ガニメデ恋情 6
一方その頃、ソウルジャズ号リビングにて。
「つまりアレか。メ――アイツぁものの見事に引っかけられたってぇことか」
「まあ、そうなるね」
メア絡みでゴタゴタを抱えてるヤツはいないか、というザクロの非常に雑な相談から、元カノのマリアンヌとマフィアの関係性の情報がアリエルから送られて来た。
それを元に、ミヤコがマフィアの情報システムに潜り込んで調べた所、マリアンヌは幹部の男性と足を洗って逃げるつもりなど毛頭無く、ボスの愛人に収まる事を条件に、勝手な行動をした幹部の始末をする実行犯である事が判明した。
「何やってんだかアイツぁ。ハニートラップに引っかかる様なアホでもねぇだろうが」
ザクロはそれを聞いて、普段疑り深いバンジことメアが、ホイホイ着いていったであろう事実にしかめっ面で頭を掻いた。
「そのマリアンヌさんって、そういう事をする様な方なんですか?」
「アイツの知り合いなんか把握してねぇから知らねぇんだよなぁ……」
マリアンヌの行動に引いてはいるが、悪口にならない言い方で訊いたヨルに、彼女と全く面識のないザクロは首を捻りながら1つ息を吐いた。
「なんだかんだ言って心配なんだねえ」
「それはそうであるよミヤコくん。長年つき合いのある人間というのは、口で何と言おうとも得てして心配をするものだからね」
「……」
長ソファーに座り、うんうん、と頷いて言ったサカノウエの言葉に、ザクロは何も言わず、眉間にしわを寄せてそれが図星だったこと暗に示す。
「チッ。しゃーねえな。迎えにいってやっか……」
マリアンヌの件を聞き、あくまでもやむを得ず、といった体でそう言ったザクロは、ヨルとミヤコを見やって着いてくるかどうか目で訊く。
「ボクは留守番しておくよ。まだちょっと調べたい事があるしね」
「わ、私はお供しますよっ。……ご迷惑でなければ」
「了解。博士サンは? なんかセッティングとかいるんだろ。待ちでいいのか?」
「ハカセではなくセンセイと呼びたまえ。まあ、ここで待たせて貰うよ。どうせ老人は暇であるからね」
全員の答えを聞いたザクロは、着いてくる事を選んだヨルへ、フライフィッシュⅡの後ろに乗るように言って、エアロックの横の棚からヘルメットを手に取った。
「はいっ」
ヨルは神妙な面持ちで頷き、その下にある自分のヘルメットを取ってザクロの後に続く。
「友情は大切にするのだぞ。若人よ」
「心するぜ」
その背中に、サカノウエのふざけた様子のない重みのある言葉を受け、ザクロは手を頭の上まで挙げてそう返した。
「まあ、30近く年食ってるけどな」
「細かい事を気にするんじゃあない」
*
旧市街南側にある、元は養殖業者の施設内の小さな港に、4人は監視の目を見事に潜り抜けた、という感覚をしっかり味わってたどり着いた。
移入されたイネ科の植物で荒れ放題の敷地内へ、フェンスの金網が破れたところから侵入し、鉄筋コンクリート造りの施設内を通って地下にある隠し船着き場へと降りた。
その上にはボロい物置小屋が建っていて、外からは船着き場がある事は分からなくなっていた。
「ちゃんと鍵持ってきたの?」
「心配無用さハニー」
船着き場には左右にバラストが伸びた、卵型の白い潜水宇宙飛行艇が2隻係留されていて、幹部が持っているキーのスイッチを押すと、自動で機体後部の出入口が開いた。
「やっとここまで来たわね。なんだかあの日から随分と経った気がするわ」
「ああ。思えば、あそこで君に出会えたのは運命だったのかもしれないね」
すでに感極まった様子の2人は、抱きしめ合うと三度長い長い口づけを交わす。
もはやお役御免となったメアは、後ろを向いて煙草に火をつけ、苦々しい顔でその光景を目に入れない様にする。
「フヒッ、やっとこんな辺境からおさらば出来るぜ……」
一方、船を起動しているバーテンはというと、マリアンヌからは幹部を利用して足抜けし、逃亡先で一緒に生活しようと約束されていて、だらしないニヤケ顔を浮かべていた。
そんな状態の為、マリアンヌの目が恐ろしく冷たい色を帯びている事など、誰1人として気が付かないまま出航の時間がやってきた。
「じゃあ行こうか」
「ごめんなさい。先に乗っていて? ちょっとお花摘みがしたいの」
「そうか。じゃあお先に」
幹部はマリアンヌの言葉を一切疑う様子もなく、左側に係留されている方の船に乗り込んだ。
するとバーテンは彼女と視線を交わして、右側に係留されている方へと乗り込んだ。
それを確認した後、マリアンヌは小型の実弾拳銃を懐から抜いた。
後ろを向いたままのメアはその事に気付けるはずもなく、
「ねえメア」
「おう。礼なら――」
無警戒なまま振り返って、マリアンヌが構えていたそれで胸を撃たれた。
「な……、んで……?」
メアは驚愕の表情で目を見開いたまま、ぐらりと姿勢が崩れて仰向けにひっくり返った。
それと同タイミングで、幹部が乗っている方の船のハッチが閉まって小さな爆発音がした後、泡を立ててそれはぶくぶくと沈み始めた。
「なんで? そんなもの、あなたが信用出来ないからに決まってるでしょう? どうせ金さえ貰えばいくらでも話すし、ザクロちゃんにも話すつもりでしょう?」
「そんな、こた……」
マリアンヌは胸を押えて脂汗をかくメアへ、不快害虫を見る様な目を向けてそう言うと、バーテンの男が待つ船へと一瞥もくれずに乗り込んだ。
メアが気を失う中、2人の乗る船は潜行して幹部の様子を確認すると、水に満たされた船内で彼は手足をだらりとして力なく沈んでいた。
「上手く行ったわね」
「はいっ! 行きましょうぜ姐さん!」
仕上げが近いためニィ、と口の端をつり上げるマリアンヌと、興奮した品のない笑みを浮かべるバーテンを乗せた船は、人工湖の中を音も無く出航していった。
それから数時間後。
「う……」
埃とカビの臭いがする、裸電球1つに薄ぼんやりと照らされた船着き場で、倒れていたメアの手がピクリと動き、間もなくゆっくりと目を開けた。
メアはゆっくりと胸元の辺りを探り、首にかけたネックレスを引っ張り出す。
「コイツのおかげか……」
その先に付いていたのはドッグタグで、22口径の弾丸をへしゃげた状態でめり込ませて受け止めていた。
『ほいメア。『ロウニン』デビュー記念だ。これやんよ』
『何だよ軍人でもねえのにこんなもん』
『いつ死ぬか分かんねぇ稼業だ。せめて骨ぐらいは拾ってやるってこった』
『なにかっこつけてんだ。顔真っ赤じゃねえか』
『うっせぇ。流せバーロー』
それは、数年前ザクロがプレゼントした物で、彼女の洒落でコクピットの防弾に使われる軽量超合金素材が用いられていた。
「は。守護天使っていう柄でもツラでもねえクセによ……」
親友のおかげで命拾いをしたメアは、苦笑いを浮かべてそう独りごちた。
「誰が守護天使だ。気色悪いこと言うな」
だが、その独り言にホッとした様子の答えが返ってきた。
「いよいよやべえな。幻聴まで聞こえてきやがる」
「お望みならそういうことにしてやろうか?」
引っくり返ったまま冗談を言うメアの視界に、腕組みをして笑えない冗談をかます彼女を、呆れ顔で見下ろすザクロの姿が映った。
「いたならこう、必死な感じで手とか掴んでろよ」
「ガッツリ息してるヤツにんなもん要らねぇだろ」
「あっ、見付けた瞬間は焦って駆け寄られてましたよ」
「余計な事言うなヨル」
「ほーう? 嬉しいじゃねえの」
「いつまで寝てやがんだ起きろアホ」
「あー、これは骨折れたかなー」
「ええっ」
「折れてるヤツぁ悠長に喋れねぇぞ。おら立て。マジで置いて行くぞ!」
なんだかんだ言いつつもザクロはメアへ手を差し出し、彼女はそれを掴んで立ち上がった。
「なんでここが?」
「様子がおかしいからホルスターにパッシブの発信器付けたんだよ」
見てみろ、と言われたメアが、ショルダー右のホルスターを確認すると、黒いガムのような物が貼り付けられていた。
「んなもんにすら気が付かねぇとか、お前相当マリアンヌとかいうのに執心だった様だな」
「は?」
「悪く言うなとかいうか? ぶち殺されかけてんだぞテメェ」
今からそいつの本性を教えてやんよ、と言ったところで、
「――ヨルッ!」
「ひゃあッ」
「うおっ」
水中に沈んでいた船が突然爆発し、ド派手な水柱と振動を発生させた。
「はー、なるほど? そもそも逃がす気なんか一切ねぇと」
「あわわわ……」
とっさにヨルへ飛びついて彼女もろとも伏せたザクロは、後ろを横目で見ながら口をへの字に曲げて哀れむ。
「……どういうこった」
メアは伏せたまま、爆発に驚いた上にザクロとの顔の距離が近く、パンク状態のヨルには目もくれずザクロへ説明を求めた。
「とりあえず、ここからトンズラしてからだ。証拠隠滅に来るかもしんねぇしな」
フライフィッシュⅡに乗り込んで、ブルーテイルを回収に向かいつつ、ミヤコがハッキングして得たマリアンヌの本性と計画をザクロは説明した。
「アタシがとんだマヌケだ、ってのは良く分かった……」
「信じたくはねぇだろうが、まあ、狐につままれたとでも思って諦めろ」
「おう……」
マリアンヌが完全に変わってしまった事を知り、体育座りのメアは頭を抱えて深々とため息を吐いた。
「それはそれとして――荷台は流石に狭いんだが」
「ちょっとの辛抱だ我慢しろ」




