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ロウニン・ソウルジャズ  作者: 赤魂緋鯉
第10話 フォー・シャッフルズ
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ザ・クライ・ナイト・ブルース 1

 圧縮恒星線疾患によって多臓器不全を起こしたレイは、ほんの数時間前まで健康そのものであったにもかかわらず、なすすべなく死を迎えて火葬された。


「……」


 骨壺こつつぼ型カプセルが、地球の大気との摩擦で燃えている光を、船外装備のザクロはソウルジャズ号の甲板で呆然ぼうぜんと見送っていた。


 その普段の覇気が全く欠けた、妙に小さく見える背中をメアは艦橋の窓から横目で見ながら、窓際の段差に腰掛けて喧嘩煙管けんかぎせるで煙草を吸う。


 彼女の目の前にある副操縦席には、造花の花束とレイの小さな遺影が置かれていた。


 カプセルが燃え尽き、生前の望み通り地球に散骨されたことを確認すると、ザクロはワイヤーを巻取りながら2階層への出入口へ移動し、エアロックから艦橋に戻ってきた。


 メアは梯子を昇ってきたザクロに一声かけようと口を開くが、彼女の精気がまるっきり抜け落ちた目を見て何も言うことが出来なかった。


「……付き合わせて悪かったなメア」

「このくらい屁でもねえよ」

「……そうか。じゃあけえるぞ」

「おう」


 張りのない声でメアに呼びかけたザクロは、自分のではなくレイが愛煙していたライク品のタール量が軽いものに火を着けた。


 艦をスタンバイ状態から起動する作業をしつつ、何度か吸って吐いてを繰り返す。


「……不味まじぃ」


 メインエンジンを噴かして『NP-47』へと戻る航路に乗せると、顔を伏せるザクロは泣きそうな様子で顔をしかめてぼそっと一言そう漏らした。


 駐機場に帰った途端、ザクロはメアに艦から降ろしたっきり、その日は最後まで誰とも会わず電話すら拒否して艦橋に籠もっていた。


 その翌朝。


「ようザクロ――お前、髪どうしたんだよ」

「邪魔だったから、切った」

「せっかく伸ばしたのにか?」

「跳ねまくってて邪魔で仕方ねぇんだよ。お節介に手入れしてくれるヤツぁ居なくなったし、どうでも良いだろ」


 ザクロの愛煙する、タール量の重い煙草のカートン箱を手にメアが様子を見に訪れると、甲板にいた彼女は腰まで伸びた髪を乱暴に切った短髪になっていた。


「それは良いけどよ……。髪型が整ってねえし散髪屋行ってこい」

「誰に見せるわけでもねぇだろ。ほっとけ」

「あっそ。これ買ってきてやったから受け取れ」

「ありがとよ……」

「ザクロ、お前昨日の夜酒飲んだか? ちっと酒くせえぞ」

「なんか悪いか」

「いや、悪いとは言わねえが下戸だろお前」

「そんな気分だったんだよほっとけ」

「へいへい」

「用事はそんだけか」

「生きてっかどうか見に来たってのはもう済んだからな」

「そりゃ手間かけた」

「しばらく仕事、休むのか?」

「まあ2、3日はな」

「そうか。なんかあったら相談しろよな」

「おう」


 ザクロの口調はおおむねいつも通りではあったが、どんよりと曇ったような瞳は変わっていなかった。


「ありゃあ、かなり参ってやがんな……」


 複数の艦が戦闘機がゴチャゴチャと並ぶ、大部屋の駐機場から通路へと出たメアは、腕を組んで今し方出てきたドアを振り返りつつ、深々とため息を吐きながらそう言った。


「こりゃまたえらく増えたな」


 『西』区画にあるカフェテリアへメアが訪れると、『ロウニン』達やコロニーのクルーといった、ザクロと旧知の仲の人々が集まっていて、代表で送り出したメアへ一斉に視線を向ける。


「アイツ、どんな様子だった?」


 その中で、カウンター席に座っていたアリエルが、メアを隣に誘いながら偵察の首尾を訊ねる。


「まあ、とりあえず生きてはいたけどよ、隠そうとはしてたが、どうもこうも元気がまるっきりありゃしねえって感じだ」

「無理もないよ。クローは相当あの子に惚れ込んでいたからね。僕が見ても分かるぐらいには」


 開いた両手を肩の高さで上に向けて小さく腕を広げ、席に着いたメアがかぶりを振りつつそう答えると、カウンターの内側にいたデューイが沈痛の面持ちでそう言う。


「まさか艦長まで気にしてんのか」

「あのとき、僕がエゴで助けたんだから、その心身の健康にも気を遣う義務があるからね」

「艦長どころか首脳陣ほぼ勢揃いだよ」

「マジじゃねえか」


 アリエルが手で指した先の、カウンター席すぐ隣のボックス席に、反応して小さく手を振るアイーシャほかの各上長が座っていた。


「なんだ? アイツはアイドルかなんかか?」

「有名になってほしくないバンドのファンの心理だね」

「――そんなんじゃ、ねえよ」


 的を射た例えに対して、メアはかなり歯切れが悪そうに言う。


「とりあえず、アイツの気持ちの整理が付くまで、仕事するときは誰かとセットでやった方が良いんじゃねえかな」

「アイツはそういうの嫌がるからムズいぜ」

「だよな」

「管理局の受理窓口に誰かが常に張り付いて、さりげなく同じ仕事を受けるってのは?」

「それしかねえか」

「じゃ、早速ローテきめちゃいましょう」

「よし。ここに『ロウニン』は大体30人ぐらい――」


 ムサシが音頭を取って、早速ああでもないこうでもない、とザクロをアシストするために会議をする。


 スムーズに進んだそれにより、当面の間ザクロをそれとなく誰かが見守る仕組みが出来上がった。


「おうクロー。お前さん髪アンバランスだから散髪屋行きな。ほら割引券あっから」

「おうあんがとよクレーのばっちゃん」


 偶然街にある喫煙所で出会ったフリをして会話する者や、


「やあクロー。どうだい、たまには麻雀マージヤンとかでも。見ての通り1人足らなくてね」

「そういうことなら付き合うぜ艦長」


 遊びに誘って気を紛らわそうとする者、


「てっめムサシ! オレの獲物だぞコラ!」

「ああん? 早い者勝ちだろがよ!」


 ザクロと正面から賞金首を奪い合う者など、不自然にならない程度に『ロウニン』たちが彼女を1人にしないように振る舞う。


「お、ここに居たか」


 それでも誰の目からも逃れる時間が発生し、『ロウニン』達が探し回る中、メアは『南』区画端にある元副艦橋の喫煙所でザクロを発見した。


「なんの用だメア。つか、お前その格好で普通に喋っていいのか?」

「グラサンが違うから良いんだよ。ほら、あのバカみてえなゴーグル型じゃねえだろ? ティアドロップ型ってんだ」

「変なこだわりだなオイ」

「変とはなんだ変とは。ところで、お前なんで地球にケツ向けて座ってんだ?」

「……アレみてっと、嫌なこと思い出しちまうんだよ」


 俯き加減でベンチに座り、タール量の重いロングタイプの煙草を燻らせながら、右手親指で巨大なハリケーンの雲が見える、望遠レンズで拡大された地球を指す。


「〝定位置〟で良い事だけを思い出そうってか」

「まあそんなとこだ」

「アタシは、座ったらだめか」

「だめだ」

「最低なのを承知で言うが、空いた席じゃねえかよ」

「……するってぇとお前は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のか」

「そうだよ」

「そうか……。じゃあオレの艦ぇ、こい」

「……おう」


 前髪の下から、少し上気した顔のメアを見上げたザクロは、煙草を吸い殻入れの灰皿で潰すと、先行して喫煙所から出て行く。

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