ゼイ・アー・プラネターズ 6
ややあって。
再び甲板の柵の際にある段差に座って、ザクロは夕食のホットドッグを食べながら、チーム・プラネターズの様子を覗っていた。
「やあ。人間観察かい?」
「気まぐれだ。気まぐれ」
手にクッキーバーと、わざわざ印刷したパックの牛乳を手にしたミヤコが、頭を低くしてザクロの隣にやって来てこそっと話すと、自身は双眼鏡でその様子を覗う。
「ミヤ。選手とかの食いもんは、スポンサーの意向とか入るもんなのか?」
「うん。チーム・プラネターはプリンタもそのソースもベラス社が提供しているね。パイロットスーツの胸スポンサーだ」
「あれ〝ベラス〟って読むのか。てぇと、代表さんは身内か?」
「アイナさんはベラス社長のご令嬢ですねっ」
「うわあ、ビックリした」
「サンキューだけどヨル、お前まで来る事ぁ無ぇんだぞ」
「仲間外れにされるのって哀しいんですよ……っ」
「わーったわーった。勘弁な」
ぷくーっ、と頬を膨らませて拗ねるヨルにしゃがんだままにじり寄られたザクロは、その肩に片手を乗せてやんわりと引き離した。
「それで、何を見ていらっしゃるんですか?」
「ああ――」
ザクロは先程見かけた、不審な行動をとるスタッフの話をし、怪しい行動をしてないかを見ている事を説明した。
「明らかに不審ですねっ」
「転がり込んで来たときのヨルには負けるけどな」
「あう……」
「ああ、全然忍び込めてなかったっていう」
「お、思い出させないでくださいよっ。私、完璧に忍べてたと思ってたんですから……」
ザクロの一言で、ヨルは顔を猛烈な早さで赤くして両手で顔を隠した。
「申し訳ないね」
「悪い悪い。ま、お前みてぇな正直者には必要ねぇってこった」
「はい……」
ぽんぽん、とヨルの頭を触ったザクロは、口元に笑みを浮かべつつ監視に戻る。
すると、プラネター号のガレージ部分から、やや大きめの台車を押して食糧班のスタッフが出てきた。
それは3段式になっていて、上・中段に夕食のプレートがミッチリと並べられ、下段は残飯入れとプレート回収用のカゴが置かれていた。
「うーん、どうもベラス社製は性能があまりよろしくないようだね」
「なんでしょう、大昔のゲームをみているような……」
しかしプリンターの性能がよろしくなく、一応それとわかる程度のややローポリゴンなものが出力されていた。
「おん? あれ逆向きだな」
そんな視覚情報では美味しくなさそうな、ローポリハンバーグを渋い顔で見ていたザクロは、手前側右にあるプレートだけがポツンと逆向きになっていたのを発見した。
台車を押す先程見かけた不審なスタッフが、目を泳がせつつそれをアイナの前に置いた。
「なんか怪しいねえ、あれ。ちょっと成分分析してみよう」
「みようってお前、変な空気になるだろが」
「心配はいらないよ。この光学迷彩登載超々小型解析ドローンがあればね」
スケボーでもやっているような、パーカースタイルのミヤコが、その腹ポケットから指輪ほどの箱を出して説明しながら開ける。
「静音モーターで音も無く接近して、針を刺してサンプリングするんだ」
中にはホロモニターで機体を隠せる、小指の先ほどの大きさに作られた、6本の細い足が付いた球形のドローンが入っていた。
「……。小バエみてぇだな」
「うん。ボクも作ってるときにそう思ったんだけど、これが最適解でね」
「何でござるかそのビックリドッキリメカ……」
「ピ――」
「うおっ」
「やあメア氏」
「おいミヤ、来たの見えてたんなら何か言えよ」
気配も無くこっそり戻ってきていたバンジが、自身に背を向けていたザクロとヨルを驚かした。
「……」
「ほら、ヨルが気絶しちまったじゃねぇか」
ザクロは目を閉じた程度だったが、ヨルは座ったまま気を失っていた。
「――はっ。あ、メアさんお帰りなさい」
「コイツはお帰りじゃなくていらっしゃいだろ」
「ええー、拙者仲間外れでござるかー?」
ザクロが声をかけたり揺さぶったりしてヨルを起こしている間に、ミヤコはミーティングに集中している隙を衝いてドローンにサンプリングさせた。
「うん、これ神経系の毒物が微量に入ってるね。三半規管に効くやつ」
戻ってきたものを箱に戻し、検査機になっているそれを自身の通信端末に繋ぎ、ゴーグル型モニターで分析結果を見て、ミヤコは険しい表情を見せつつそう言った。
「あんだって?」
「つまり、メンバーの誰かがこれを混入させていて、そのせいでザイラー氏が気遣ってあのパフォーマンスになっている、というわけでござるか」
「でもそれならドーピング検査とかに引っかかるんじゃ……」
「これは体内で分解される毒物なんだ」
「元は暗殺用でござるからな」
「えっ」
「暗殺が目的ならこんなちんたらやらねぇよ」
「ああ、そうですよね……」
暗殺、と聞いて青い顔をするヨルは、すかさずザクロが入れたフォローに安堵のため息をついた。
「よし、さらに証拠を押えようじゃないか」
「押えるたってなぁ」
「ドローンをいくつか用意すれば簡単さ。多分ね」
「じゃあお前に任せる」
「うん。頑張ってはみるよ」
ゴーグルを額に上げたミヤコは、相変わらずあまり自信がなさそうに小さく笑う。
その数時間後。ヨルやプラネター号のクルー達が寝静まった深夜。
「よう。まだやってたのか」
煙草を吸いながらプラネター号を監視していたザクロは、ひとまず切り上げて第3階層のミヤコの私室へとやって来て、空いている扉をノックして顔を覗かせる。
「うん。でももうほとんど出来たから、後はテストするだけさ」
アームライトで照らされる工作台の上には、飛行タイプはもちろん、蜘蛛型やゴキブリ型などの各種ドローンが8個ほど並んでいた。
「相変わらずバケモンじみた仕事の早さだな……」
「お、また引いてくれたね。ふふふ」
「お前もばーちゃんもドMかよ……」
正直なところ否定は出来ないね、と、ミヤコは冗談めかして口元を押えつつクスクスと笑った。
「――それにしても、クローはあの2人が相当気になるようだね」
「宙は楽しく飛ばなきゃなんねぇのに、苦しそうにしてたらほっとけなくてな」
ひとしきり笑った後、優しい笑みを浮かべつつ聞いてきたミヤコへ、ザクロは少し遠い目をして口を真一文字に結んだ。
「じゃあ、寝不足にならねぇぐらいで寝ろよ。ベッドでな」
「うん。まあ床でも寝る分には気にならないけれど」
「オレが気になンだよ」
マジでちゃんとベッドで寝ろよ、と念押ししてザクロは自室へと向かった。
在りし日のソウルジャズ号艦橋にて、
『全くもう! とんでもない賞金首達だったわね!』
一仕事終え、賞金首を2人管理局に引き渡した帰り道、その男女2人の悪辣さに怒りが収まらず、レイは煙草2本をまとめて吸いながらザクロへ愚痴る。
その賞金首2人組は、2人で貿易会社を立ち上げたばかりの夫婦から、過去に取引先の商店への問題行動を窘められた男女カップルで、それを逆恨みして夫婦の名を騙って強盗行為を働いていた。
サクロ達はそれで指名手配された夫婦を捕まえはしたが、2人は断固としてそんな事はやっていないと主張し、無抵抗のままで留置スペースに入れられていた。
だが、本来の賞金首の2人が、よりにもよってソウルジャズ号へ襲撃をかけ、ザクロ達にあっさり返り討ちにされたことで、その事が判明していた。
『なんでんなキレてんだよ』
『逆恨みなんてしょうも無い理由もだし、何より宙を飛ぶ楽しさを奪っていたんだもの』
『ふーん。同じとこしか飛ばねぇでも楽しめるもんかね』
『だからこそよ。だから楽しく飛ばないといけないのよ。ザクロだって、気乗りしない仕事で飛ぶなら、楽しい方が良いでしょう?』
『まあな』
『あ、ちなみに、私はあなたと一緒に太陽系を駆け巡るのは、いつだって楽しいわよ』




