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ロウニン・ソウルジャズ  作者: 赤魂緋鯉
第16話 バースデーを歌って
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誕生日会における規模と幸福感の関係性について 2

「……名前、どうしたら良いんでしょうか……」

「とりあえずそれはニュートウキョウに帰り着いてからで良かろう。な、お祖母ちゃんよ」

「そうそう。――お祖母ちゃんっていう年でもないんだけどね」


 お祖母ちゃん、と言われて、小さく肩をすくめたミヤビは、ちょっとむずがゆそうにクスッと笑った。


「それよりもだ、もっと我々には議論すべきことがあるだろう? 出自をこの子や関わってくる者にどう伝えるか、というな。私は伝えなくても良いと思うが」

「そんな曖昧にする事を是とするなんて、センセイ氏にしては珍しいじゃあないか」

「未だいわゆる〝試験管ベビー〟に対する偏見が払拭されたとは言えないのだ。それがデザイナーベビーならばなおさらだ」


 一度ひとたびこの子が話してしまえば、ただでさえ集団の中で浮く、と予測される彼女はたちまちいじめの標的になってしまうだろう、と、サカノウエは気がかりな様子でしかめ面をする。


「結局のところ、自己と他者の差にいつかは気がつくんだ。なぜ違うのだろう、という疑問は、きっとこの子を追い詰めてしまうんじゃあないかい? なんなら、自分でたどり着く可能性だって極めて高い確率で考えられるしね」


 他人はともかくこの子には最初から言った方がボクは良いと思う、と言うミヤビも、普段の朗らかさを無くしてサカノウエと同じ表情をしていた。


「それは一理ある。が、自分に過剰な期待をかけて、苦しくなる事も考えられるではないか」

「まあ確かに、編集したところで、完全にその通りに発現するとも限らないけれどもね……」

「まて。これだと埒があかない。キョウコ君の意見はどうだ? というより、最終的にどうしたいかは君に委ねるべきなのだよ」


 平行線になりつつあった会話を、サカノウエは掌を少し突き出しつつやめ、母親としての意見をキョウコに訊く。


「そうですね――。私は、この子が自分でたどり着こうとしたとき、知る覚悟があると思ったら、がベストだと思います。きっと、この子は受け入れることができるはずです」


 目が覚めたミヤコが、保育器の中で伸ばしてくる手を人差し指に掴ませつつ、ほんの少しだけ間を空け、キョウコは無邪気に笑っている娘へ目を細めながら願うように言う。


「うむ、それが良いだろうな」

「受け入れられる様に、ボクらも頑張らないとね」

「貴殿の教えはなんだか爆発に繋がりそうだからな。私がしっかり視ておこうではないか」

「ありがたいんだけれど、流石にもう爆発はしないから……。多分……」


 こくん、と1つ頷いて、気合い十分に眉を寄せていたミヤビは、ガクッとしてサカノウエに容赦なくそう言われて苦笑しながら、最後の一文を小さくつぶやいた。


「で、他人に言うのはどの範囲までにしょうか?」

「ユキノ君をボーダーとした内々までで良いだろう。社員には言う必要はなかろうよ」

「うん。まあ、教えてもボクの孫っていうだけで、彼らはむやみに情報をばら撒いたりしないと思うけれどね」

「だな。その点は普段の貴殿の統率力的に間違いなかろう」


 とミヤビの意見に同意したサカノウエは、楽観的にそう言って高笑いしたが、


「水くさいですよ社長」

「相談していただければ、いくらでもご協力しましたのに」

「突貫でやったのでクオリティがアレで申し訳ないです」


 自らの母が言っていたことを聞いていたユキノ・モロボシが、特別な遺伝子の子が妹みたいになる、と何人もの社員に悪意無く触れ回っていて、ほぼ社員全員が把握してしまっていた。


 食堂をいろいろな装飾で飾り付け、即席のゲートフラッグまで作って、当の少女ユキノと社員一同がミヤコを出迎える光景に、サカノウエは大いに頭を抱えた。


「あのねえユキノ君。1人の人間の出自というものは、そう軽々しく言いふらしていいものではないのだよ?」

「は、はい……」

「あの連中だから口は堅いのは間違いないが、もし、たちの悪い人間であった場合、面白おかしく書き立てて、あの子に生涯しようがいにわたって影を落とし、ひどい苦痛を味わう事だってあるんだぞ」

「えっと……?」

「10歳の子にそんな言い回しして分かるわけないでしょ。ミヤビの感覚で話さないの」


 小会議室に母親のマアズと共に呼び出したサカノウエが、くどくどと険しい顔をして説教するが、ユキノが完全について来られなくなってまばたきを繰り返している様子を見て、見かねたマアズはサカノウエを窘める。


「ユキノこっち向いて。ユキノが恥ずかしかったり嫌なことをね、勝手に他の人に話されてね、それがすごく良い事だから、ってクラスのみんなに知らされたらどう思う?」

「……や、やだ」


 困惑していたユキノの両肩にマアズは両手を置いて、少しだけ険しい顔で怒鳴らずに訊ねると、ユキノは一瞬で赤面して首を横に振った。


「でしょ? ユキノがやったのはそういう事なの」

「わ、分かった……。ごめんなさい……」

「謝る人はお母さんでもユミおばちゃんでもないでしょ?」


 うん、と頷いたユキノは部屋から急いで出て行き、歓迎会の会場へと走って行った。



                    *



「――と、いうことがあってな。それでヤツが、ものすごく楽しかったから隙あらば派手にやろう、と家訓にした訳だ。曰く、〝誕生日会は規模が大きいほどその人の人生は幸せだってことだよね〟だそうな」


 前のめりになって息を飲んでいたミヤコとヨルは、極めて浅い理由にガクッと突っ伏す動きをした。


「ええ……」

「……本体は結構軽い動機なんだね?」

「それはそうだろう。知っての通り、楽しければ割と何でもいいと思っている程度に、あやつは適当であるからな」


 おどけた様子でにやりと笑っているサカノウエに、確かに、とヨルと共に困惑していたミヤコはクツクツ笑いながら同意する。


「――時にヨル君」

「あっ、はいっ?」

「君はおそらく、あやつが冷酷な一面を持つ科学者だ、という流言を耳にしたことがあるはずだ」

「あり……、ますね」

「だがそんな事は無いのだ。いつだってあやつは、誰かの笑顔の為になる発明を考えていたのだからな」


 誰が言いふらしているのやら、とサカノウエは腕を組み、渋い顔をして首をひねって言う。


「さ、ぼちぼち新しいケーキも届く頃だ。私達はもうしばらくいるが、君たちは行くと良い」

「わかった」

「ではお先に……」


 組んでいた腕を解きつつ、サカノウエがドアを目線で指して促すと、ミヤコはこくんと、ヨルは少し長めに会釈して会場へと戻っていった。


「ねえヨル。君は、ボクの出自についてどう思うかい?」


 その道中の薄暗い通路を歩きながら、ミヤコは上目遣いになってヨルへ訊ねる。


「いろんな方々に愛されて育たれてうらやましい、ですかね? その、私は手紙越しの母と、お世話係のおばさまぐらいしか知らないので……」

「……あー、えっと、ごめん。そんなこと言わせるつもりじゃ……」


 目をわずかに見開いて、少し寂しげに微笑むヨルを見るミヤコは、口元を抑えつつ彼女に頭を下げた。


「あっ、いえいえっ。幸せなことは良い事ですから気になさらないでくださいっ」


 ヨルは立ち止まると大慌てでわたわた手を動かして、深刻な表情をするミヤコをフォローした。


「それにその、生まれた過程が違うだけで、動物種としては同じですし、そこに差をつける意味って無いと思うんです」


 偉そうな事言ってすいません、と後頭部に手を当てて、ヨルは少し気恥ずかしげに笑って小さく頭を下げた。


「――ふむ。ヨルにはナンセンスな質問だったね」

「はい?」

「や、君は偏見とかとは無縁の尊い人物だ、という事を再確認したというだけさ」

「そんなこと無いですよっ、だって私、クローさんのこと、最初はちょっと怖いって思っちゃいましたし……」

「ははは。や、初対面の人と話すのは大なり小なり普通に怖いと思うよ」


 偏見、というにはあまりにもちょっとした事で、ミヤコはカラカラと笑いながら肩だけを小さくすくめて言う。


「じゃあそろそろ戻ろう。主役がいないと何の集まりか分からないからね」


 上機嫌そうに鼻を鳴らすミヤコは、ちょっと猫背気味になって立ち止まっているヨルへ手招きして、どんちゃん騒ぎが聞こえるフロアへと戻っていった。

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