私はベラス社の社長の娘でして、後を継げって言われているのに逆らって、スペース・レースをやっているんです」
「の割にスポンサーやってんのはカモフラージュか」
「だと思います」
「んで、今節で結果を出せなかったら諦めて継げって言われてた訳だ」
「はい。……ジュニアクラスから言われていたのですが、ご存じの通りマリはやりたい放題やったので、それで妨害のために――でしょうね。犯人だった子も社員ですし」
「はー。どうもご令嬢ってのは、どこも大変みてぇだな」
ザクロがソウルジャズ号艦橋の方を見やると、丁度窓際でミヤコとなにやら楽しげに話しているヨルの姿があった。
「どこも?」
「こっちの話さァ」
「はあ……。――今回はマツダイラさんのおかげでなんとかなりましたが、いろいろ妨害してくるとなると……」
尻すぼみに言ったアイナは、不安げにマリの方を見て、テーブルに肘をついてぼやっとしているその手にそっと触れる。
「あー。なんとかなるんじゃないの。多分」
「どこからその自信出てくるの……」
「気をつければいいじゃん。みんなで」
「裏切られたばっかりだってのに、それはお花畑が過ぎんだろ」
「見てたから。みんなが私たちのために動いてたの。何とかなるとおもうよ。だから」
その整った精悍な顔を無邪気にほころばせて、行き当たりばったりも良い所な事を言うマリに、
「逃げちゃえば良いんだよ。どうにもならなくなったら」
「逃げるってどこへ……?」
「果てとか。宇宙の。まあ、君とならどこへでも。野垂れ死にするとしてもね」
「野垂れ死にってお腹が空くんだけどいいの?」
「あー……。困るね。アイナが辛いのは」
「もー。自分の心配してよー」
アイナも少女の様にクスクスと笑いながらそう言った。
「――なーに、んな心配は要らねぇよ」
「へ?」
「オレたちゃ宇宙の〝お掃除〟でメシ食っててな。お前さん達の飛ぶ空の〝デブリ〟位なら朝飯前なわけよ」
腕組みをして眩しそうに少し目を細めていたザクロは、おもむろに立ち上がって2人に背を向けてソウルジャズ号へと歩いていく。
「露払いはオレ達に任せて、お前らは好き放題暴れてこい」
5歩ほど歩いたところで立ち止まり、流し目に好戦的な色を滲ませてザクロはそう言った。
その日のコロニー標準時正午。
「――ってなわけでよしなに頼むぜ。社長サン」
火星共和国連邦第1市のベラス本社ビル社長室から、4人の『ロウニン』が立ち去ったのと同時に、
「大丈夫。きっと」
「うん。――行こう!」
この時点では誰も注目していない、チーム・プラネターのアタックが始まった。
「2分02秒45ーッ! なんというアタックだーッ! 復活ッ! チーム・プラネターッ! 不死鳥の様に蘇りッ! 再び我々の前に伝説を打ち立てて見せましたーッ!」
しかし、ゴールへ到達する頃には、超々強化ガラス張りの観客席大型船内は大歓声に包まれていた。
「まさか第7配置・2分10秒の壁をこう易々《やすやす》と……。なんて凄いんだ……!」
なぜなら、2人はジュニアクラス時代の様に、レコードを大幅に更新しての1位に輝いたからだった。
そして――。
チーム・プラネターは、残りの33戦を全てレコード勝ちする事になり、残り8戦を残してぶっちぎりの1位で優勝トロフィーを掲げたのだった。




