誕生日会における規模と幸福感の関係性について 1
急遽企画・申請したにも関わらず、艦長のデューイが2つ返事で許可を出させ、『西』の公営カフェテリア1つを貸し切ってヨルとおまけでミヤコの誕生日会が開催された。
「これ言って良いのかな、って思ってたんですが、なんだか規模大きくありません……?」
ケーキが爆散して、飛散したクリームが付いた服をバックヤードの更衣室で着替えている中、付き添いで付いてきていたミヤコへ、ヨルは恐る恐るといった様子で訊ねた。
「ボクはまあ3人だけれど、ヨルに関係のある人を片っ端から呼んだらこうなったんだよねぇ」
ワイシャツにクリーム色のセーター、という装飾姿のミヤコは目を少し見開いて、小さく首をかしげながら笑み交じりにそう言う。
そこまで大がかりになったのは、ダメ元でオートレストラン用自動販売機開発の際に、協力した技術者などへ招待のメールを送ったが、
「まさか会社休みと丸かぶりで全員来る、なんてのは想定外だったね」
全員の予定がちょうど空いていたため、52名全員が出席した結果、駐艦場では到底収まるものではなくなってしまった。
「あは……。それに、サカノウエ教授に一目会いたい、っていうのもあるんでしょうか?」
「かもしれないね。ユミおばあちゃん、祖母が亡くなってからは余計にガニメデから出てこないし」
若い頃は野外に頻繁に出かけてたみたいだけれどね、と心配そうにミヤコは顔を曇らせる。
「それにしても、本当にケーキの件は申し訳なかったね」
「いえいえっ、悪気があってされたことでもないですし。私はとても楽しかったですよっ。クローさんも立場上ああ言わざるを得なかっただけでしょうしっ」
黒いレースのスカートを装飾した、黒い船内外服に着替え終えたヨルへ、ミヤコは改めて頭を下げ、手をパタパタ扇ぐように振る、彼女からの全力のフォローを受けた。
「賑やかなのは嫌いかい?」
「ああいえ、そうではない……、と思います。大勢でパーティーなんて初めてですし……、ちょっと緊張しているだけというか……」
「あっ、なるほどね」
訊かない方が良かったかな? と口元を抑えるミヤコへ、いいえ、と言いながらヨルはかぶりを振った。
「えっと変な意味じゃなくて、ミヤさんは大分慣れてらっしゃる気がするんですが……」
「ん? ああ、ボクの家というか祖母の方針で、こういうお祝いごとは目一杯規模を大きくする事になってたんだ」
「目一杯」
「例えばものすごく大きなケーキとかを、ニシノミヤハラ社の社員さん全員で食べたり、みたいなね」
「なるほど……。お友達とかもたくさん呼んだりしてワイワイって良いですね」
「だろうね。ボクはいなかったから分からないけれど」
「え……」
「あっ、意地悪されてたとかじゃなくて、話がまるっきり合わなくて申し訳ないから、ボクから距離をとっていたせいだからね」
社員さんとは話が合うから大の仲良しだったよ? と、自身の一言を聞いて青い顔になったヨルへ、あはは、とミヤコは気にしていない様子で笑った。
「おっと、邪魔してしまったかね?」
すると、更衣室のドアが開いて、パワードスーツで補助されたユミ・サカノウエが顔をのぞかせた。その後ろにいる、護衛のミナ・サコタが会釈する。
「ううん。どうしたの?」
「いやあ、どうも若い者が生み出す空気感にちょっと気疲れしてね」
「物理書籍へのサイン攻めとか、若い頃のミヤビ博士についての質問とか、ひっきりなしでしたもんね」
「あー、そりゃあ大変だ」
まんざらではなさそうにはしていたが、サカノウエの表情にはうっすらと疲れの色が見えていた。
「弁が立つから、と折衝ほかにこき使われても、若い頃はこのくらい平気だったんだがね」
年は取りたくないものだ、と半ば独りごちるように言い、パイプ椅子に座るとミナから貰った水筒のお茶を啜った。
「しかし、こう技術者が雁首そろえて派手にやるというのは、君の6歳の誕生日を思い出すな」
「今ちょうどその話をしていたんだ」
「ほう。奇遇ではないか」
「それで、ちょっと気になっていたんだけれど、どうして祝い事を大規模にする事になったのかなって」
「ふむ。少々長く、というか重い話になってくるが良いかな」
「どうだい主賓のヨル氏」
「えっ、まあ、新しいケーキが来るまでしばらく掛かりますし、私が聞いても差し支えなければ……」
2人が喋っているのをぼんやりと聞いていたヨルは、急に訊かれて瞬きを繰り返しつつ頷いた。
「それは問題ない。私もヤツの逸話をなるべく残したいと思っているからな……」
ふう、と息を漏らしたサカノウエは、天井の方を見上げながら寂しげにそう言った。
*
26年と少し前。
火星木星間の小惑星帯宙域を、一隻の改造ミサイル艇の強行輸送艇が航行していた。
その宙域の小惑星に紛れている、ミヤコの生物学的な父親が作った秘密研究所内にある〝キャベツ畑〟の人工子宮装置『人工胎内システム』から、ミヤビたち3人がすんでのところでミヤコを救出し、輸送艇はその帰途についていた。
ちなみに研究所は護衛として付いてきていた、広域宇宙警察の前身である、火星連邦宇宙警察によって封鎖されている。
「ふう、なんとか間に合ったね……」
「うむ。老体に鞭打った甲斐があるというものだ……」
操縦席に座るミヤビと副操縦席のサカノウエは、疲れ切った声でそう言い、窓の中央上部に表示されている艦橋内モニターをチラリと見やる。
そこに映っているのは、副操縦席の後ろの席に座るミヤコの母・キョウコが、空豆型の簡易保育器越しではあるが、生まれたばかりの娘を抱いていた。
先ほどまで元気に泣いていたミヤコだが、哺乳瓶から液体ミルクを飲んですやすやと眠っている。
「こう言って良いのか迷うが、おめでとう、と一応言っておく」
「かまいませんよ。腹を痛めようが痛めまいが、この子は大事な娘ですからね」
遠慮がちに目線を落としながら祝福するサカノウエに、キョウコはさらに少し我が子を抱き寄せつつ、迷いのないまっすぐな目でそう言った。
「流石はキョウコだ。すでに母の強さを感じるねぇ」
養子ではあるが間違いなく自身の娘である、キョウコの芯のある言葉にミヤビは満足そうに微笑みつつ言う。




