ロウニン・ファンク 2
「えい畜生!」
路地を抜けて左右を素早く確認するが、ニトウダの姿は全く見えず、ザクロはずっと頭上を飛んでいたドローンを見上げ、
「どこ行ったか分かるかミヤ」
悪態よりは幾分柔らかい物腰で、カメラの先にいる操縦者へ訊ねる。
「うん。2号機に追わせているよ。……珍しい事もあるんだね」
ソウルジャズ号艦橋の窓際の段差に座り、ゴーグル型ディスプレイを付けているミヤコは、サクロのサングラスのモニターにその情報を送りつつ、取り逃がした事に驚く。
その横で、地味な船内外服を来たヨルが目で見て分かる程ソワソワしつつ、ホログラムモニターの向こうにいるザクロを見守っていた。
「あんなテーマパークの演者みてぇなトンチキ侍がいきなり来て、ペースが乱れねえ方がどうかしてんだよ」
「そっか。確かにバンジ氏みたいなのが急に出てきたら難しいよねぇ」
「メアが変なのは口調と格好だけだぜ。あんなのと一緒にしてやんな」
ミヤコがそう言いながら、艦橋後部の甲板端の椅子で喧嘩煙管を使って喫煙するバンジを見やると、ザクロが心外そうに返したところでくしゃみをして、盛大に紫煙を吐いた。
ちなみに、先日ザクロの決定によって、ソウルジャス号内でタバコが吸えるのは、甲板とザクロの部屋のみに限定される事となっていた。
無駄話をしている内に、ミヤコが監視カメラ映像を追いかけて、ニトウダの逃げた先を突き止めていた。
「なるほど。やっすい飲み屋街か。隠れるには丁度良いな」
それは駅の裏口通りに密集する、粗末な小屋で営業している飲食店街で、昼食時だったため、たどり着くとニトウダのような風体の客でごった返していた。
「で、肝心のヤツはどこだ?」
「駅裏通りを右に行って、12軒目のラーメン屋さんの前にいるね」
「よしきた」
いかにも昼食を何にするか悩んでいる体で、店を数えながら進んでいると、10軒目の蒸しまんじゅう店の前当たりから、店頭のすぐ前当たりでニトウダを発見した。
ニトウダは駅中の衣料品店で買った、安物のキャスケットを被って、いかにも粗末な感じのラーメンを啜っていた。
「チッ!」
ザクロが忍び寄ろうとしたところで、ニトウダが偶然振り返ってザクロを発見し、道路に沿って並ぶ合板を組合わせた簡易テーブルの上に飛び乗ってその上を跳んで逃げる。
昼食を踏んづけられたり、蹴飛ばされた客の怒号がニトウダへぶつけられ、同時に逃げていく先に座る客が慌てて皿を持ち上げて道ができる。
「待てコラァ!」
併走して道路を走るザクロは銃を抜こうとするが、大量の逃げ惑う一般人の姿を見てグリップから手を離した。
「見付けたぞ!」
「うわでたっ」
すると、後ろからまた馬の様な足音が聞こえ、先程のロボ馬に乗った女性が十手を突き出しながらザクロたちを追いかけてきた。
「危ないぞ! 道を空け――やや?」
ザクロ同様に道路の方を走って行こうとしたが、昼食を台無しにされて呆然とする人が目に入ってロボ馬を止めた。
「どうなされた」
「見ればわかるだろ……?」
「ははあ。あの2人の騒ぎに巻き込まれたか。どれ、おれが代わりに払ってやるから新しい物を食べよ」
「いや、ワシだけってのは流石にな……」
「そうか。ならば、ここに居る皆の昼食代はおれがおごってやろう」
女性がそう言うと客から歓声が沸き、1人1人に昼食代1千クレジットずつを配った。
「さて、また取り逃がしてしまったな……」
当然、そんな事をやったせいで時間を大幅に取られ、女性はザクロ達がどこへ行ったかが分からなくなってしまった。
「仕方ない。ここは直感を頼ろうじゃないか。ハイヨー!」
だが、女性は全く慌てることもなく、そう言って線路沿いの道を全速力のロボ馬で駆けていく。
ややあって。
「あいや! あいや、あいや、あいや! またれい――」
女性が勘で走って行った先に、自転車を漕いで住宅街を逃げるニトウダと、同じく自転車で追うザクロの後ろ姿を発見し、2人の横を追い抜いていって口上と共に立ち塞がった。
ちなみに、ニトウダはスーパーから帰宅しようとしていた主婦から奪ったもので、ザクロは近くにあったレンタルサイクルを借りていた。
「いい加減に諦めろテメエ!」
「それはコッチの台詞だ!」
しかし、また陣笠を目深に被って長々と喋っている女性を見もせずに無視し、2人はその横をすり抜けてママチャリロードレースを続行する。
「――手向かうならば容赦は……ってあれ?」
「さっきの2人、もう向こう行っちゃったぞ」
最後まで言い終えて陣笠を投げ捨てたところで、近くのアパートの1階ベランダから見ていた男児が、女性から見て左方向を指さしながらそう言った。
「そうか! 報告感謝する! これはほんの気持ちだ!」
「おねーちゃんありがとー」
わざわざ教えてくれた彼へ、女性はロボ馬の後ろ足の上に付いた箱から風車をとりだして渡すと、再び颯爽と駆け出していった。
「ヨっちゃん、指さすの逆じゃない?」
「あっ」
その後で、隣で見ていた友達がヨっちゃんの勘違いを指摘して、ヨっちゃんはもう行ってしまった女性へ大声で謝った。
一方その頃、ニトウダはギアチェンジの際に、チェーンが外れてしまった自転車を乗り捨て、近くを通りかかった男子学生から電動バイクを奪い取って更に逃げる。
「えいクソッ! 人力じゃ追いつけねえッ!」
いくらザクロといえども、ママチャリでは機械動力には敵うわけも無く、全力で立ちこぎしてもグングンと引き離されていく。
「お困りのクローにお助けアイテムを持ってきたよ」
すると、必死こいて漕ぐザクロに、ミヤコが荷物運搬用ドローンを併走させてそう知らせた。
「お助けアイテムってなんだよッ?」
「電動ローラーシューズモジュールさ。靴に付けるだけで時速60キロで走れて、背中に背負ったバッテリーで100キロは走れるよ」
「そいつぁいいな!」
ミヤコの説明を聞いて、ザクロはニヤッと微笑み自転車を止め、
「一応、背負わなくてもいい改良型あるけれど、車検通してないからとりあえず今はそれで」
「おう。十分だ」
電動キックボードを改造した動力部と、ハードシェルリュックを改造したバッテリーパックを装着した。
「ヘルメット付きたぁご丁寧にどうも」
「ヨルがどうしてもっていうからね。ボクはクローなら要らないと思うんだけど」
「えっ、そうなんですか……? 私、余計なお世話を……」
「……いやいやいや。いくらクロー殿が妖怪じみたフィジカルでも、ノーヘルで事故ったら流石に死ぬでござるよ」
「そうなんだ」
「で、ですよね……」
「ったり前だろ。あと誰が妖怪だメアてめえコラ」
ザクロはいつも使っているヘルメットを被り、モジュールの電源を入れると、しょうも無い雑談を挟みつつ早速幹線道路を逃げるニトウダを追いかける。
「ここまで来れば――何ッ!?」
逃げ切ったと確信したニトウダがバックミラーを見ると、前後に足を開いて腰を落とした姿勢で猛追してくるザクロが写った。
「逃げ切れたと思ったか? ウチのメカニックは超々優秀なもんでな」
「やあどうも。まあ、そこまで飛び抜けてはないと思うけれど」
ギョッとした表情をするニトウダに併走して、ザクロは舌を出して挑発し、ドローン越しに挨拶をしたミヤコはいつも通りに謙遜する。
「クソが! なんでもありか!」
未だかつて無いほど厄介な追跡者へ、ニトウダは悪態を吐きながら、電動バイクのアクセルを目一杯回す。




