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ロウニン・ソウルジャズ  作者: 赤魂緋鯉
第10話 フォー・シャッフルズ
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ザ・クライ・ナイト・ブルース 2

 ソウルジャズ号に戻ると、ろくに片づけられていないリビングを通り、左奥にあるザクロの自室へ2人は入った。


 駐機場天井の疑似太陽照明の光が、窓のブラインドを通して細切れになって差し込む。


 足を広げてベッドサイド座っているザクロの膝の上に、メアは少し腰を浮かせたトンビ座りで太股を乗せ、サングラスを脇に置くとザクロの後頭部をそっと掴むと顔を上げる様に促す。


 その少し色素の薄く厚みのない唇に、メアは自身のやや厚みのあるそれで、軽く撫でる様に触れつつ、ザクロの黒い船内外服のファスナーをゆっくり下ろす。


「は……」


 メアは少し身体を震わせて息を漏らし、熱っぽい目を少し低い位置にあるザクロへ向けるが、


「――いやいい、止めた」


 ザクロが自身を求めていない事が分かる、虚ろで関心のなさげな瞳を見て真顔になり、彼女の膝の上から降りた。


「……なんでだよ」

「そんなアタシをみちゃいない目をしたヤツに、本意でもねえ事なんかできるか」

「んなことねぇ。やれよ……ッ」

「バーロー。何年付き合ってると思ってんだ、お前はアタシがそういう対象じゃねえんだろ」


 ゆっくりとかぶりを振って顔をしかめるメアの胸ぐらを引っ張り、ザクロは彼女を睨み付けて自身を組み敷かせるが、メアは両手を挙げつつそのまま後ろに下がって離れた。


「お前は今、どう感情をやったらいいか分からねえから、性欲に溺れるっつう楽な方に逃げようとしただけだ。お前はそういう事はしねえヤツだろが……ッ」

「なんで、テメエが泣いてんだよ……」

「お前の代わりだよ。泣きたくても泣けねえんだろ」


 半身を起こしたザクロをビシッと指さして、険しい顔をしていたメアは、その猫を思わせるつり目がちの双眸そうぼうから、つうっと涙を一筋ずつ流して小さく震える。


「そうか、哀しいのか、オレは……」

「そうだよ。んなことも分からねえ状態でいたんなら、このところテメエの周りに人がずっといるのも分かってねえだろ」

「お前ら、んなことしてたのか……」

「やっぱりな。そんな状態なら簡単にぶっ殺されちまうぞったく……」

「――それでも、良いかもしんねぇけどな」

「――ンっだとテメエッ!」


 へらり、と虚ろな目で笑ったザクロがそう言った瞬間、メアは利き手の左でその頬を思い切りひっぱたいた。


 思いも寄らなかった様子で目を丸くして、はたかれた頬を押えるザクロは正気を取り戻した目で、振り抜いたままの体勢で荒い息をして震える親友を見上げる。


「艦長とかアイーシャさんとかッ、アリエルとかアタシとかッ、『ロウニン』の連中がッ、どんだけお前を心配してるのかもわっかんねえかッ!」

「……」

「仮にテメエが死んだとして、あの世でレイ(あいつ)だって喜ばねえだろうがッ」

「それは……」

「……少なくとも、アタシはあの世でテメエをぶっ殺してやりてえと思うぜ」

「……。だよな……。アイツも、オレが死ぬのは嫌がってたもんな……」


 大きく息を吐き平静を取り戻したメアの、哀しげな泣き腫らした目をみて、先程の自身の発言を謝罪して撤回した。


「ありがとよメア。ガラにもねぇ事言って困らせちまってすまねぇ」

「いいんだよこんくらい。お前にしまくってる借りからすりゃあ些事さじだ些事」


 メアは喧嘩煙管ではなく、同じ葉を使った紙巻き煙草をくわえて着火し、殊勝な様子を見せているザクロへ燃焼している先を突き出す様に揺らす。


「そうか。……なあ、メア、ところでお前、マジでオレに性欲感じてんだよな」

「し、芝居で言わねえよそりゃ」

「だよな。じゃあ一応オレから言っとく。お前をそういう風には見らんねぇ」

「……。はっきりとアタシに失恋を突きつけやがったな」

「中途半端に置いとくのはダメだろ。大事なことなんだからよ。お前が今年2回目だっつってもな」

「なっ、お前いつ知ったんだよッ!?」

「様子見てりゃわかるっての。オレだってお前の〝親友〟なんだぜ?」


 かあっと頬を赤らめて慌てふためくメアに、ザクロはいつも通りの調子でクツクツと笑いながらそう言う。



                    *



 それから3年後。ソウルジャズ号が駐めてある駐機場にて。


「――一攫千金いっかくせんきんを狙いたい、食い詰め『ロウニン』のあなたもチャレンジしてみてはー?」

「金額なんてどうでもいい、自分の捜査の腕を試したいあなたにもオススメよぉ!」

「そんじゃあ、管理局に寄せられた目撃情報を紹介していくよぉ! まず――」


 毎度おなじみの無駄に冗長で脳天気な会話で、超重大事件の『ヒュウガ電力重工業圧縮恒星炉暴走事故』を引き起こした、ヒュウガ重工の幹部3人を紹介する『ザ・ショット』が進行していく。


 フライフィッシュⅡの座席にゆったりと座り、それを小型テレビで見ながら紫煙をくゆらせていたザクロは、


「?」


 視界の端にやや小柄の女性に見える人影を捉え、身体を起こしてこっそり覗く。


 女性の人影は、隠密活動に不慣れそうなぎこちない動きで、他の戦闘機などの下を潜ってフライフィッシュⅡの下へ潜り込んだ。


 何かに怯えるように、キョロキョロとしていた様子に、ザクロは懐かしそう少しだけ遠い目をして口元に笑みを浮かべる。


「へい嬢ちゃん。どうやって入ったか知らねぇが、ここにあるのはポンコツか尖りすぎた変態船ばっかりだ。真っ直ぐ飛ばねぇから止めときな」

「――ッ! いたっ!」


 少し外連味けれんみをくわえた物言いで人影にそう呼びかけると、お嬢ちゃん、と呼ばれた小柄な彼女は縮み上がって顔を上げ、機体の腹に後頭部をぶつけた。


「おいおい。壊してくれるなよ? 直したばっかりだってのに」


 短くなった煙草を機体の縁に置いた灰皿で潰してから、ひょいと降りてきて下をのぞき込み、おおお、とうずくまる闖入ちんにゅう者へ、ザクロは苦笑いを浮かべつつそう言った。

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