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ノー・ディスク・ア・コンピュータ 5

 ニュートウキョウ国に着くと、駐艦場でわざわざ依頼人が待っていて、配達業務は早々に終わり、クサカベ地区役所へとレンタカーの軽自動車で足を運ぶ。


「で、なんか分かったか?」

「うん。戸籍には特に発見が無いことぐらい、かな」

「あ? だったら良かったじゃねぇか」


 役所の閲覧室で戸籍謄本を確認したミヤコの答えに、ザクロはパイプすら使用不可のため、煙草風味棒キャンディを仕方なくめつつ拍子抜けした様子で言う。


 ちなみにドレスコードの問題で、バンジはいつもの砂漠の民ルックではなく、その下に着ている、薄黄色のややダボッとした船内外服姿になっていた。


「言いすらしなかったところを見るに、表に出ている公的記録に残ってる訳は無いだろうとは踏んでいたからね」

「それじゃ来た意味あんまなかったな」

「いやいや。意味はここからさ」


 ミヤコはニヤッと笑って、自分の肩掛けバッグから金属の小箱を取り出した。


「こいつの出番がくるとは思わなかったね」

「どんな形なんですひゃあッ!?」


 それを開ける様子をウキウキしながら見ていたヨルは、中に入っていたものがゴキブリ型のロボットで、表情を恐怖の急転直下させてザクロの後ろに隠れた。


「陸上を速く走れて壁も登れるし空も飛べる、それによく屋内にいるというのが――」

「説明はいいから早く使え。ヨルが怖がってんだろ」

「ごめんごめん。じゃあ頼んだよ」


 3機ほど放ったスパイロボは、本物のような機敏さで換気口に進入していった。


「あの子たちでちょっとお邪魔して裏を調べるのさ」

「お前本当、平気で危ない橋渡ってくるな……」

「いやいや、見込みがあるでござるな」

「うーん……、ゴキブリ……」


 ミヤコが言わんとしている〝お邪魔〟する先を完全に察した様子で、ザクロは呆れ顔をし、バンジはニヤリと笑い、ヨルはまだ衝撃のビジュアルの余韻で怯えていた。


「ヨルにはお詫びに、あのロボの電源について教えよう」

「えっ、普通のバッテリーじゃないんですか?」


 そんな彼女を見かねたミヤコが、興味を示しそうな話をすると、ヨルはサクッ目を輝かせて食いついてきた。


「いや。それ自体は小型拳銃用高エネルギー電池さ」

「もしかしてKN発電素子を超える新素材を?」

「それは流石に設備が個人の規模では難しいね」

「企業の規模なら出来――そうでござるな」

「どうだろう。断言はできないかな」

「……あっ、中の積層構造になにか秘密があるんですか」

「ご明察。食品用3Dプリンターで、パイ生地を作る過程を応用したんだ」

「もしかして728層の壁を突破できたんですか!?」

「最後は祖母のおかげさ。自力じゃ727層が精一杯だったよ」


 技術者気質の2人が大盛り上がりを見せる中、


「? 728層の壁ってなんだよメア」

「天然素材からパイを作るときに形成される層が729と言われていて、印刷では728層が限界なんでござるよ」

「つまり太陽系リーグの4割打者みてぇな感じか」

「まあそうでござるな」


 ザクロだけが、バンジのアシスト無しでは理解が追いついていない様子で腕組みをしていた。


「そこを組合わせる考えはありませんでしたよ。さすがミヤさんです」

「いろんな物を見せてくれた祖母のおかげだよ。祖母に――」

「お前はもうちょいテメェの手柄をテメェのもんにしろ」


 祖母に感謝しなきゃ、と口癖のように言おうとした、ミヤコの肩に手を置いて一言そう言い、元のドア横の壁際へ戻って背中を預ける。


「ありがとう」

「……! クローさんっ、私、その、あんまり航宙に自信が持てなくてですねっ」


 口元を抑えたミヤコが穏やかに微笑んでそう言うと、ミヤコの隣にいたヨルがススス、とザクロの目の前へやって来て、さあどうぞ、という様子の上目遣いで彼女を見上げる。


「んー、そうか? オレぁ戦闘はともかく巡航ならオレよか上手いと思うがな」


 ザクロは自分の端末で47スターズの試合速報を注視していて、それに気をとられたままヨルをさらっと褒めただけだった。


「……ありがとうございます。……」


 しなびた花の様な眉尻を下げたションボリ顔になって、ヨルは元の場所に戻っていった


「……」

「ん?」

「ん」

「あん?」


 一部始終を見ていた左隣に立つバンジが、ザクロを肘で突き、ねているヨルを顎で指した。


「――おい、なんで拗ねてんだ?」

「――ここ」

「――肩があんだって?」


 それに気が付いて、原因に心当たりがないザクロがバンジに訊くと、彼女は自分の肩を触ってミヤコを指さす。


「――あー……」


 原因を把握した様子で頷いたザクロは、ヨルの肩に手を置いて、自信を持つように追加で言った。


「! ありがとうございますっ」


 念願が叶ったヨルは一気に上機嫌な様子になって、思い切り緩んだ表情を傍らのザクロに向ける。


 目を逸らして頭をポリポリと掻くザクロへ、ロボをオペレーション中のミヤコと、喧嘩煙管をペン回しの様に弄ぶバンジがニヤニヤした視線を送った。


「……おい」


 ザクロが顔を動かすと2人が顔を何気なく逸らしたため、彼女はジト目で交互に見やった。


 などとやっている内に、ロボットがカサカサと帰ってきて、ヨルをビビらせつつ小箱の中へ入った。


 データを確認したミヤコは、発行してもらった戸籍抄本の物理コピーを文書ケースに、小箱をバッグにしまって、よし、と言って立ち上がった。


「目当てのもんは手に入ったか?」

「ああ。じゃあ引き上げよう」

「あいよ」


 ミヤコが満足そうにうなずいた事を見て、ザクロはキャンディの棒をゴミ箱に放ってからドアを開けた。


「そんじゃ観光としゃれ込むか。ヨル、ミヤ、どっか気になる所あるか?」


 一行が役所の玄関から出たところで、横目で後ろを見るザクロが2つ目の目的である観光の行き先について2人に訊く。


「そうですねぇ。やっぱりオートレストランですかね!」

「……できればその、最初はそれ以外にしねぇか?」

「あ、はい……?」


 ヨルが案の定一番に挙げると、ザクロの表情が一瞬固まって、ちょっと焦った様子でやんわりと変更を促した。


「そうですね――」

「ヨル、ちょっと考えるのストップ」

「? あっ、はい」

「うむ? 何やつでござろうか」


 黒いセダンから降りてきて、こちらに向かってくるスーツの男に、ザクロとバンジがほぼ同時に気が付き、にわかに警戒する。


「ミヤコ・ニシノミヤハラさん、ですね?」

「あなたは?」

「失礼。私、クサカベ社のギョウブ・ニシタニの使いの者でして」

「はあ」


 黒スーツにサングラスの男とミヤコの間に、ザクロとバンジがさりげなく半身ほど割り込んで手を出せない様にする。ヨルはザクロの真後ろにくっついていた。


「本人で間違いないけれど、いったいなんの用だい?」

「はい。ミヤコ様がご自分の出自に関心がお有りならば、お連れしなさい、というギョウブ様のご指示がございまして」

「いや。特にはないね。知ったところでどうにかなる訳でもないし」


 ミヤコは他人行儀な笑みを作って、全く真逆の事を平然と言い放った。


「ちょっと戸籍抄本に入り用があっただけさ。観光ついでにね」


 ザクロの背後で、ヨルは口を半開きにして戸惑ったように嘘八百を言うミヤコを見るが、事前に何があっても何も言うな、とザクロに念押しされていた通りに黙っていた。


「てなわけだ。こっちも暇じゃねぇんだからとっとと失せろ。あ?」


 ずいっと前に出てきたザクロがメンチを切りつつ威嚇すると、男は連絡先だけ渡すとそそくさと退散していった。


「邪魔が入っちまったが、気を取り直して行くぞ」


 セダンが走り去った事を確認したザクロは、一転、穏やかな声で着いてこい、と腕を振りつつ言って先行する。


 路肩の駐車場に止められていた軽自動車に、盗聴器類などがないか確認してから、一行は手始めにニュートウキョウタワーへと足を運んだ。


 その背後をギョウブの手の者が尾行するが、ラーメン屋、食品ソース販売店、フライフィッシュⅡとブルーテイルのパーツ販売店、ジャンクパーツ販売店、おやつを買いに洋菓子店、と目立った動きは一切無く、全員が引き上げていった。


「やーっとご退散か。うぜえ連中だぜ」

「だねえ……」


 ミヤコが測位システムに忍び込んで、全車の位置情報を掴んでいたため、撤収を確認してザクロ、バンジ、ミヤコはうんざりした様子でため息を吐く。


「き、緊張しました……」


 一方、ずっとガチガチなのを必死に隠していたヨルは、後部座席で背もたれに身体をぐんにゃりと預けた。


「ついて回ってまでしてミヤに話をしてぇ相手に、なんであんな嘘ついた?」


 ハンドルを握るザクロは、ルームミラーでチラリとミヤコを見やりつつ、腑に落ちていない様子で訊ねた。


「祖母が遺言でね、ボクの出自を教えようとする、よく知らない相手に関わってはいけない、と言っていたんだ」

「まあ、何かしら良からぬたくらみに巻き込まれない様に、でござろうな。ミヤ殿のお父上が不明なのはちょいと潜れば調べはつくでござるし」

「この間みたいな事もあったし、そりゃそうか」

「まさか、本当にそのときが来るとは思わなかったけれどね。未来の観測装置でもつくっていたのかも」

「えっ、そんな事が!?」

「ヨル。流石に祖母でもそれは無理さ。〝ボクは科学者であって魔術師じゃあないよ〟って言っていたしね」

「そ、そうですよね……」

「そんな恥ずかしがらなくても良いぜ? 何せ説得力がありすぎるしな」


 明らかに現実的でない話に食いついたヨルは、赤い顔で小さくなるが、ザクロは、オレも同じ事思ってたしな、と付け加えてフォローする。


「それにしてもよ、あんな大人数で尾行かけるってのは、どうもきな臭ぇな」


 険しい表情で眉を寄せるザクロは、バンジにちょっと軽く探るように頼んだ。

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