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はぐれ狼のアリア 7

                    *



 アリエルにオギノメの身柄を預けたザクロは、ソウルジャズ号に帰って一部始終を話し、ゲートが運用時間外のため、ひとまず作戦決行は明日に持ち越す事となった。


 その翌朝、ソウルジャズ号はガニメデ上空で『ウルフバック宇宙海賊団』の艦を待ち構えていた。


「そんな回りくどい事をするなんて、本当に彗星すいせいが降って来るやもしれんでござるな」

「やかましい。お前は早く艦橋に戻れよ。発進できねえだろ」

「おっと、すまぬ」


 レーダーが接近を探知し、フライフィッシュ(ツー)のコクピットに座るザクロへ、ついてきていたバンジが冷やかしをして彼女を軽くイラつかせた。


 バンジが格納庫から出て行って、隔壁扉が閉まった事を確認すると、ザクロは風防を閉めて発進シークエンスを開始した。


 作戦は単純で、ザクロが駆るフライフィッシュⅡで、やや大型の敵艦・スーパーウルフバック号の航行・戦闘能力を乗員ごと奪い、ソウルジャズ号のロケットアンカーで繋いでガニメデ事務局まで連行、というものだ。


 スーパーウルフバック号は、ごく一般的な葉巻型の戦闘艦で、上面と下面にそれぞれ主砲の旋回式2連装メガクラスビーム砲が2門ずつ装備されている。


「おい、ヨル」

「あっ、はいっ」


 ブザーが鳴ってソウルジャズ号正面の隔壁が開き、カタパルトで射出される間際、ザクロは無線でヨルに呼びかけ、


「仕上げの段になったら頼むぜ」


 発進直後にそう言って、右方向へ機体を1回転ロールさせながら、ゆっくりとコロニーへ近づいて行く、スーパーウルフバック号の下面後部の位置についた。


 構造上、そこは最も対空の弾幕が薄く、機体が小さいフライフィッシュⅡには当てるのがかなり難しい位置になっている。


「おいそこのクソダセえ名前の運送会社ー。『ウルフバック宇宙海賊団』で合ってるかー」


 名乗る名などない、とばかりに、ザクロは全ての段取りをすっ飛ばして、スーパーウルフバック号に無線で呼びかけた。


 船体にはカモフラージュのために、『オイヌサマ物流』という塗装がされていた。


「素直に降参するなら悪いようにはしねぇぞー」

「降参する!」

「そうだよな。する訳ね――は?」

「降参するッ! 今団長放り出すから見逃してくれッ」

「は?」


 拒否して戦闘に突入するとばかり思っていたザクロは、船外服を着た状態の男・ヒデトモ・ガルベス現団長が、実際に機体後部から放り出された様子を見て唖然としていた。


「……まあ、もうあのコロニーに近寄らねえなら好きにしろ。手前らみたいな雑魚捕まえても手数料でトントンだからよ」


 拍子抜け、といった様子のザクロだが、とりあえず、ご丁寧にワイヤーで縛られてフックをかける輪まで付けられたガルベスを、ソウルジャズ号格納庫上の船首に格納されているハンドアームでヨルに回収させた。


「ありがとうございます!」


 非常に情けない声を出す現副長だった船員は、船体を小惑星帯の方向へ向けて一目散に逃げていった。


「いやー、燃料ガス代の無駄になったでござるなぁ。クロー殿」

「マジでそれだ。いろんな意味で元も取れりゃしねぇ……。――ヨル、誘導頼む」

「あっはい!」

「ヨル殿、それフロントライトのスイッチでござるよ。これを押すでござる」


 それを見送ったザクロは、眉間にこれでもかとシワを寄せてヨルに誘導ビームを発射させた。


 ややあって。


 『RW-99』にある事務局へガルベスを引き渡し、大した額にもならない報酬を受け取ったザクロは、オギノメが待機しているアリエルの事務所へやってきた。


「あー、なるほどね……」


 事務局に運ぶ最中の片手間にガルベスを尋問し、得られた答えをザクロから聞かされたオギノメは、なんとも言えない渋い顔をして一言そう言った。


 宇宙海賊団がチンケなチンピラ格に落ちた理由は、オギノメの偽装死の際、戦闘要員の主力がモチベーションを失って相次いで自首し、実質戦闘要員が1人もいなかったためだった。


 ちなみに、ガルベスが放り出された理由は、団員へ恐怖政治的な振る舞いを行っていて、精神的に限界が来た団員多数にクーデターを起こされたためであった。


「カリスマで持ってた組織ってぇのは、こうももれぇもんなんだな」

「うん。自分でも驚いたし絶望したよ。みんな、理念なんてどうでもよかったんだね……」


 長いソファーに座っているオギノメは、幻滅した様子で虚無感を目からにじみ出しつつ、力なく身体を横たえてしまった。


「『ロウニン』さん、なんかもう疲れちゃったよ……」


 身体は起こしたが、オギノメはすっかり燃え尽きた様な無気力さで、痛々しい笑みをザクロに向ける。


「じゃあ行こうか。ちゃんと罪を償わなきゃ……」

「……」

「……? どうしたんだい? 早く連れて行っておくれよ」

「――おめえ、本当にそれでいいのか?」


 オギノメに背中を向けて腕組みをし、怒るでもなく同情するでもない声色でザクロは彼女に問うた。


「……いいさ」

「ユノ・オギノメは良いかもしれねぇが、マキ・ハギワラはどうなんだよ。今更、手前を慕ってくれる連中を投げ出せるのか? まだマキ・ハギワラは必要だろうが」

「……いや、普通に考えてそうもいかないじゃないか」

「普通とかじゃなく。おめえの意思はどうだっつってんだよ」

「……。……投げ出せないし、まだ必要だとは思う」

「最初からそう言えっての。――まったく、なんで自分の意思を1回隠すんだか……」


 後半部分をかなり小さな声で言ったザクロは、少し離れた所でアリエルのペットの黒猫と遊んでいるヨルをちらっと見やった。


「後ろなんて?」

「なんでもねえ。アリエルはすっこんでろ」


 だいたい意図を察してニヤッとしたアリエルに、ザクロはやや不愉快そうな様子で顔をしかめた。


「でもそれじゃあ、あなたへの報酬が……」

「ガルベスの分のアレでいい。弾薬全然使ってねぇしよ」


 ザクロは一度もオギノメを見ること無く、ヨルに帰ることを呼びかけてから、懐から出したリキッドパイプをくわえた。


「罪滅ぼしはよ、『ウルフヘッド』が生き返るまでは先送りしとけば良いんじゃねぇの?」


 名残惜しそうに黒猫を見ているヨルを連れ、事務所の執務室から出ていく間際、ザクロは適当な調子でそう言って重いドアを閉めた。


「――彼女はさ、理不尽な世界のせいで擦れちゃってああいう風になってはいるけれど、根っこは昔のあぶれ者に優しいザクロちゃんのままなんだよね」

「そうか。……私も元はそうだったはずなのに、どうしてこうなっちゃったかな……」

「間違うことだってあるよ。――だって人間なんだから」


 くるぶしに頭をこすりつけてくる愛猫を抱き上げたアリエルは、自らの両手を見つめて自嘲する()()()()へ自虐混じりに優しくそう言った。



                    *



『やっぱりあれじゃ、足りなかったんでしょう?』

『んなこたねぇよ』

『私、そんなに子どもじゃないわよ。コロニーへの移民費とか、船の改装費とか戸籍の捏造ねつぞう費が金塊の価値よりかかっているの知ってるんだから』

『だからなんだよ。お――レイが気にする事じゃねぇだろ』

『そうはいかないわ。仕事には適正な金額を払うべきだもの』

『金持ってないヤツに請求できるかよ。出世払いって事にしとけ』

『じゃあ書面で証拠を――』

『ええい! 真面目過ぎんだよッ』




「クロー殿ー、着いたから手続きを頼むでござるー」

「うーい……」


 『NP-47』に戻るまで、船室の長ソファーで寝ていたザクロは、バンジにゆすり起こされてのっそりと起き上がった。


「毛布なんかかけたっけか……?」

「ヨル殿でござるよ。さ、早く」

「おう、そうか……」


 その際、自分の身体にかかっていたブランケットが床に落ち、寝ぼけ眼でそれを拾って座面に戻し、ヨタヨタと艦橋に上がっていった。


 ややあって。


「あーあ、やっぱり出頭させときゃ良かったぜ……」


 駐艦場に艦をつけたザクロは、昼食にパンとソーセージのみのライク品ホットドッグを囓っていた。


 フライフィッシュⅡの燃料代と、ソウルジャズ号のエアフィルター代と係留代の支払いで、ガルベス捕縛の報酬を使い切ってしまい、切らしていた植物のソースはまた先送りになった。


「カッコなんかつけるもんじゃねえなぁ、やっぱりよ……」


 うだうだと言いつつも、その表情は妙に清々しげであるザクロへ、隣でブロックタイプの完全栄養食を食べているヨルが何も言わずに微笑みかけていた。

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