バースデー・ドント・カム・イン・アステロイドベルト 2
「――おい。おいヨル。大丈夫か?」
ヨルが汗だくでカッと目を見開いて頭を起こすと、左右からそれぞれザクロとケットシーが心配そうに彼女の顔を覗き込んでいた。
飼い主が仕事のため預かっていたケットシーに、深夜にうるさく鳴かれて起こされたザクロは彼にヨルの部屋に誘導され、うなされている彼女を発見してゆすり起こしていた。
「あっ、はいっ! ちょっと悪夢を見てたというか……」
中腰のザクロの顔が近くにあったため、ヨルは顔を赤らめて素早く頭を引いて枕に頭を降ろした。
「そうか」
「はい……」
そのまま出て行こうとしたザクロだったが、振り返ると、半身を起こして上目遣いに見てくるヨルと目が合った。
「……。……正夢になったらいけねぇし、話しとくか?」
自身の後頭部を2、3度撫でて数秒悩んだ後、ザクロは引き返してベッドの足下側の縁に腰掛けてヨルに訊いた。
「まあ内容は昔の事ですけど一応は……」
彼女は遠慮がちに頷いてからザクロの隣に移動して、ろくでもない誕生日の夢について話した。
「なるほどな……。いや、月並みの事しか言えねぇが、苦労してんなお前」
あまりにも最悪な父親の話に、ザクロは聞いている間中眉をひそめていて、話し終えたヨルの背中を優しく叩いた。
「……つか、んなヤツからなんでお前みてぇな善良の塊が生まれんだ……?」
「そ、それは大げさですよ……。私だって内心やりたくないと思いながらやる事だってありますし……」
「文句すら言わずにやってる時点で超善良なんだよ」
「そうですか……。でもそうなっているのは、教育係のスズナおばさまのおかげだと思います。本当にいろいろな事を教わったので……」
両手をパタパタ振って謙遜していたヨルは、気恥ずかしそうな笑みを浮かべて言う。
「あっ、誕生日にこだわってたのってそれでか?」
「あっ、はい。私その、おばさまには毎年祝っていただいたんですが、みんなでワイワイっていう事はなかったので……。やっぱり本来はそういうものかなと……」
目を見開いて拳で掌を打ったザクロの問いに、ヨルは何度か頷いて肯定した。
「じゃあ、お前も祝ってやらねえとな。いつだっけか?」
「えっと、今日なんですよね……」
「ふーん。――は? 早く言えよそういう事はっ」
腕組みをして目線で指し、ヨルに訊いたザクロは頷いてスルーしかけ、ぎょっと目を見開いて2度見した。
「クローさんの2日後は間がなさ過ぎるなあ、と思っていたので……。はい……」
「あのなあ。自分のをないがしろにしてどうすんだよ……」
縮こまってボソボソ言うヨルに、ザクロは半笑いでため息交じりに言う。
「おやヨルの誕生日かい? 人を集めたり何か用意しなくちゃだね」
「ぴえっ」
「いきなり話しかけるんじゃねぇの」
「おっと、これじゃジャンプスケアだね」
「す、すいません……」
3階層の自室で作業中、ゴーグル型端末をつけたままトイレに上がってきていたミヤコが、下からライトで照らされた笑顔をひょっこり出し、ヨルを飛び上がらせた。
「それにしても珍しい事もあるものだねぇ」
「同じ月に2人もだしな」
「3人だよ。ボク先週なんだよね」
「なんで言わな――お前風邪引いて寝込んでたな……」
「あはは。さすがに駐艦場の床で寝ちゃだめだねぇ」
「床で寝る癖直せよ。マジで」
肩を大げさにすくめて苦笑いするミヤコへ、ザクロは額を抑えてもう一度ため息交じりにそう言った。
「せっかくですし、ミヤさんも遅れてってことで」
「ああ、良いぜ」
「どうもね。ところでメア氏はまだ来てはいないんだよね?」
「……。おう」
「――お主、その間、さてはすぐ出てこなかったでござるな?」
「ぴッ」
「うわあ。びっくりした」
「思い出したんだからいいだろ。つか能面かぶったまま来るな馬鹿」
仕事から帰ってきたバンジが、気配を消してミヤコの後ろに立って、ザクロへ疑いの眼差しを向けつつ言ったせいで、
「おーい」
「うーん……」
ヨルが今度は飛び上がりも出来ずにバッタリと後ろに倒れた。
「これ下手したら最悪の誕生日にしちゃったでござるかなぁ」
「まあ、なんとか巻き返すように努力しなきゃだね」
能面を横にずらしたバンジと、ゴーグルを額に上げたミヤコは、ザクロが優しく揺さぶって起こしている様子をバックに、申し訳なさそうに顔を見合わせていた。
ちなみにこの後、夕方に催されたヨルの誕生日パーティーで、2人はサプライズで挽回するためにケーキを宙に浮かせようとして、
「浮かせるのはともかく、爆発するようなのを使うとか何考えてんだド阿呆共がッ!」
「申し訳ない……」
「申し開きのしようもないね……。安全に配慮して耐熱紙を使ったのが裏目に出るとは……」
悪ノリが過ぎた結果、それをド派手に爆散させてザクロから大目玉を食らう事になる。




