ノー・ディスク・ア・コンピュータ 3
「――というわけでね……。はあ……」
「なるほど」
喧嘩煙管を手の中で弄びながら一連の流れを聞いたバンジは、かなり落ち込むミヤコの肩に無言でそっと手を置いた。
「ヨルもザクロもボクを責めないつもりだそうだけれど、人体実験気分でいたのは否定出来ないし、責任をとって艦を降りようかと思っているんだ」
「いやいやいや。貴殿、それでどうやって生活するでござるか?」
「どこかで部屋でも借りて、メカニックとしてでも勤めようかと」
「ミヤ殿」
「なんだい?」
いつかのように、かなり行き当たりばったりな事を言いだしたミヤコへ、バンジは人差し指を立てて口を開く。
「まず1つ、『政府公認技術者資格』持っているでござるか?」
「いや。でも、必要なら取りに行くよ」
「ちょうど、先週が試験日でござる」
「えっ。でもフライフィッシュⅡ(ツー)は……」
「『ロウニン』が個人的に雇う分には必要無いんでござるよ」
「なんてこった」
「では2つ。『ロウニン』の様な〝滞在民〟は住民登録しなければ居住区には住めないでござる」
「その手間は別に、なんとも思わないけれど……」
「住民登録は滞在民として、3年以上の居住実態がなければ行えないのでござる」
「おお……」
「最後に3つ。そんなを事したら、クロー殿はその辺りは不器用ゆえに、口でどう言っても悲しむでござる」
「あっ、それは大問題だね」
「うむ。クロー殿は間違いなく迎えに来る、という予告が外れれば、拙者の言葉が嘘だと思って構わんでござる」
2つ目までは真剣に諭す口振りだったバンジは、3つ目を言い出してからニヤニヤしていた。
「なんだ、ここにいやがったのか」
そして数秒も経たないうちに扉が開き、ザクロがムスッとした顔で入って来て、ミヤコへ不機嫌そうな口振りでそう言った。
「ほうら」
「本当に来た」
「なんだなんだ。元気そうじゃねぇの」
ニイ、と会心の笑みを浮かべるバンジに、ミヤコは立場上笑みを堪えながら答え、バンジの表情から何かしらを察したザクロはちょっと面白くなさそうな顔をする。
「勝手にどっか行け、とは言ってねぇだろ馬鹿」
ザクロはミヤコの頭を軽く拳で突きながらそう言い、電子ライターを手に煙草をくわえて、ミヤコからもっとも遠い窓際へ移動した。
立ち上った紫煙が、呆れるほど蒼い地球を額縁のように収める、分厚い強化ガラス窓の縁にある吸気口に吸い込まれる。
「許して、くれるのかい?」
「ヨルが許してるならな」
「それでクローは納得いくのかい?」
「……まあな。オレに決定権ねぇし」
「ヨルちゃんに言われたからか?」
「……」
メアの口調で訊かれた質問へのその沈黙は、明らかに図星である事を示していた。
「――ほうら」
「――うん。今度から気を付けないとね」
バンジの小声でのサムズアップに、ミヤコは安心しきった穏やかな笑みをザクロへ向けた。
「なんか言ったか?」
「別になんでもないでござるよ」
上半身だけ振り返ったザクロに、よからぬ気配を察知した様子のジト目で見られ、バンジは両手を広げて、なんの事やら、ととぼける。
「とりあえず今度から気を付けろ。マジで」
「ああ。肝に銘じるよ」
ビシッとザクロに指さされたミヤコは、姿勢を正してザクロへ会釈を返した。
「そこまでしなくていいんだが……。まあいい、ミヤ、なんか悩んでる事あんだろ。じゃなきゃ自分以外で実験なんかしねぇやつだろ。お前は」
ザクロは地球を背にして窓際に寄せられたベンチに座り、煙草を挟んだ指でミヤコを指してそう言ったあと、煙を吸い込んで長く吐いた。
「そうかな」
「そうだろ」
「うむ。でなければ、クロー殿が艦に乗せるわけが無いでござる」
「それもそうだね」
「余計な事を言うな。あとお前は作業をさっさと終わらせろ。後が詰まってんだよ」
「後って……。ああ、了解でござる」
予定が詰まっている、という言葉に怪訝そうな顔をしたが、バンジは意図を読み取って何も言わずにOKマークを出してアートの制作に戻った。
「悩みと……、言って良いか分からないんだけれどね」
「どうでも構わねぇ。遠慮無く言え」
「了解。実は――」
ミヤコは現在までに判明した事実を一から十まで2人へ説明した。
「はー、なるほど。そんで自分以外が使ったらどうなるか気になってたかもしんねぇと」
「そんな所さ」
「まあ不安にはなるでござるな。クロー殿みたいな無関心な人間ばかりではないでござるし」
「あ? そりゃどういう意味だ」
「別に悪い意味はないでござるよ。同じ立場になったと思って考えてみられよ」
「……はっきりしてるからだたぁ思うが、まあそうだな」
「それで危険にさらして、じゃあ許されようとは思わないけれどね」
「たりめぇだ」
少々ザクロの語気が荒くなったせいで、ミヤコは首をすくめて少し怖がる。
「……そんな怖がんじゃねぇよ。まあ、気になるなら連れては行くぜ? 生まれは火星連邦のニュートウキョウ国だっけか」
「そうだけれど、忙しいんだろう?」
「行き先が丁度そこなんだよ。運送の依頼だからすぐ終わるしな」
ザクロがチラリとバンジを見やると彼女は頷き、連絡が来たフリをしてニュートウキョウ国への運送依頼を探す。ちなみに、アートはもう完成していた。
「さて、一仕事終えたことでござるし、一服したいのでござるが」
「まあ、そのぐらいなら待ってやるか」
「ありがたい」
バンジは喫煙用具が入った、持ち手付きの箱を手にザクロの隣にやってきて、彼女の端末に発見した依頼電子書類を、どうする、と書き添えて送信した。
「……」
依頼主がジェイジェイことJ・J・フルハシで、ザクロは眉間にしわを寄せて少し嫌がったが、仕方なく、といった様子でため息を紫煙に混ぜて吐いた。
「ねえバンジ氏。これ、なんていう題名なんだい?」
ミヤコは作品を見ていたためそれには気付かず、赤い星から窓の向こうにある、地球の方へ丸いものがいくつも飛んでいく、という床面アートのタイトルを作者へ訊いた。
「『懐古と新時代』でござるな」
「へぇ……」
「……。メア、お前適当に言っただろ」
「そうなのかい?」
「バレたでござるか。本当は『マーズアタック』でござる」
「なんか聞いたことあんな……」
腕組みをして目を閉じ、あまりにも最もらしい事を言うバンジへザクロがそう指摘すると、彼女はニヤッと笑って本当のタイトルを告げた。




