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ロウニン・ソウルジャズ  作者: 赤魂緋鯉
第16話 バースデーを歌って
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ロンリー・スモーカー 1

「クローさんのお誕生日って、今日、ですよねっ?」

「……おう」


 爆発したみたいな寝癖頭のまま、昼前にのっそりと起きてきたザクロへ、彼女が私室のドアを開けた瞬間、やけに眉間へ力が入っているヨルに訊かれ、ザクロは少し上半身をのけぞらせつつ頷いた。


 いつも通りの黒色船内外服を着ているザクロの右腕には、いつものモスグリーンなフライトジャケットが掛かっていた。


 ちなみに、同じ第2階層にあるリビングで、シンプルなロングスカートを装飾した、地味な灰色の船内外服を着ているヨルは、座りもせずにずっとそわそわして待っていた。


「良かったです。間違ってたら謎にケーキとごちそうがある普通の日に――」


 確認が取れた事で、やや額に汗をにじませながら安堵あんどのため息を漏らしたヨルだったが、


わりい。気持ちはありがてぇが、そういうの要らねぇよ」

「でもまあそれ――。えっ……?」


 ザクロから浮かない表情で手刀を小さく切って拒否され、口元に手を当てる彼女は目をパチクリさせて固まった。


「あっ、ご遠慮されているならご心配は……」

「そういう事じゃねぇんだ」


 ピンときた様子でビクッとしたあと、わたわたと手を動かして補足を入れるが、すまん、と再び謝ったザクロは、ジャケットを羽織ると艦首から見て左の出入り口からそそくさと出て行ってしまった。


「ど、どういう事なんでしょう……?」

「さあ……。皆目見当がつかないね」


 追いすがるように手を延ばし、言葉を発するより前にエアロック式のドアが自動で閉ざされてしまった。

 その手を宙に浮かせたまま、すぐ隣のソファーに座っていたミヤコにヨルは訊くが、人の心は専門外でね、と彼女は申し訳なさそうに首をすくめる。


「いえ……。あの、そういえば何をなさっていたんです?」

「ん? ちょっとしたシミュレーションさ。要するにブンドドだよ」

「ブンドド……?」


 対ドローン用ドローンの脳内シミュレーションをしていたミヤコは、両手に工業用3Dプリンターで出力した、ティルトローター機を模したもの持っていた。


「えっ、こんなに小さいのにここ動くんですかっ」

「ああ。理想のベアリングを手に入れるのに、大分副業をした甲斐があったよ。この滑らかな切り替えをご覧よ」

「おおー……」


 親指ほどの円筒形のパーツをつまみ、興味深そうに口を半開きにして前後に動かしていたヨルは、ってやってる場合じゃなかったですっ、とパッとそれを手放した。


「ううー……。直接お訊ねするわけには行かなさそうな感じでしたし……」

「まあ、こういうことはメア氏に訊くに限るんじゃないかな?」

「あっ、ですね」


 頭を抱えてあわあわしていたヨルは、ドローンをローテーブルに置いて、立ち上がったミヤコからの提案に、彼女の方を見ながら両手をストッと落として大きく頷いた。


「それは良いんですけど、メアさんはお時間大丈夫なんでしょうか……」

「あーそこは大丈夫だと思うよ」


 今日はいかにも研究者然とした、ワイシャツにクリーム色のセーターを合わせ、その上に白衣を羽織っているミヤコは、ついてきて、とヨルへ目線で指示して艦橋へと向かう。


「ずっとあそこにいるんだよね。2人して」


 艦橋に上がると後部のハッチが開いていて、その先に広がる際が椅子になっている甲板の右奥で、バンジが憂鬱そうに煙管を、その隣でアリエルが葉巻をふかしていた。


 バンジの服装はいつものふざけた格好バンジ・サンターストラツクではなく、装飾がない黄色の船内外服メア・フジエダのそれで、アリエルはグレーのパンツスーツな装飾の船内外服を着ていた。


「あれ、いつの間に……?」

「ヨルがちょうど朝シャンしてるときにね」

「あ、なるほど……」

「――なんか用事か?」


 ぼんやりと天井付近を見上げていたバンジが、急にティアドロップ型サングラスに隠された視線を2人へ向けて訊ねる。


「あっはい」

「ボクはおまけね」


 カツン、と吸い殻を煙草盆に置かれた灰落としに捨ててから、バンジは2人を手招きする。


「やっほ」

「お久しぶりですっ」


 アリエルはピッと人差し指と中指を立てて、気安い様子で2人へと挨拶した。その足下には、脱出ポッドのような入れ物が置かれていた。


「で、要件は?」

「はい。クローさんの事でちょっと――」


 彼女の前へと移動したヨルは、言って良いのか迷うように少し間を空けてから、先ほどのザクロとのやりとりを説明した。


「確かに今日はあいつの誕生日ではあるけどな……」


 それを聞いたバンジは、深くため息を吐きながらそう言い、


「何年か前から、毎年祝おうとするとろくな事が起きなくてな。で、あげくの果てに3年前にあいつの相棒が死んじまった」


 そっから先は祝おうっていう空気ですらなくなっちまってな、と苦い表情で答えた。


「そう、ですか……。……」

「ああ。ケーさんだよ」


 沈痛な面持ちで口元に手を当てるヨルだが、アリエルの足下にある箱を見ていて、彼女はその視線の先に気づいて、ドーム状になっている窓部分を開けた。


 すると、彼女の飼い猫である黒猫・ケットシーが、けだるそうにひょっこり顔を出した。


「ケーさんどうする? ヨルちゃんと戯れたい気分だったりする?」


 アリエルに猫なで声で訊かれたケットシーは、にゃ、と一言鳴いてにゅるりと出てくると、尻尾をピンと立ててバンジ達の隣に座るヨルの膝へ乗りに行った。


「今日はいつもよりふわふわですね……?」


 膝の上で丸まったケットシーの背中におずおずと触れたヨルは、目を見開いて何度か撫でてからアリエルへ目線を向けて訊いた。


「そうそう。定期検診のついでにきれいにして貰ったんだよ。ねーケーさん」


 んー、と飼い主の言葉に返事したケットシーは、ヨルの腹部に後頭部をこすりつけてもっと撫でるように要求した。


「……ケーさん、私にもそのくらい甘えてもいいんだよ?」


 耳と耳の間を指先でわさわさされ、ご満悦なケットシーをうらやましそうに見るアリエルへ、うるさい、と言わんばかりに彼は尻尾を振り回した。


「あーん、もっと優しくしてよケーさーん……」


 自分も撫でようとアリエルが手を伸ばすと、ケットシーは爪こそ立てないが、その手を素っ気なく手で押さえて拒絶され、彼女は思い切り下がり眉になった。


「ちょっと調べたんだけれど、そうやって絡みに行くと嫌われやすいらしいね」

「ええ……。もっと戯れたいのに……」

「猫の話はその辺にしといてだ。――分かった上で祝いたいんだろ? あいつの誕生日ををよ」


 私に言う資格があるのか分かりませんが、とヨルは唾を飲み、深く頷いて同意してから言う。


 ケットシーは、もういい、とばかりにすっくと起き上がり、伸びをしてから艦内へと入っていった。


「いくら不幸な事があっても、クローさんのお誕生日なのは変わりが無いですよねっ」

「そりゃそうだけどな……」

「私らもそうは思うんだけどね……」

「あいつの様子を見てると、どうもそういう気になっちゃいけねえ気がしてな」

「心から喜べない、ってのを気にしちゃうタチだし、それも心苦しいというかね」


 膝の上の拳をぎゅっと握ったヨルに、力の籠もった声そう言われたバンジとアリエルは、お互い顔を見合わせて苦々しい顔でそう言いため息を吐く。


「まあ、実際の様子見てからどうすっか決めりゃいいだろ」

「行き先は分かってるからね。どうせ『南』の喫煙所だ」

「そうですね……」


 話を聞いている間どんどん視線が下がっていったヨルを見て、2人はこのままやめそうなヨルへ慌ててそう言って顔を再び上げさせた。


 ミヤコとケットシーを留守番に残し、ヨル達3人は件の元後方監視台跡に作られた喫煙所の前まで移動した。

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