バースデー・ドント・カム・イン・アステロイドベルト 1
人類史上最悪の人災、〝ヒュウガ電力重工業圧縮恒星炉暴走事故〟が発生してほんの30分後。
火星連邦・ニュートウキョウ国から、ひっそりと1隻の中型宇宙船が小惑星帯に向けて飛び立った。
それは、事故の元凶たるヒュウガ家所有のもので、その客室部分の大半はコンテナ積載用に改造されていて、持ち出せる財産の全てを詰め込んだコンテナが満載されていた。
客室前方に3席+3席が3列の計18席だけ残されている座席には、ファーストクラス仕様のものに高級スーツ姿の中年男2人と老年男1人が前列に座っていた。
「チッ。作業員共が無能なせいで……!」
「嘆かわしいねえ。どうしてこう我が国は衰退してしまったのか」
「ですなあ」
男達は正面に投影された、ホログラムモニターに表示されている、地表面を飲み込んでいく赤く不気味な火球を見ながら、まるで他人事のようにぼやいていた。
「設計士主任には責――ああ、もうアレで死んでいますかね」
「だろうさ。とりあえず生き残っている、1番役職の高いヤツに責任をとらせればいい」
「となるとあの技術開発元のババアかぁ?」
「いや、数日前に安全装置の欠陥を指摘して中止を訴えていた。これでは利用できん」
「余計な事をしてくれたものです」
この期に及んで責任の押しつけ先を議論する、ヒュウガ電力重工業の経営陣の通路を挟んだところに、
「私がついておりますからね。お嬢様」
数日前に1歳になったばかりのヨルが、チャイルドシートに座っていて、隣の席に座る世話係である老年女の服の袖を不安げに握りしめていた。
残りの12席には、ヒュウガ分家の使用人が、本家の人間の汚い発言にわずかに眉を潜めて座っている。
画面はもぬけの空になったヒュウガ家の前で、警備員と押し合いへし合いするマスコミ各社の映像に切り替わり、渋面になったヨルの父で社長の男はモニターの電源を切った。
何度か船の識別信号を別の物と入れ替え、船は周りに人類の痕跡が非常に乏しい小惑星帯にある、ヒュウガ家の秘密コロニーに到着した。
それはやや大きめの小惑星の中をくりぬき、その内部に重力発生装置仕様のスペースコロニーを建造する形で作られており、ニシノミヤハラ博士の発明品である、人工太陽によって日光不足を補う仕組みになっていた。
「あの旦那様、お嬢様の事に――」
「今そんな事を言っている場合ではないっ」
「資産を今のうちに引き上げなければならんのだ」
「お任せします」
到着すると同時に、3人は荷物の管理を使用人に丸投げし、コロニー内にあるそれぞれの自室に駆け込んでいった。
仕方なく、常駐の3人も含めた使用人達は、実態は美術品の偽物まみれのガラクタをコロニー内に搬入していった。
「本当はもっと、この子は広い世界を見られたはずなのに……」
天井には高精細プロジェクションマッピングによって、地球のような空が広がっていたが、その向こうにある無機質な白い内壁を見上げ、世話係は涙ぐんでそう独りごちた。
その先が見えないただならぬ空気感に気圧されたように、まだ右も左も分からないヨルは、世話係に抱っこひもで抱かれたままぼんやりとしているしかなかった。
地球圏や火星軌道宙域での3次大戦により様々な悲劇が生まれたが、その引き金を引いたヒュウガ家の男3人は、コロニーで毎日ゴルフをして暮らすなど、悠々自適そのものという現実逃避の隠遁生活送っていた。
「おばさまっ! ラジオコントロールカー、出来ましたっ!」
だがヨルは、そんな自堕落な大人達とは違い、たった7歳を目前に基本的な字の読み書きをマスターし、プログラミングや電子工作キット作成までも自力で行えるようになっていた。
「まあまあ! よく出来ていますね。大人でもこうはなかなか行きませんよ」
ヨルが両手に乗せて得意満面に見せてくるラジコンカーの、クリアボディから見える基盤の配線は、工業生産品と遜色ない美しい仕上がりで、世話係は目を見開いて大絶賛する。
「えへへ」
頭を優しく撫でられて、ぱあっ、と輝く笑みを浮かべるヨルに、
「ふふ。将来はきっと――」
「? どうして泣いているんですか?」
世話係はこれまで何度も未来ある子へ言ってきた言葉を贈ろうとして、さめざめと泣き始めてしまい、ヨルは心配そうにきょとんとした顔で彼女へ訊ねる。
「失礼いたしました」
「わたし、何か悪いことをしましたか?」
「いいえいいえ。お嬢様のせいではありません」
「はい……?」
「……あなたにはおかした罪も、受けるべき罰も、決してありはしません」
「……?」
まだ、自分の親たちが何をしたのか知るよしもない少女は、自らを抱き寄せて言い聞かせるように言ってくる、世話係の言葉を不思議そうに首をかしげて聴いていた。
「あっ、そうだ。お父様にも見せなきゃでしたっ」
しばらくして世話係が腕を離したところで、シャキッと背筋を伸ばしてそう言ったヨルは、子供特有の突進力で彼女のために作られた一軒家から飛び出して行ってしまった。
「お嬢様っ!」
足腰が弱ってきていた世話係は、その速度に対応出来ずに置いて行かれ、衰えた脚力を必死に動かして、コロニー中央部にある本宅へ向かうヨルの後を追った。
「うるさいッ! 今忙しいんだ! そんなチャチな物を見せた上にッ! 誕生日プレゼントなどとふざけた事を抜かすなッ! このクソガキがッ!」
平屋の豪邸内にある父親の部屋へ、世話係が汗だくになってたどり着いたところ、怒号と共にラジコンカーが廊下に飛び出し、壁にぶつかって砕け散った。
「さっさと連れて行け!」
何が起きたのか分からない様子で、呆けているヨルを父親は世話係へと突き飛ばし、油圧式の自動ドアを閉めた。
バラバラになったラジコンカーを世話係が拾い、ぼんやりとしているヨルを連れて家へと帰った。
「わ、わたし――」
「――あなたは今、とても悲しいだけなのですよ」
「っ……。でも……」
「悲しい事があれば泣けば良いのです。何も遠慮することはありません」
顔面蒼白のまま震えた声で視線を彷徨わすヨルの頭を、世話係はしゃがみ込んで優しく撫でて言うと両腕を広げた。
その胸に飛び込んで、ヨルは過呼吸になりかける程に号泣し、泣き止むまでずっとその背中を世話係は撫でていた。
それから13年が経過し、世界は歪ながらも大規模な戦争や混沌から抜け出した頃。
「お嬢様に……、お伝えしなければ、ならないことが、あります……」
80歳が近くなっていた元世話係は、謎の多臓器不全により病床に付きながら、付き添っているヨルに対して、一族がどんな所業をはたらいたかを事細かに説明した。
ネットワーク回線が制限され、一切アクセス出来なくなっていた、事故に関わる情報を洗いざらい話した彼女は、
「それでも……。お嬢様には……、なんの……」
愕然として目を見開いているヨルの頭を震える手で一撫ですると、安心させようとする笑みを浮かべたままそこで息絶えた。
「今まで、ありがとうございました……」
最後まで残っているとされる聴覚に、ヨルは深く頭を下げて語りかけ、バイタルモニターからの心停止の音が響く中、半端に開いていた目をそっと閉じた。
「――すいません。私、1つ嘘を吐きました。もうとっくに何もかも知っていましたし、私には果たすべき責任があることも分かっています」
専属医師が死亡を確認し、一般的なコロニーと同様にすぐに棺桶にいれて、まず火葬へと向かう準備をされている元世話係へ、眉間に力の入った顔で両拳をギュッと握りしめつつ、ヨルは独りごちる様に言った。




