ロウニン・ファンク 7
その頃、ニトウダは時限式の粘土状高性能爆弾を各所に設置し終え、カメラにクラッキングをかけながら資材倉庫にやって来て、いくつかに分けられた内の1区画に潜んでいた。
館内放送でしきりにアナウンスが流れているが、その場所は吸音材の保管庫で、後5分を示すタイマーを見ているニトウダには全く聞こえていなかった。
「資材倉庫こんな広かったっけか?」
「業務拡大に伴って面積を4倍にしたのでな」
「広げんのはいいけどよ、防犯カメラ位直せよ」
「昨日急に故障したのだが、在庫がなくて地球の工場から取り寄せているそうだ」
「そりゃ何日かかるか分からねぇな……」
その150メートルほど奥の通路に、ミヤコが用意したファイバースコープで僅かに開けたシャッターの隙間から、倉庫の中を探るザクロとモネがいた。
この辺りに潜んでいる、という事まではミヤコが突き止めているが、それ以上は防犯カメラの故障が放置されていたせいで、地道に探すハメになっていた。
「あーめんどくせぇ」
「このくらい慎重じゃあないといけないとはいえ、ご苦労様」
バッテリー節約のために、トドロキマルの臀部に乗っている箱形ドローンから、小型ドローンで辺りを警戒しているミヤコは、ぶつくさ言いながら地味な作業をするザクロを労う。
ブービートラップがない事を確認してから、シャッターを開いて中を確認するが、鋼鉄の板材が隙間無く積まれていて人が入れるスペースはなかった。
「外れか……」
「こちらもだ」
お互い、構えていた武器を下ろして、向かい合う倉庫入り口から出てきてゆっくりかぶりを振る。
「コレを最悪あと70回以上やらねぇといけねぇのか……」
ズラッと並ぶシャッターを見て、ザクロは途方に暮れた様子で苦々しい顔をする。
「まあ、上手く行けば次ので遭遇するやもしれ――」
「――どこで爆発した!?」
モネが励まそうとした瞬間に、2人の背後の方にあった管理棟で爆発が起こった。
「あれは食堂かな。せっかく頼み込んで入れて貰ったから、オートレストラン装置が無事ならいいのだが……」
「ほー、なかなか味な趣味じゃねぇの」
「あの手のレトロなものを好いていてな」
「クロー。複数箇所で同時に爆発しているけれど、電波は検知しなかったから時限式信管の可能性が高いね」
「あいよ。つーことは、待ってりゃあっちが勝手に飛び出してくるわけだな」
手間が省けて助かるぜ、と高笑いして言った後で、
「……あー、いや。犠牲者が出てるかもしんねぇのに喜んじゃいけねぇな」
ザクロは笑みを押さえ込みつつスッと自分の口を塞いで笑い声を止めて神妙な面持ちになった。
「それは心配要らない、爆発より前に工員269名全員が管理棟横脇のグラウンドに避難済だ」
危機管理担当者からのメッセージを見せつつ、モネは自分も安堵したようにため息を1つ吐いた。
「あ、148番倉庫! かなり奥!」
「おいでなすったかこのクソヤロウ!」
「ニトウダぁ! 神妙に致せぇ!」
隠れていた所から出てきたニトウダをミヤコが発見し、すぐさま2人は叫びながら追走を開始した。
ザクロは後ろには箱形と小型のドローンを、モネの後ろには〝御用〟と書かれた提灯型ドローンをそれぞれ引き連れている。
「ゲッ」
2人に一瞬ミヤコより早く気が付いたニトウダは、その先にあるプラットホーム始点へと侵入し、
「お、コイツはおあつらえ向きだ」
すぐ近くの線路の末端に止めてあった、ハイブリッド機関車の運転台へ駆け上がった。
「機関車で逃げるつもりのようだ」
しかしそれは、上空に飛ばしていた小型ドローンでミヤコにバッチリ見られていた。
「へっ。それより先に着けるっつの!」
「うむ」
それを聞いた2人は全速前進で倉庫を抜けて、すでに大分加速してプラットホームを半分以上通過しているそれへと迫る。
「往生際が悪ぃぞ!」
「止まれぃ!」
「悪く無きゃ長年テロリストやってないんだよな!」
やっとプラットホームの始点にたどり着いた2人は、すぐに10両の貨車を引く機関車へと追いつきかけるが、ニトウダは勝ち誇った顔で笑ってそういうと、窓から腕を突き出した。
「なッ!?」
すると作業服の袖の中から黒いキューブの火薬が発射され、振動を検知する信管によって爆発した。
「ぁ――」
それを見て減速したが間に合わず、2人が爆発に巻き込まれた様に見え、艦橋でミヤコとバンジと共にドローン映像を見ていたヨルが声にならない悲鳴を上げたが、
「煙玉かッ!」
「えいくそ、前が見えねぇ!」
真っ黒な煙の中から元気いっぱいの2人の声が聞こえ、空気が抜けたように座り込んだ。
「高度上げるね。……あっ、貨車切り離しているや」
ミヤコは動じずに箱形ドローンの高度を上げると、ニトウダの乗った機関車はもう敷地外に出ていて、円筒形のタンクが並ぶ巨大な貯水場を大きく迂回する線路を猛スピードで走行していた。
「ミヤ! なんとかならねぇかこれ!」
「そう言うと思ってARで見える様にしてあるよ」
「おっ、流石だな」
ミヤコはザクロがヘルメットの下にしている眼鏡型デバイスに、線画だけではあるが目線に合わせて動く地形のAR画像を表示した。
「おいエセ侍。そのなんとかマルの手綱かせ」
「トドロキマルであるが、この辺りに――痛ッ」
「オレの頭殴ってんじゃねえよ。もうちょいゆっくり動けバカ」
煙幕の範囲から、ついでにモネと一緒に出ようとそう要求すると、モネが思い切り手を下に突きだしたせいでザクロの後頭部にパンチする格好になった。
ザクロに手綱を渡して引いて貰いながら、モネがぶつけた手をパタパタ振っている内に、煙幕を抜けてプラットホーム末端に出た。
機関車は2人から見ると、ミニチュアサイズに見える程遠くへ行ってしまっていた。
「チッ、コイツじゃ砂利道は走れねえしな……」
「トドロキマルでも速度が厳しいです……」
ザクロはモジュールの小さなタイヤを見て舌打ちし、モネは素の口調で呆然と機関車を見送るしかなかった。
「なんか列車事故防止のシステムあんだろ。なんとか入れねえか? ミヤ」
「ここの緊急停止システムは、先頭車が各自に積んでるタイプだから無理だね」
「じゃあ駅の方でなんとか止めるようにはならねぇか」
「多分、運行システムは車内からクラッキングして乗っ取られてると考える方が自然だね」
「置き石とかで脱線させれば」
「いくらテロリスト相手でも犯罪はねぇ」
「だよなぁ。それにアイツが死んだら銭にならねぇし……」
「広域宇宙警察呼んではおいたけど、多分逃げおおせられるだろうねぇ」
「多少無茶すりゃなんとかなる方法はねぇかミヤ?」
「うん、実にダイナミックなオーダーだね。じゃあ、そこの線路横に上が平らな送水管カバーがあるだろう?」
「おう。あるな」
「その上をモジュールの最高速度で走れば、最短距離で行けるから引き込み線の出口辺りで先回りできるよ」
「そいつぁいい!」
諦めてしまったモネをよそに、ザクロは必死にひねり出した打開策に従い、送水管の前のフェンスをよじ登って超え、点検用の備え付け梯子でステンレス製のカバー上へ上がる。
「時間は大丈夫か?」
「まだ30秒は先回りになるね」
「そうか。よっしゃ、行くぞ!」
腰を落としたザクロは、少しうねりが見えるカバー上を一切躊躇せずに走り出す。
「あれが本物の『ロウニン』、か……」
瞬きを忘れてその不屈の後ろ姿を鞍上で眺めるモネは、おもむろに陣笠を脱いで膝に置きつつそうつぶやいた。
その3分後。
「やれやれ。過去最高に厄介な連中だったがなんとかなったな」
後ろを見て、誰も何も付いてきていない事を確認したニトウダは、クックック、と忍び笑いをこぼしながら速度を緩めて勝ち誇った様子で独りごちる。
「しかし――、せっかくならあの女の具合を味見しておくんだったな」
歓喜の表情に、ニタリ、と浅ましく下品な物が混ざった瞬間、
「いいぜッ! たっぷり味わえッ!」
線路がパイプの下を潜る地点から、運転台の屋根に飛び移ったザクロが窓枠を逆手で掴み、鉄棒ブランコの要領での両足蹴りをニトウダの横っ面にたたき込んだ。
「グゲッ」
「靴底の味で悪いがな!」
勢いと怨念がこもった様な一撃に、ニトウダは操縦席から転げ落ちて頭を床に打ち付け気絶した。
「さて、どうしてくれようかなぁ……」
ザクロは獰猛な笑みを浮かべてそう言うと、左足首を右手首に右足首を左手首に拘束し、目と口に運転台内にあったダクトテープを貼り付けて念入りに密着させた。
ザクロはブレーキを目一杯かけて機関車を停止させ、通報を受けて駆けつけた広域宇宙警察に、目のテープを剥いで睫毛と眉毛を脱毛してからニトウダを引き渡した。
その日の昼に管理局からニトウダの懸賞金がたんまりと振り込まれたが、
「えっ、全部使っちゃったのかい? クロー」
「ちょっと思うところがあってな。寄付した」
ザクロは全額を爆弾で破壊された第3工場へ、匿名で寄付して使い切ってしまった。




