ロング・ランニング・エランズ 1
「……」
午前10時を少し過ぎたころ、ソウルジャズ号居住スペース最後尾にあるベッドルームから、ザクロがしかめっ面でのっそり起きて来た。
「おはようございますっ。クローさんっ」
猫背になっている彼女へ、ヨルはやたらと嬉しそうな笑顔と共に挨拶を繰り出した。
「おう……」
大あくびをしながら、そんな彼女へザクロは眩しそうな顔をしつつ答えた。
「クローさん、朝食の事なんですが」
「……別に、勝手に食うから気にすんな……」
そのまま熊のように歩き、右側のキッチンスペース下にある冷蔵庫を開けた。
「ここにホットドッグのライク品作る――、ってもう作ったのか」
中には、ライク食品プリンター用の『ソース』が入った茶色い紙パックが入っているが、その上にライク品ではない物で作られたサンドウィッチが2セット乗っていた。
卵とハムレタスとツナが三角形に切られ、ラップがかけられた状態でアルミの皿の上に並んでいた
「新鮮なお野菜などを頂いたのでっ」
「おう……、そうか……」
商品レベルの出来映えそれと、ドアポケットに刺さっているコーヒーのボトルを手に取り、艦橋へ上がる梯子の左前に置いてある、1人用のソファーにザクロはどっかりと座った。
「わざわざ用意しなくても良いんだぜ? お前さんはハウスキーパーでもなんでもねえんだから」
もそもそと卵サンドを食べながら、はす向かいにある長ソファーの左側にちょこんと座るヨルへそう言った。
「ご迷惑、ですか?」
「いや、迷惑ってこたねえが……」
何と言ったら良いものか、とまだ働きらない頭で悩む中、適当につけて垂れ流しているテレビでは、MC2人が軽快なやりとりで賞金首を紹介していた。
「お、地球産のレタスかこれ?」
ひとまず朝はヨルが作り、昼と夜が当番制という事になったところで、ハムレタスに手を付けたザクロは、咀嚼し始めた瞬間に目が開いてヨルに訊ねる。
「えっ、お分かりになるんですか? その通りです」
「おう。コロニー産はこんなに味が濃くないからな」
「濃い……?」
自分の物も食べてみたヨルは全く違いが分からず、感心しきりの様子でいる中、ザクロはほんの少しだけ懐かしむ様な微かな笑みを見せた。
「しっかしまあ、奇特なヤツもいるもんだな。こんな高級品寄越すなんてよ」
「そうなんですか。きっとクローさんが皆さんに慕われているのでしょうねー」
「なわけ……、あるか?」
ヨルが自分の事の様に、ほわほわとにこやかに喜んでいる様子を見て、ザクロは決まり悪そうに少し顔をしかめて言いよどんだ。
「なんでお前が喜んでんだよ」
「私が嬉しいからですっ」
「……。いやまあ、お前が良いなら良いけどよ……」
その理由についてはピンと来ていない顔をしているが、同時にまんざらではない様子を見せていた。
「ちなみにおいくら程するんですか?」
「1玉でフライフィッシュⅡ(あのふね)使って火星とここを往復する位の燃料代ぐらいだな」
ザクロは親指でソウルジャズ号前方の格納庫を指さした。
「そんなに」
「まあな。どこもかしこも砂漠だろ?」
「ですね……」
私そんなの食べてたんだ、と目を丸くしてつぶやいたヨルは、自分の卵サンドをもひもひと食べ始めた。
「今日はまあ良いけどよ、今度からオレに言ってから貰ってくれよ。良くねえことがあったりもするからな」
「はっ。そうですよねあいぼ……、その、同居人ですからねっ」
勢いで言いかけた言葉を飲み込んで、ヨルはわたわたと当たり障りの無い言い方をした。
「じゃ、そういうことで」
「はい。――ところで、原料ソースがホットドッグ用しか無かったのですが、クローさん本当お好きなんですね」
「……いや、それは単にオレが適当なだけだ」
純粋に好物だと思い込んでいた様子のヨルを見て、ザクロは若干申し訳なさげに口元を右手で隠した。
朝食後。
掲示板にはこれといった仕事も無く、ザクロはコックピット後ろにあるデッキの右前部の縁に座って、ボンヤリと煙草を吹かしていた。
その足元にはラジオが置いてあって、『NP-47』のプロ野球チーム『47スターズ』と、隣のコロニーの『46グリーンズ』の試合中継がつい数分前まで流れていた。
ちなみに、スターズの先発が初回表にグランドスラムを2本被弾するなど、1つもアウトを取れずに18点の大量ビハインドを喫したため、ザクロの機嫌は少々よろしくない。
「よいしょ。なんか良いですね、こういうスペースって」
艦橋後部の出入口からヨルがやって来て、実に楽しげな様子でザクロの隣に座ろうとした。
「そうだな」
それを見てすかさず立ち上がると、ザクロは傍らの灰皿を手に左後部の端へと移動した。
「……」
ヨルはニコニコしたままザクロを追いかけ、
「……」
ザクロは逆サイドの方に早足で逃げた。
「あのなあ。メット被ってねえのに、煙草吸ってるときに近づくなよ」
「大丈夫です! 臭いならもう慣れましたからっ」
「そういうことじゃねえ。副流煙って身体に悪いんだぞ」
諦めずにヨルが付いてくるので、今度ははす向かいの方に逃げたザクロだが、また付いてくるので結局元の場所に戻った。
「むー……」
同じ要領で5周程したところで、やっとすぐ隣に行く事を諦めたヨルは、やや不満そうな顔で最初の位置に座るザクロの向かい側に座った。
「なんでわざわざくっ付いてこようとすんだよ。何の意味があんだ」
「特に何か、という事は無いですね」
「いや、無えのかよ」
やっと落ち着いたザクロは、くわえている煙草に電子ライターで火を付けつつ、なんだそりゃ、といった様子でそう言って紫煙をくゆらせる。
「はい。何となくです」
「何となく、って猫じゃあるめぇし……」
「に、にゃー?」
ヨルは特に深く考えずに猫の鳴き真似とポーズをし、ザクロはちょうど大きく吸っていた煙を口と鼻から派手に噴いた。
「……」
「……」
その格好で固まって急速に顔を赤く染めていくヨルと、柄にも無い事をいきなりぶっこんできた彼女へ、困惑の視線を向けているザクロはしばしお互い無言で向き合った。




