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ロウニン・ファンク 6

「なるほど。クラッキングも出来るし、クローを出し抜く程度に狡猾な相手というわけだね」

「おう。どこまでも情けねぇ事にな」


 ソウルジャズ号に戻ったザクロとバンジは、艦橋の床で寝ていて起きたミヤコに事の次第の概要を伝え、対ニトウダへの戦略を見直す相談に入る。


「あ、そうそう。ヨルは風邪引いたかもしれないから、あんまり部屋に来ないで欲しいそうだ」

「はっ?」

「あーいやいや、微熱だから念のため、だそうだ」

「病院とか行ってんだよな?」

「そう言うと思って、オンラインで診断して貰ったけれど、言われたのは安静に程度だったよ」


 親が危篤になった様な反応をしたザクロへ、ミヤコは診断書を見せつつ落ち着くように言う。


「それはそれとして、だ。カメラで爆弾魔氏を確認できたのは、宇宙港の貨物ヤードのこの位置が最後だね。映像がクラッキングされていたから少し手間取ったけれど」


 ミヤコはゴーグルに映っている、ニトウダが貨物ヤード職員のツナギで堂々と歩く、改変前の防犯カメラ映像を艦橋のホロモニターにも映して説明する。


「この陰の方が写る角度ねぇのか?」

「あるにはあるんだけれど……、見ての通り、コンテナで隠れていてね。本来ここに横向きで置いたらダメみたいなんだけれど、随分おおらかに作業しているようだ」


 スイッチングすると、画面の大半が3段積みされたコンテナに塞がれていて、肝心の位置が見えていなかった。


「宇宙港の上の方にチクれるならやっといてくれねぇか?」

「了解。運営会社の上役の人はボクのお客さんだから簡単さ」

「どういう客だよ」

「守秘義務、ということで勘弁してほしいね」

「あいよ。で、そこからどこ行ったか分かってんだよな?」

「2人はボクがなんでも出来ると思ってないかい?」

「いくらなんでも無理でござるよー」

「スマン」

「まあ、今待ってる解析結果が出れば、何かは分かるはずだよ」

「出来るんじゃねぇか!」

「なんで1回焦らしたんでござるか……」


 そういうキャラも模索してみようかと、とミヤコがお茶目に言っている内に、防犯カメラに記録された音声情報を元に、コンテナの裏を描いたCGアニメーションが表示された。


「クジラとかがやってる方法を応用したんだ」

「エコロケーションでござるか」

「これはアレか、コンテナに入ったって事で良いんだな?」

「そのようだね。実際に確認してみないとシュレディンガーの猫だけれど」

「しかしコンテナに潜伏とは奇策でござるなぁ」

「行き先は?」

「ええっと、火星第3市のスネーク・バレー社第3工場だね。とりあえず不審者情報を流しておいたから、確認で止まってるはずだけれど」


 ミヤコはクラッキングした運行記録を読み上げて、現在の映像を覗くためにしれっと回線に潜り込む。


「あの野郎、ヨシの姐御の遺産に手出そうってか……」

「えっ、ヨシコ・ノブモト社長と知り合いなのかい?」

「『ロウニン』になるときに色々世話になってな」

「へえ。だからやけにノブモトの機材が多いんだね。性能がとびきりいいからだけじゃなかったんだ」

「お、ノブモトの良さが分かるか」

「まあ、整備囓っていればね。油圧ジャッキ1つとっても、手足のように動いてくれるなんて、クサカベでも特上の個体だけだからね」


 ミヤコがノブモト社製品を称賛するので、ザクロは上機嫌にリキッドパイプをくわえる口元を緩める。


「――って、ありゃりゃ。ほぼ定刻通りに輸送艇が出ちゃってるや」

「は? 1時間前じゃねーか」

「流石におおらかにも程があるねぇ」

「呑気に言ってる場合じゃねえ! 艦出すぞ!」

「了解でござる」

「うん」


 職員の適当さに開いた口が塞がらなかったザクロは、大急ぎでメインエンジンを待機モードから起動させ、ミヤコとバンジは窓際の定位置で安全帯を付けた。


 間もなくソウルジャズ号を発艦させ、全速力で第3市へと舵を取る。



                    *



「まあ問題なさそうであるな」

「はい。しかし社――おかしら、何故直々に視察を?」

「あいや、社員が信用出来ないという訳ではなくてだな。ただ単に見てみたくなった、というだけでな」


 急遽きゅうきょ、探索に当たる予定を切り上げたモネは、輸送艇に乗って第3工場に訪れ、工場長をお供に自分の目で工場内をぐるっと見て回り、工場長室の応接ソファーに座っていた。


 旧ノブモト社屋を土地ごと4倍近く増築したスネーク・バレー社第3工場は、さながら1つの小さな村と言っても過言ではない広大な敷地面積を誇る。


 正門から入って一番手前に横長の管理棟、その後ろに管理棟の3倍はある縦長の資材倉庫、その右には幅が2倍ある工場棟が並ぶ。


 それらの後ろに、近くの貨物駅へと繋がる引き込み線があり、かなりの長さのある横向きの積み込み用プラットホームが作られている。


「現場に来て分かったことだが」

「はい?」

「思った以上に、ノブモトの名前が消えた事は遺恨になっているようだな」


 視察の際、新しく雇った工員の内、手を離せない者以外はモネへ帽子を取って挨拶をするが、旧ノブモト時代からの工員からは居ないかのように無視されていた。


「し、失礼しました! 社員指導の不行届で……」

「いや、何もしなくて良い。アイデンティティを奪った者を恨むのは当然であるよ」


 腕を組んで頷き、憂う様に目を伏せたモネを見て、工場長はぶわっと冷や汗をかいて頭を下げるが、モネは手のひらを突き出してそれを止めさせた。


「――これは、あるノブモト製品ファンに言われて気付いたのだが、ノブモトの看板を下ろして第3工場に付け替えるなど、積み上げてきた物にタダ乗りしたととられて当然ではないか、と」

「しかしですな、特に我が社だけが特別、そういう事をやっているわけでは……」

「他がやっているから問題ない、というのは、やる側の傲慢だとは思わないか?」

「言われてみれば……」


 そこで1つ思案している事があるのだが、と身を少し乗り出して言ったところで、


「工場長、資材が到着しました」


 工場長の胸ポケットに入っている通信端末に、資材担当の若い女性社員からそう連絡が入った。


「イタノ輸送さんが定時より少し遅いとは珍しいですね」

「どうも、宇宙港ヤードで不審者騒動があったそうで。見間違いだったようですが」

「分かりました。ご苦労様です」

「はい」


 淡々とやりとりして通話が終わったところで、


「見間違いとはいえ、たった5分遅れはちゃんと確認していなさそうだな」


 納入時刻を確認していたモネは、ほんの短時間の遅れしかない事に気が付き、眉間に少しシワが寄る。


「いやあ、あの第2市宇宙港の貨物ヤード、先週も輸送中の破損がありましてね。時間さえ守れば後はどうでもいいとでも言わんばかりに、それ以前も大小様々なトラブルが」

「今年に入ってから57件か……。よし、自社で貨物ヤードを作るよう、会長に進言してみよう」

「是非ともよろしくお願い致します。我が工場の沽券こけんに関わりますので」

「任せておけ」


 かなり深刻そうに眉を下げる工場長へ、立ち上がったモネは肩に手を置いて笑みを浮かべそう告げる。


「おっと失礼」


 それと同じタイミングで、モネの印籠型通信端末に秘書から電話が掛かってくる。


「社長、少々お耳に入れておきたい事が」

「ああ」


 工場長が空気を読んで退室していき、モネは工場長席後ろにある窓際に腰掛ける。


「『ロウニン』のザクロ・マツダイラと名乗る人物から、例のアイツが忍び込んでないか気を付けろ、という伝言が。言えば分かる、とも言っておりましたが」

「まさか……。今日運ばれてきたコンテナは?」

「少々お待ちを」


 ザクロの意図通り意味を理解したモネは、血の気が引いた顔で立ち上がり、外を見ながら返答を待つ。


「すでに中の資材を搬入済だそうです」

「そうか。助かったぞ」


 通話を切ってから、窓枠に両手を突いて俯き深々とため息を吐く。


「言えばパニックになりかねぬし……。抜き打ちの避難訓練で行くか」


 すぐに対応を考えたモネが、危機管理担当部署に連絡を入れようとしたそのとき、


「あれは――ッ!」


 工場棟横を管理棟へ向けて歩いていた工員が帽子を脱ぎ、その下のニトウダの顔がはっきり見えた。ニトウダは帽子の裏を確認した後、すぐにそれを被り直す。


 モネは即座に危機管理担当部署へ、抜き打ちの避難訓練とザクロを敷地に入れるように指示し、戻ってきた工場長に急用が出来たと言って部屋を飛び出していった。


 工場の表の駐機場へやって来たモネが指笛を吹くと、乗ってきた輸送艇の後ろにあるゲートが開き、いななきと共にロボ馬が降りてきて彼女の横に止まる。


 鞍の後ろに積まれていた陣笠と仏胴を身につけ、モネがひょいと鞍上に飛び乗ると、輸送艇の中から更に提灯型のドローンが8つほど出てきて、彼女の後ろでホバリングする。


け! トドロキマル!」


 ロボ馬のスピーカーから馬のいななきを響かせ、鐙にあるアクセルを踏んで、先程ニトウダがいた地点へと駆け出す。


「それトドロキマルって名前ついてんのかよ!」

「おお、マツダイラ殿!」


 すると、正門からミヤコの操縦する箱形ドローンを引き連れた、ローラーシューズモジュールを履いたザクロが、本物の馬さながらの動きをするトドロキマルと併走する。


「クローって呼べ。正々堂々、獲物の横取りは無しでいこうぜ!」

「望むところだ!」


 2人がニヤリと笑みを浮かべて管理棟横の通路を駆け抜けたところで、避難訓練のアナウンスが流れ始めた。

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