ザ・フロンティア・ダイヤモンド 7
ザクロ達が護衛に付いてから3日が経過した。
その間、入船の段階で数十人の宇宙海賊を確保したり、コロニー周辺宙域で海賊船を拿捕したり、というのはあったが、アレックス本人周辺は至って平和だった。
だが、チームがビジターへ移動するため、登板が3日後に控えて前乗りが必要なアレックスは、コロニー外へと出ざるを得なくなった。
「まあ、絶対襲撃かけてくるよな」
「ジャック殿の話によると、今日中には件の厄介者を逮捕し、手配書は失効する見込みではござるがなぁ」
いつもは宇宙旅客船で移動するアレックスだが、今回はソウルジャズ号に乗って遠征先へと移動していた。
艦橋にはフライフィッシュⅡに乗っているザクロ以外の3人がいて、第2階層のリビング前方でアレックスが念入りにストレッチをしていた。
「ピッチャーってルーティン崩すとろくな事にならねぇしな。ま、それまでオレらが護りゃいいだろ」
なあ、と、守り切る自信満々な様子でザクロが通信で音声を飛ばすと、艦の周りにいる『ロウニン』達の、総勢艦船15隻・宇宙戦闘機30機の護送船団の面々から同意の声が次々返ってきた。
「なんだか大げさな事になってますね……。すいません……」
その音声はリビングにも流れていて、アレックスはマイクを通して恐縮した声色で頭を下げる。
「なに、メンツは全員スターズファンだからな。贔屓のチームの選手を護れたってだけで十分な報酬になんだろ?」
ザクロの問いかけに対して、もう一度、先程の様に同意の声が返ってきた。
「ありがとうございます……。やっぱりファンってありがたいですね……」
初勝利の場面ですら特にリアクションがなかったアレックスは、生の声援を聴いて安心した様子で微笑みながら涙ぐんだ。
「さてと、襲撃かけてくるならこの辺だな」
2時間半後。等間隔に並ぶガイドブイを頼りに、5時間ほど西方向へ進んだ所に浮かんでいるコロニー・『HC-05』への中間点にさしかかったところで、ザクロがソウルジャズ号へだけ通信を飛ばした。
「ヨル。なんでか分かるか?」
「――はっ。はいっ! 何事ですかッ!?」
バンジが操縦しているため、暇を持て余してウトウトしていたヨルは、突然の呼びかけを受けて慌てて跳ね起きてヘルメットを被った。
「宇宙海賊が狙うならこの辺り、という理由は何か、という質問でござるよ」
「あ、なるほど……。ええっと……。はいっ! この辺りはサービスエリアコロニーも遠いですし、他に航路がない地点で一本道だから、ですかねっ?」
微笑ましげにやや小さな声でバンジに伝えられると、ヨルはヘルメットを脱ぎつつ少し首を傾げた後、勢いよく挙手しながら回答した。
「正解」
「よ、良かったです……」
「おっ。正解者には何か景品があるでござるか?」
「あ? いや――」
ニヤつくバンジが思いつきで言ったことに対してザクロは、なんもねぇ、という口の動きをしたが、通信画面越しにヨルが期待の眼差しを向けていたので声が出なかった。
「そうだな……」
面くらった様子で目を少しの間見開いたザクロが、眉間にシワを寄せて考えていると、
「うん。おいでなすったね。7時と197度の方角だ」
間の悪いことに、黒塗りのステルス小型宇宙戦闘艦が航路外から斜め後ろに接近して来て、ミヤコが開発していた画像から船舶を発見するシステムに引っかかった。
「数は?」
「20ちょっとかな? もしかしたらもう少しいるかも」
「よっしゃ。ヤロー共、いっちょやったろうじゃねぇか!」
にわかに緊張がうっすらと奔る中、左の補助座席に座ってレーダー手をしているミヤコからの報告を聞き、ザクロは船団の全艦に向けて呼びかけると、各々から気合いの入った返答があった。
各艦の艦載機が動いた様子を見て、合計25隻の敵艦隊はステルスを解除して戦闘状態に入った。
「おい海賊ども! こちらソウルジャズ号艦長のザクロだ! 残念だがもうすぐ依頼は無効になる! 骨折り損したく無けりゃさっさと帰りな!」
「『青竜銀河海賊団』の者だが、確かか?」
「まあな。気になるんなら大親分に訊きな」
戦闘開始前に、ザクロが海賊連中へそう無線で呼びかけると、通信で返答して、『青髪の堕天使』本体に確認をとった、傘下の3隻の海賊艦のみが離脱していった。
「無傷で逃げるなら今のうちだぜ?」
「ナメるんじゃねーよ!」
「ポリ公の使いっ走りの犬共が!」
再度、ザクロは馬鹿にしている声で、煽るように残りの22隻へ呼びかけると、それにまんまと引っかかって罵倒が一斉に返ってきた。
「なんだとゴラァ!」
「宇宙ゴミ共がイキってんじゃねえぞ!」
売り言葉に買い言葉とばかりに『ロウニン』達も罵倒し返し、双方とも戦闘機の隊列を整えることもせずに突っこんでいって激しい航宙戦闘が始まった。
頭に血が上ってはいるが、『ロウニン』達の艦は護送船団の隊形を崩さず、ビーム主砲を数回打っただけでタイミングを合わせて、規則正しい波状攻撃を放った。
お互いスタンドプレーの海賊サイドは、当然、挙動に一切のまとまりがなく、一番近いところにいた敵艦のバリアがあっという間にゴリゴリと削られていき、5門の一斉射を右舷の一カ所に喰らって轟沈した。
その間にも、『ロウニン』の戦闘機隊は相手の防宙砲火や敵機を恐れずに接近し、至近距離で対艦ミサイルを砲撃の際にできるバリアの穴を通して喰らわせ、ものの3分で相手の残りは20隻となった。
対艦ミサイルを打ち尽くしたついで、とばかりに、ザクロ機ほか数機が敵機の戦闘機へドッグファイトを仕掛ける。
「うっそだ――」
相手がシザースでザクロ機を振り払おうとしたが、4度目で右にブレイクしたところ、まるでそこへ配置したかのように機銃弾が飛んできて撃墜された。
他の機体がザクロの後ろをとったが、ザクロはロックオンされる前に、見えているかのように急減速して不規則に揺れて相手からは左下へずれるように動き、
「あんな旧式なんかに――」
敵機が抜いた瞬間にピタリと挙動を止め、後ろに付けて機銃弾をたたき込んだ。
「オラオラ! エース級じゃねぇとオレぁ墜とせねえぞ!」
「うん。今のがエースだね。50機撃墜だって」
「あ? マジか」
ミヤコがすぐフライフィッシュⅡへ、十字の星のキルマークが敵機の機首に付いている望遠映像を送って、特に感慨深くもなさげに言った。
「は? あの〝流星群〟のニコラスが……?」
「バケモノとやっても割に合わん! 俺達は降りるぜ!」
最高戦力があっさり墜とされたせいで、海賊団の士気がガタ落ちになってごっそりと撤退していき、〝流星群〟が所属していた、団員の年齢が一番若い新興の『バスター宇宙海賊団』の葉巻型の艦4隻のみになってしまった。
「おうガキ共、ちと話を聴け」
ザクロはその周辺へ対宙砲火を軽くかわしながら接近し、無線で旗艦へ呼びかける。
「先達からの忠告だがよ。蛮勇と無茶は違うんだぜ? ここらが引き時ってやつだ」
「うるさい! 兄貴のかた――」
〝流星群〟の弟である、激昂する団長が乗っている艦がザクロ機へ主砲をチャージしながら突貫してきたが、すでにチャージしていたフライフィッシュⅡのメガクラスビーム砲に艦橋を貫かれて爆散した。
「で、まだやるか?」
片手で拝んだザクロは、先程よりは幾分柔らかい口調で残り2隻へ訊ねると、勘弁してください、と一切悩む間もない返答があり、尻尾を巻いて火星ゲートがある方へと逃げていった。
「無茶しやがって……。――こんだけ派手にぶちかませば寄ってこねぇだろ」
「だろうね」
「ミヤ、宙域の安全は?」
「周囲2キロ圏内にはもう他の艦はいないよ」
「おうそうか。メア、シャッター開けてくれ」
「あいよー」
少し暗い声でつぶやいて1つ息を吐いたザクロは、すぐにいつも通り、事務的なそれでミヤコとバンジの2人とやりとりする。
「――これ以上、誰も来ないと良いんですけれど……」
物憂げに言ったヨルは、艦橋の窓シャッターが開くと、目線を艦橋の床に落として合掌し黙祷を捧げた。
「……。先輩達って、凄い世界で生きていらっしゃるんですね……。命の取り合いというか……」
艦橋へと顔を出したアレックスは、それが終わるのを同じように黙祷して待ち、やや震えた声でそう言って唇に手を触れた。
「大した事じゃねぇよ。オレ達ぁ何があっても、おのれらにしか迷惑かかんねぇしな……」
なことより、チームに迷惑がかかるお前は調整に集中しろよ、とザクロは言い、自身らの世界である艦橋から彼女を追い払った。
何事も無く2時間半後に行き先のコロニーにたどり着いた頃、アレックスへの攻撃を行っていた女が逮捕され、正式に手配書は撤回された。
それから数日後。
ザクロ達『ロウニン』は、アレックスから護衛依頼成功のお礼として、彼女が登板するホームでの05レッド戦の内野席に招待された。
アレックスは前回登板では5回2失点で負けがついてしまい、そのリベンジとばかりに7回途中無失点と気を吐き、打線はドラフト7位ルーキーのプロ初ホームランで1点先制し、勝ち投手の権利を持ったまま降板した。
「よーし! よく投げたオオサキー!」
「アレックスぅー! ナイスピッチだったぞー!」
「絶対連敗止まるよー!」
大騒動を起こした星屑団は前回のカードから全員が出入り禁止になっていて、アレックスは純粋にねぎらいの歓声と拍手に包まれた。
「……」
しかし、相手エースのセラオにソロ以外は打線が手も足も出ずに7回裏まで行かれ、8回表に登板したスロットルがホームラン3本で7失点の大炎上を喫し、またしてもアレックスに勝ちが付かなかった。
もののついでとばかりに、9回表の敗戦処理投手も味方のエラー絡みで爆発炎上し、その裏で1点も取れずに21対1で試合終了となってしまった。
「なんじゃこりゃあ……」
「普通勝つ流れだろこれぇー……」
「なんで3人連続ベースヒットになるんだよ……」
熱烈なスターズファンの『ロウニン』達は、9回表に脅威の〝14〟が刻まれたスコアボードに、頭を抱えて呻くか放心して天を見上げるしかなかった。




