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はぐれ狼のアリア 2

 ややあって。


「さてと、拙者はいろいろと準備がある故、失礼するでござるよ」


 ベンチに座ってもう一服だけしたバンジは、灰を捨てると煙管きせるを服の中にしまい、おもむろに立ち上がって隣で立って吸っているザクロに申し出た。


「おう。出発は明日の朝ぐらいで良いか?」

「うむ」


 それでは、と言って顔の高さで手を挙げて、また反対側で不満顔をしていたヨルにそれを小さく左右に振った。


けえるぞ。じゃねえや、その前に晩メシの買い出しだな」

「はい……」


 バンジを見送ったところで、ザクロは煙草たばこを灰皿で潰して立ち上がり、付いてこい、とヨルへ手を振った。


 機会の駆動音が鈍く聞こえる、下が金網のやや薄暗い通路に、2人分の間隔が違う硬質な足音が響いている。


「どうした。んな人にぶつかってソフトクリームでも落としたみてえな顔して」


 むすーっ、とした顔で後を付いてくるヨルに、それを横目で見ながらザクロは理由を尋ねる。


「バンジさんとは、どういったご関係なんですか……っ」


 モヤモヤする感情を抑えきれず、ヨルは彼女としては少し険しい顔でザクロに訊ねた。


「メア? アイツはオレの幼馴染みだが」

「へっ?」

「つっても、別に家が隣同士で友達になったぐらいのもんだぜ?」


 よろしくやってるとかはねぇから、とヨルの表情に納得がいった様子で小さく首を上下させ、そう言ったザクロは少し笑いながらそう言った。


「なぁんだ……」


 と、漏らすようにつぶやいたヨルは、自分が何で安心しているのか分からない、という様子で目をパチクリさせていた。


「思えば昔から妙なヤツだったな。ずっと用水路を覗き込んでたり、公園の真ん中で引っくり返ってたり――」

「なるほど……」

「その場所での思い出ごと全部無くなっちまったが」

「そう、ですか……」


 懐かしそうな表情と声色でそう言うザクロは、同時に沈痛の表情をしていて、ヨルはそれ以外は何も言えなかった。


「前も言ったが、別にお前は気に病むなよ」


 ガキの頃は何も出来やしなかったんだからよ、と振り返らずにザクロは言い、火を付けないままに1本煙草をくわえた。


「辛気くせぇ話はこの辺にしてだ。ヨルお前、晩メシ何が食いたいんだ?」

「クローさんにお任せします。ホットドッグでも構いませんよ」

「……いや、流石にそれ以外にすっから」

「じゃあピザですねぇ。なに風にします?」

「オレぁ、まだそんな偏食のイメージか……」

「あっ、いえっ、その……」

「あーいや、キレてはねぇから。オレがいい加減すぎただけだ」


 薄暗い通路を抜けた2人はいつもの様に誰もいない、人員輸送システムのプラットホームで、そんな事を話しながら小型ゴンドラを待っていた。


 『中央』区画の商店エリアに移動して、馴染なじみの店でライク品プリンターのソースを購入ようとしたザクロだったが、


「おいクロー、金入ってねえぞ」

「あん?」


 端末にはクレジットがほぼスッカラカン状態になっていた。


「……あー。この前、煙草山ほど買ったなそういや……」

「そこにチャージャーあるから入れてこいよ」

「口座にもねぇんだよこれが」

「お前にしちゃ珍しいじゃねえの」

「うっかりしてた。すまんヨル」

「あっいえ、私は構いませんからっ」


 頭をかきつつため息を吐いたザクロが、どこまでもバツが悪そうに謝る様子を見て、ヨルはわたわたと顔の前で両手を広げて言った。


「クローが謝るなんざ、彗星すいせいでも降ってくるんじゃねえのか?」

「じゃかぁしぃ」

「おおこわ」


 キョトンとした様子で冷やかしてくる店主に、にらみを利かせてそう言ったザクロはひとまず手持ちの額で買える、1週間分のヨルが食べる完全栄養食の箱をカウンターに置いた。


「お困りの様だね」

「お、艦長。見ての通りだ。ちょっと金貸してくれ」

「あっ、大統領。どうも」

「クロー。残念だけど、係留代を待ってあげる事しか出来ないんだ」


 会計を終えたところで、デューイがぬっと入ってきてザクロにそう言った後、大統領は止めてくれよ、と顔をちょっと赤らめて店主へ言った。


「マジかよ艦長」

「決まりだからね。僕が守らないのは流石にマズいからさ」

「へいへい……」


 意気消沈の様子で俯くザクロは段ボール箱だけを小脇に抱え、ヨルを引き連れて店を後にした。


「すいません……。財産とか何も持ってきて無くて……」

「止めろヨル。てか、よしんばお前に財産があったとしても、オレがそれに頼るのはなんかアレだろ」

「すいません……」


 そこまではしょぼくれていたザクロの表情だったが、


「――それに、オレぁいつ死ぬか分かんねぇ稼業してんだ。おめえの金に手ぇなんか出せるかっての」


 ややぼそっとした調子でそう言ったザクロのそれは、ヨルの将来への心配にしかめられていた。


 その声は、言うと同時に通りかかった、火星出身アーティスト新譜の発売を知らせる街宣車の爆音にかき消された。



                    *



 翌朝。ザクロ、ヨル、バンジを乗せたソウルジャズ号は、規則的に点滅する赤いブイに沿ってガニメデ方向へと航行していた。


「しかしまあ、あんなにそこら中ヤニくさいのが名物だったこの船が、まさかの完全分煙になっているとは驚いたでござるな」


 船室から艦橋に喫煙しに入ってきたバンジは、感心した様子でそう言いながら、甲板に出るステップに腰掛けて煙管の煙草の葉に火を付けた。


「名物とはなんだ。ヤニ吸わねぇヤツが乗ってるなら当然だろうが」

「まさかあのクロー殿からそのような言葉を耳にするとは」

「おいおいおい、まるでオレが傍若無人に振る舞ってるみてぇな言い方はなんだ」

「ま、まあまあお2人とも……」


 1等航宙士免許の実技試験に向けて、ザクロに補助してもらいながら操縦していた、いつものヘルメットを被るヨルは、語気が強い2人の会話に仲裁のつもりで割って入った。


「でけぇ声で喋ってるだけだから心配いらねぇよ」

「そうそう。喧嘩してるわけではござらんよ」

「あっ、なるほど……」


 ちょうど自動航行可能エリアに出たので、操縦をザクロに変わったヨルは、ザクロの表情が極めて朗らかな事に気が付いた。


「――って、おや?」


 助手席にヨルが座っている事に、バンジはあまりにも自然に収まっていたために今になって気が付き、ザクロと彼女を交互に見やった。


「別に座ったっていいだろ。乗員なんだからよ」

「まあ左様でござるが……」

「あっ、クローさん。疲れたのでちょっと船室で休んできますね」

「おう。ゆっくりしてこい」

「はいっ」


 顔からぐったりした様子が見えるヨルは、そう言って立ち上がると伸びをしてバンジへ小さく会釈し、船室へと続く金属製の階段から下りていった。


 その階段は、船室と艦橋間の隔壁が閉まるとステップと手すりが畳まれ、船首部分にあるフライフィッシュⅡ(ツー)格納庫との壁に収まる様になっている。


「煙草買いまくったのが原因ではなく、この改修費で飛んだんでござるな」


 助手席の横にある窓の縁に腰掛けたバンジはサングラスを額に上げて、猫の様に大きくクールな黒い瞳をニヤニヤした顔と共に見せた。


「なぁにテメエ人の船の倉庫を見に行ってんだ」


 それに顔をしかめつつ、ザクロは艦橋の空気清浄装置の出力を上げた。


「で、煙草の件は誰から聞いた」

「直接でござるよ。拙者、あの店の住居スペースを間借りしているのでござる」

「まーたおめえアパート追い出されたのか。ちゃんと払えよ」

「うむ。流石に昼間であっても、般若心経はんにゃしんぎょうガニメデ・デスメタルをかけてデッサンするのはダメでござった」

「家賃以前の問題じゃねぇか。あんな不気味なもんかければそうなるだろ。アホかお前」

「はっはっはっ。大家殿に全く同じ事を言われたでござるよ」


 全く悪いと思ってなさそうなバンジのドヤ顔に、ザクロは頭が痛そうに眉間に手をやって、彼女と同時にくわえ煙草の煙を吸った。


「しかしまあ、まるでお姫様扱いでござるな。ヨル殿に対しては」

「……オレが面倒見てやらねえと、アイツのけえるところはねぇからな」

「オレも加担して潰しちまったわけだし、でござるな?」

「勝手に代弁すんな。……まあ、後ろめてぇってのは確かだけどよ」

「――レイ殿の件に対しても?」

「――うっせえ。宇宙に放り出すぞ」

「すまんでござる」


 苦虫をかみつぶした様な顔でそう言って、ザクロは物憂げな紫煙を吐いた。


「……」

「……」


 それ以降、お互い何も言わず淡々と煙を吸ったり吐いたりを繰り返す、2人のいる艦橋窓の左右を赤いブイの光が流れていく。

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