ある天才の奮闘とその限界、彼女が繋いだ未来について 1
「よし、この子の名前はミヤコだ。〝都〟の様に人々が集い愛されるようになって欲しい、という意味だ」
「良い名前じゃないですか養母さん」
「ダマされてはならんぞキョウコくん。こやつはもっともらしい事を言っているが、半分は君の京からの連想だぞきっと」
「あはは。でも半分はそう思ってるから」
「ええっ、本当に半分なんですかっ?」
「冗談であるよ」
「ユキノちゃんは純朴で可愛いねぇ」
「お養母さん方、あんまりユキノお嬢さんをからかわないでくださいよ」
「申し訳ない」
「すまないねぇ」
「なぁんだ……」
「あっ、笑ってますね」
「ほほう、この世に生を受けてすぐ我々に付いてくるとは、大物になるやもしれんなハカセ殿」
「大物どころかボクを超える大天才になるんだよセンセイ氏」
「期待値が凄すぎない? まあ賢そうな顔はしてるけど――」
「あーあ、マアズくんがミヤコくんを泣かしたぞ」
「なんでよ!? ちょっとほっぺ突っついただけじゃないっ」
「お母さん……」
「ユキノまでそんな目で見ないでよ。もー……」
「ちょっと寒いんですよ多分。はい、抱っこするよー。よちよち」
「おお、そうであったか。キョウコくんはさすが我が子のことを良く理解しているな」
「じゃあこの猫体温ぬいぐるみ45号機をあげよう」
「普通にエアコン調整しなさいよ」
「それに、ぬいぐるみを抱っこするには早いぞハカセ殿」
「ありゃあ。じゃ、この自動温度調整クッション27号機を」
「人間にも対応してるけど、それ元はペット用品で開発したじゃないの」
「孫に使おうとするなたわけ」
「それもそうだ。じゃあ、このふわふわ羊雲ビーズクッション試作12号で」
「首が据わってないのにそんな丸っこい物で寝かそうとするな」
「乳児の扱いが分かってないなら黙りなさい」
「その通りだね……。じゃあ最後にこの見守り機能つきベットメリー28号機をだね」
「最後の最後で実用品を出してきたな。こんなでも社長なだけはある」
「ヘンテコアイテム以外もあるんじゃない」
「意外と普通ですね……」
「君たちはボクをなんだと思っているんだい……?」
「ヤバい養母ですね」
「ちょっとまっておくれ。キョウコが言うと冗談に聞こえないじゃないかー」
「実際ヤバいであろう」
「ヤバいわね」
「わ、私は、正気はまだ保たれていると思いますからっ」
「ユキノちゃんそれあんまり擁護になってないよー……」
平屋の一軒家のリビング中央に置かれたベビーベッドに寝転がる、生まれたばかりのミヤコの周りには、名前に込められた通りにクセは強いが暖かい人々が集い、その全員から愛されていた。
「ほら、おばあちゃんだよー」
「おばー」
「今、ボクのことおばあちゃんって言ったよねっ?」
「いや、単純に何か声を発しただけではないかね」
「せー」
「おお、センセイと言ったぞ!」
「うん。センセイ氏の言葉をそのまま返すよ」
「なにおう」
「おやおや」
「だー?」
「よろしいならば、〝いないいないばあ〟対決でミヤコくんに勝負を決めて貰おう」
「ふふん、四六時中孫の事を頭の隅で考えているボクに勝てるかな?」
「よし私から行くぞ! いないなーい……ばぁ!」
「……」
「残念ながら見てもいないね。じゃあボクの番だ! いなーいいなーい……ばー!」
「……?」
「貴殿も同じようなものじゃないか。キョトンとしているぞ」
「いやいや、反応しているからボクの勝ちだね」
「〝いないいないばあ〟は笑わせてこそじゃあないか。ノーコンテストだ」
「もーいかー」
「そうそう、もう1回だなミヤコくん」
「今度は秘技・唇返しを見せようじゃないか」
「ほほう。では赤ん坊が泣き止むと定評のある、私のアルカイックスマイルをお見舞いするぞ」
「あのー、私、勉強してるのでお静かにお願いします……」
「おお。すまない……、ってクマが酷いぞユキノくん」
「ユキノちゃん、酷い顔だから少し休んだ方がいいよ?」
「火星連邦大学に合格するって、お母さんと約束したんで……」
「それで身体を壊しては天国のお母様方が泣くぞ」
「君が具合悪くしたら、ボクらが彼女に怒られちゃうから」
「勉強なら私達が教えるからとりあえず少し寝なさい」
「でも、ミヤコちゃんのお世話が……」
「あと1時間もすればキョウコくんは帰ってくるから心配いらないさ」
「ほら、この睡眠導入音楽付きふわふわ羊雲ビーズクッションでお休み」
「ま、まだ大丈――。……」
「眠ったよ。よっぽど疲れていたんだね」
「マアズくんが大事な時期に亡くなって、随分と心に来ているようだし、眠れていないのだろう」
ミヤコが2歳になってすぐ、ヒュウガ重工の圧縮恒星炉の開発主任であるユキノの母・マアズが正体不明の疾患で亡くなり、ミヤビに引き取られたユキノと共に暮らすようになった。
「しかし、ヒュウガ重工の圧縮恒星炉か……。少し、気になるね」
「貴殿が大元の開発者ではないか。マアズくんの死因に関係あるものが出るのかね」
「うん。恒星を再現する訳だから、もちろん放射線とかが出るね。だけど、ボクが開発したのはそれを遮断する格納容器もセットで、かなり安全に扱えるように設計したんだ」
「ふん? それは妙な話だ。仮にヒュウガ某がそれを省いていたとしたら、彼女に汚染が見られるはずだろう?」
「ああ。でもついさっきシーケンサーの検査結果が出たんだけれど、遺伝子配列がおかしな事にはなっていたんだ」
「ほう」
泥のように眠る、義理の姉の様なユキノの隣で、何かおぞましいものの存在を気取ったかのごとく、凍り付いた表情をする祖母を3歳のミヤコは静かに見上げていた。




