ピエロ・イン・ガーベージ 5
「オイオイ。何の騒ぎだ」
火星第4市の入境ゲート前の砂地に大小様々な『ロウニン』の艦が駐まっていて、税関の入り口に出来た人だかりは、小競り合いに発展しかねないレベルの怒気をはらんでいた。
火星第4市は平坦な地形に作られた、円形の二重城壁で囲まれた都市国家で、天候の影響を受けないよう、内壁は上面を軽量の透明膜で覆って膨らませるクローズ方式となっている。
外壁と内壁の間は、入境者たちの待機場所や旅客機と防衛軍機の発着場などが置かれていて、ここは他の都市国家と同じ様に露天のオープン方式となっている。
ザクロが手続きのために艦を降りてきたが、当分入れそうにもない様子に腕を組んでため息を吐く。
「おう、クローじゃねぇの」
「ようムサシ。なにがあったんだこりゃ」
ザクロの気配に振り返った大男が軽く手を挙げて挨拶してきて、彼女はこれ幸いと返事を返して状況を確認する。
「なんでも殺人ピエロの目撃情報が証拠写真とセットであったらしい」
「なーるほど」
「で、つい今日から『ロウニン』として活動するなら一時労働ビザがいるってんで、窓口大混乱ってところよ」
「それでこの騒ぎか」
「ふざけんなコラー!」
「やるならやるで窓口増やしとけよ!」
「なんで1つしかねえんだ!」
最後方でザクロとムサシが話している間中、文句やら悪態やらが方々から飛び交っていた。
「イーグルの言う通りだったな……」
「お。お前は持ってんのか」
「なんか入管職員と巡視艇がいればもらえるってよ」
「良い事聞いたぜ」
探しに行った方が早そうだ、と挨拶もそこそこに、ムサシは自分の改造ミサイル艇に乗り込んで宇宙へ上がっていった。
ザクロはそれを適当に手を振って見送ると、あまり人が並んでいない税関窓口に並ぶ。
手続きを終えると、職員と共に積んである荷物の臨検を行う。
持ち込みが出来ない物はなかったが、ミヤコの船室に理路整然と並ぶガラクタに職員は変な顔はした。
「それで、クローは件の殺人ピエロを狙いに行くのかい?」
指定された駐艦場にソウルジャズ号をとめ、艦橋窓を開けて甲板へ出てトラックの固定を外すザクロへ、ミヤコはヘルメットを小脇に抱えて訊ねる。
「いいや。確定情報でもねぇのに食いつくほどオレぁ節操なしじゃねぇの。それに今日は休業日だって朝の時間に言ったろ?」
「うん。それはそうだね」
「ってなわけで留守番頼むぜ」
「任された」
ロープを外したザクロはトラックのエンジンを作動させて、洗濯機を降ろした後ジェット噴射で垂直離陸して地面に降りた。
「クローさんっ。私も行きますっ!」
すると、ヨルがそう大声を出しつつ、慌てて艦の横の足場を降りてきて、
「あッ! ひゃああああ!」
「うおッ! マジかよ!」
うっかり足をひっかけてしまい、転げ落ちる寸前状態の駆け足になった。
駆け寄ったザクロは何とか間に合って両腕で受け止め、ヨルがヘッドスライディングする危機を防いだ。
「あばば……」
「気ぃ付けろよ……」
「すすすす、すいません……」
ザクロが安堵のため息混じりに注意して、ヨルは二重の意味で心臓をバクバクさせながら謝った。
「……」
「……」
「……」
「……あ、あの、クローさん?」
「あー、すまん。お前、今更だけど案外細いんだな」
「私その、あんまりお肉が付かない体質だそうなので……。一応健康は健康なので……。はい……」
驚いた表情で抱きしめたまましばらく経過して、視線があっちこっちに行っているヨルがそう言うと、ザクロは彼女を離して自分の両手のひらを見つめる。
「……。行くぞ」
「あ、はい……。……?」
ザクロはまた小さく首を捻ると、横目でヨルを見ながらそう言ってトラックの運転席を親指で指した。
そんな一幕の後、第4市街を横断して郊外の北壁側ゴミ捨て場へと向かうも、
「あのねぇ。『ロウニン』として活動するには観光ビザじゃだめなわけ。分かる?」
「アタシたちゃ、別に活動してるわけじゃねえですよ」
「普通に観光してるよなあ?」
「おうよ」
「ゴミ捨て場を観光? バカなこと言っちゃいけないよ」
「ゴミ捨て場が大好きなんすよお巡りさん」
「そんなニッチな人間がこんなに何十人もいてたまるかって話だよ?」
規則を無視しているのにもかかわらず、口八丁手八丁にごねる同業者が検問で押し問答しているせいで、道路が大渋滞を引き起こしていた。
「こりゃマジで当分かかるな……」
「ですねえ……」
すでに1時間近くほとんど動かないため、いったん車列から離れて時間を潰すことになった。
「もうちょいで昼飯時だけど腹減ってないか?」
反対車線にUターンするだけでも一苦労していたせいで、コロニー標準時の11時台になっていた。
「そうですね。す――」
少しだけ、と言おうとした瞬間に豪快な腹の音が鳴り響いた。
「遠慮なんか要らねぇからな。我慢すんなよ?」
「はい……」
顔を真っ赤にして小さくなっているヨルへ、ザクロは愛おしそうに苦笑いしてそう言う。
「何か食いたいもんとかリクエスト有るなら言えよ」
「そうですね……。あ、この間行った自動販売のお店ってあるんですかね?」
「どうだろうな。そう思って見てねぇから分かんねぇけど、無ぇんじゃねぇかなぁ」
「そうですか……」
無いかもしれない、と聞いたヨルは、目に見えてがっかりした表情になる。
「……一応、探してはみるがな」
「すいませんワガママ言っちゃって……」
あまりにも悲しげで見ていられなくなったザクロは、路肩にトラックを止めて通信端末でオートレストランを検索し始める。
「別に安物のプリンターだしそんな旨いわけでもないだろうに。あれ以来ハマってんのか?」
「そうなんですっ。確かに味はそこまで良いわけでは無いんですけれど、その安っぽさが逆に味わい深かったり、
壁一面にずらっと並んだ時代をタイムカプセルにしたような、独特のレトロな雰囲気と、それをプラスアルファするちょっと薄暗い電気の具合がクセになってて」
「おう、そうか。そりゃよかった」
今までザクロが知るヨルらしからぬ熱い語りに、ザクロは圧倒されてやや困惑している様子で相づちを打った。
割とすぐに、手狭なプレハブ小屋ではあるがオートレストランを発見し、ザクロはトラックを発進させた。
『そうそう。これじゃないとやっぱり調子出ないのよね』
『こんなしょっぱい見た目のオートレストランのシケた飯がか?』
『分かってないわね。思い出とかみたいなものが記憶に染みこんだ、こういうものこそが1番美味しいのよ』
『思い出って、ろくに考えずにその――初デート? の飯に連れてきた事がか?』
『なぁに? その申し訳なさそうな感じは。私にとっては自然品のレストランに行くよりもよっぽど刺激的だったわ』
仕事で来た、とあるひなびたコロニーにあるオートレストランで、薄暗い店内には似つかわしくない、ウキウキした様子のレイはホットドッグにかぶりつく。
『でもよぉ。流石に学生の――デート? みたいなのが思い出ってのは……』
『デートって言うだけで赤くなる人がそれ言う? 今まで散々入れたり入れられたりしてるのに』
『バッキャロー! お前デカい声で言う事じゃねぇだろ!』
『私は他人の目なんかどうでも良いもの。それともな何? あなたにとっては嫌な思い出なのかしら?』
『んなわけねぇだろっ。なんだよそのしょぼくれた顔』
『冗談よ。そんな必死にならなくても』
『……絶対、それ以上の思い出作ってやっからな……』
『そう? 楽しみにしているわ』
どれを買おうか、とウキウキしながら右往左往しているヨルを見て遠い目をしていたザクロは、リキッドパイプなのに灰を落とす動きをした際の音に驚いてビクッと震えた。
「ゆっくり考えてていいぞ? どうせ時間はあるしな」
「あっ、はいっ」
そのヨルが焦って時間をチラチラ見ていて、小動物感に磨きがかかっている事を見かね、ザクロはそう言って落ち着かせた。
とはいえ、ヨルが忙しげにしている様子はあまり変わらなかった。
「――変なヤツだな。アイツもコイツも……」
ザクロは非常に小さな声でそう言って、うどんそば自販機の前で立ち止まるヨルを、窓際の1人席の椅子を逆に座って見守る。
時間帯がずれている事と、火星第4市は動植物を食料として尊ぶ人が多いせいで、他のお客は誰もいなかった。




