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ガニメデ恋情 4

「さーてと」


 メールの送信完了を確認するとザクロは外に出て鍵を閉め、


「いやあ、それにしてもだ。私が1番長生きしてしまうとはねえ。やはり私は善人ではなかったらしい」

「そ、そんな事は……」

「この人、いつもこんな事言うから真に受けなくていいんだよ」

「うむ。ヨル君とやらは今時珍しいほど純粋と見えるな」


 櫓足場の上で世間話をしている、ヨル、ミヤコ、サカノウエから少し離れた位置から、リキッドパイプをくわえてややくたびれた市街地を眺める。


「やや? 彼女が諸君らの救いのヒーロー・クロー君かい?」


 あっはっは、と高笑いしていたサカノウエは、そんなザクロに気が付いて2人に訊ねた。


「はいっ」

「うん。そうだよ」

「……お前ら、オレのことそう説明したのかよ?」


 猛烈な違和感を覚えたザクロは、ついリキッドパイプを吹きだして地面に落下させてしまった。


「えっ、事実じゃないですか」

「あなたがいなければ、ボクらはろくな事になってないしね」


 2人の純粋な畏敬の念とミヤコの言う事実に、ザクロは心底居心地が悪そうな様子で背を向け、新しいリキッドパイプを取りだした。

 

「気恥ずかしくて悪ぶりたくなるのは、いつの時代も変わらないものだねぇ」

「先生も一緒ですものね」

「やかましいぞミナ君」


 感慨深く頷きながら言ったサカノウエへ、ミナと呼ばれたボディーガードがくすりと笑いながら言い、彼女に渋い顔をさせる。


「……そんな事はまあいい。ミヤコ君、例の物を見せてくれたまえ」

「ああ」


 話を変えてきたサカノウエに催促され、ミヤコはアタッシュケースを開き、コントローラーで黒い球体を宙に浮かび上がらせた。


 それを頭上に浮かべつつ櫓から降りると、ユニークな挙動の数々を実際に見せると、サカノウエは童心に帰った様にそれを夢中で見つめていた。



                    *



 ザクロ達から離れて行動するバンジことメアは、ソウルジャズ号の泊まっている場所のちょうど反対側にある水上駐艦場エリアへとやって来た。


「これは随分とまた……」


 設備が旧いため停泊している大小の艦船は数が少なく、かつて賑わっていた岩山に張り付くような街は、無機質ですすけた様な灰色をした、四角い建物が地形に沿って建ち並んでいた。


 広大なダムでもある城壁に囲まれたガニメデ第1市は、ノコギリ状の山を挟んで、研究施設や大学などのある新市街と、メアがいる全く真逆で治安の悪い旧市街地域に分かれている。


 道ばたで一斗缶のたき火に当たる無気力な浮浪者がボンヤリと座っていて、その視線の先にある港湾施設で養殖しているクローン魚を水揚げする老人がいた。


 やる気なさげな警官がいる、交番の前の駐機場にブルーテイルを停めるとメアはパイロットスーツの上にボロ切れをまとって、そのひび割れが目立つ路地へと入っていく。


 ちなみに、ガニメデ第1市警は新市街だけを管轄していて、マフィアは談合によって旧市街の支配権を完全に掌握している。


 第1市域中心にそびえている山の陰のせいで、薄暗くなっている細い路地には、酔っ払っているのかそれ以外なのか分からない、男女がぐでぐでの状態で呻きつつ蠢いていた。


 メアはそういった住人達を避けながらゴミだらけの路地を進み、街の上部の傾斜がキツくなり始める地点にやって来た。


「ここか……」


 そこにあったのは、みすぼらしすぎて営業しているのか分かりにくい、〝マリー〟という店名のバーだった。


 ドアの横にあるネオン看板はあちこちが破損していて、筆記体のシンプルなそれには明らかに点灯する様子はない。


 メアは躊躇ためらう事無く、ギリギリ体裁を保っているボロい店内へと入り、


「やってるか?」


 カウンターの中でグラスを磨くバーテンの男性へそう呼びかけた。


「開店前だ。勝手に入ってくるんじゃない。出ろ」

「ちょっと人を探していてな」


 バーテンは邪険そうに顔をしかめて追い出そうとするが、メアはまるで気にせずカウンターの前までやって来た。


「マリアンヌ・アリソン、という人を知らないか?」

「……」


 事前にここが尋ね人の経営する店だ、という情報を掴んでいた事は言わずにそう訊いたメアに、バーテンは無言で懐から実弾拳銃を抜いたが、


「おうおう。穏やかじゃないな」


 彼女はすでに大型のビーム拳銃を抜いていて、その上に狙いまで済ませていた。


「どこでその名前を聞いたっ。誰の差し金だ女」

「まてまて。別にオレは危害を加えようって訳じゃない」

「仮にそうだとしてもお前に教える事はなにもない」

「でも銃を向けてくるってこた、何か知っているだろ?」

「なにもないと言っているだろう」

「ちょっと何の騒ぎ?」


 メアとバーテンが押し問答していると、カウンターの更に奥の扉から胸元が大胆に開いたイブニングドレスの女性が、小型の実弾拳銃を手に怪訝な表情で現われた。


「ようマリア。変わんねえなお前も」

「……え、メア?」


 騒ぎの原因であるメアへ、マリアンヌは彼女の長身を苦々しい顔で見てそう言う。


「何しに来たの? ヨリなら戻さないから。あとマリアって呼ばないで」

「んなことは言わねえよ。お節介を焼きに来たってところだ」


 トゲのある言い方をされてもまるで堪えないメアは、パイロットスーツの上に着たジャケットの懐から折りたたんだアナログ書面を取り出しマリアンヌへ見せた。


「――アンタこれ、どこから仕入れたわけッ?」

「贔屓の業者とでも言っておく」


 その書面を見たマリアンヌは、キッ、と睨んでとぼけるメアへ銃口を向ける。


「そこのバーテンにも言ったが、オレは誰の差し金でも来てねえ。強いて言うなら自分のそれだ」

「……まあ、アンタは誰かの手足にはなれないでしょうから、信じておいてあげる」


 あっさり警戒を解いた事に対して、バーテンがやんわり咎めるか、マリアンヌはろくでなしだが腕が立つし嘘は吐かない事をバーテンに説明した。


「ろくでなし、とはご挨拶だな」

「しけ込んでるときに別の女の話をするのはろくでなしで十分。ザクロさんとやらは元気してるの?」

「アレとはそういう関係じゃねえんだけどな。言うならば特別太い腐れ縁――」

「その事を言ってるって気が付かないわけ? なにが楽しくてプレゼントを自慢されなきゃならないの」


 メアが全部言い切る前に、マリアンヌは彼女へ氷を投げつけつつ割り込んで、つばを吐く様にそう言った。

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