ザ・フロンティア・ダイヤモンド 6
「で、わざわざ来たってこた、なんか相談事でもあんのか?」
ファンサで写真撮影ってなら事前に言うだろ? と、腕組みをしたザクロは話を切り替えて訊ねる。
「自分は、相談するほどでもないと思うんですけど……」
「――差し出がましいとは思いますけど、オオサキさんはおおらか過ぎるんですよ」
ちらっと自身の後ろにいて心配そうに顔をしかめつつ、女性スタッフはため息をついてから遠慮がちに割り込んだ。
「いや、本当に軽いイタズラっていうか――」
「ちょっと黙ってて貰っていいですか? この人、宇宙海賊らしき人物から誘拐予告受けてるんですよ」
「ほーん。――いやお前、相談するような事でしかねぇじゃねぇか!」
いきなりとんでもなく穏やかでない話が飛びだし、間延びした相づちを打ったザクロはギョッとして目を見開いた。
「自分、彼女に任せて〝インカメ〟を使ってるんですけど……」
「〝インカメ〟?」
「クロー殿は興味ないかもでござるが、〝インカメスト〟なる写真を投稿するサイトでござるよ」
「あっそ」
「で、そのコメント欄に、今日の試合に登板したら誘拐するぞ、みたいな事を言ってる人がいるんですよね」
この通り、とスタッフは自分の仕事用通信端末を出して、スクリーンショットしておいた、なにやら要領を得ない言葉の羅列が9割の、誘拐予告メッセージをザクロ達へ見せた。
「ちょっと画面見せてもらってもいいかい? ああどうも。――あっ、捨てアカウントだねこれ」
背が低いミヤコが断りを入れてその端末の位置を少し下げてもらい、素早く思考操作でそのアカウントを調べると、つい2週間ぐらい前に作成されたものだった。
「あ。つい今、計画実行が確定した、みたいな事が書き込まれたね」
ミヤコが何気なしの動きで更新をかけると、要約するとそういう意味となる投稿文が表示された。
「だから相手が分かるまで止めましょう、って言ったじゃないですかっ」
「ロングリリーフのケルビンさんが3連投になっちゃいますし……」
それを確認したスタッフは強ばった声で心配そうに眉を曲げて言うが、先発のみなさんもこのところの9連戦でお疲れでしょうし、と、アレックスはどこ吹く風で他人の心配をする始末だった。
「まあ、警備局の尻を叩いて動いて貰うとしてもだ。ミヤ、とりあえずそいつの特定とかできるか?」
「うーん、まあ技術的には可能だけれどねぇ。ほら、ここだと通信環境が悪いし、有線使う訳にもいかないからさ」
「……よくわかんねぇけど、まあミヤの良いようにやってくれ」
「ああ」
腕が鳴るね、とにこやかな表情で舌なめずりしたミヤコは、
「ミヤさん。えっとその……」
「あっ、被害者がいるのに不謹慎だったね。申し訳ない」
ヨルにものすごくやんわりと注意されて、口元を抑えてそう言うとアレックスに頭を下げた。
「まだ脅かされてるだけですから別に良いですよ。――それより、クロ先輩っ。彼女って俗に言うウィザード級ハッカーとかそういう感じの方なんですかっ? ほら、ネットワークに潜り込んでテロリストとかの電脳を焼き切ったりするようなっ」
のほほんとした雰囲気から、いきなり目を爛々《らんらん》と輝かせて饒舌に喋り始めたアレックスに、ヨルや入団時からの付き合いであるスタッフも困惑して口が半開きだった。
「それは知ってるし、お前の言ってるのはフィクションなのも知ってっから。そんで、どうなんだ?」
バンジと共にザクロは、慣れたもの、といった様子でツッコミをいれてから、照れくさそうにしているミヤコへ訊ねる。
「うーんどちらかといえば、賞金首相手に仕掛ける訳だから、やっていることはハッカーだけれど、興味本位である事は否めないから、本質はクラッカーなんだよねぇ」
「だそうだ」
「つまり正義の為には手段を問わない、と……! やっぱり強キャラは飄々《ひょうひょう》と自虐しながら凄いことをやってのけるのが味ですね」
「うーん、ずいぶんと好意的に取ってくれているようだねぇ」
何があっても大抵は平然としているミヤコでも、やたらめったら高い期待の眼差しでにじり寄ってくる厚みのある身体に、困り切った顔でザクロへ助けを求める視線を送る。
「はいはい。というかお前、こんな所で油売ってていいのか? 身体のケアとか今日の反省とかあんだろ」
「今すぐトレーニング室に戻らないと、寮の消灯までに終わらないですよ」
「あっ。そうですね……」
見かねて間に割り込んできたザクロに半分呆れた様子で指摘され、我に返った様子で目を見開いて言い、さらに、若干引いているミヤコに気が付いて冷や汗が噴き出してきた。
「ええっと……」
「ミヤコ・ニシノミヤハラだ。ミヤでもミヤコでも好きに呼んでおくれ」
「ミヤコさん、怖がらせてすいませんでした……」
「や。ちょっとビックリしただけだから気にしないでおくれ」
「はい……」
「もう、何やってるんですか全く……」
神妙に頭を下げたアレックスは、名残惜しそうにミヤコへ視線を送りながら、スタッフに連れられて去って行く。
「あー、そうだ。護衛とかなら喜んで引き受けっからー、要るんなら指名案件で管理局通してくれよー」
「はーい。上に伺いを立ててみまーす」
カードをタッチして専用通路の鉄扉を開けたところで、口の横に手を当てて声を張るザクロに呼び止められたスタッフは、同じ様に返答して扉の向こうへ消えていった。
「いやはや、個性的な人だったねぇ」
「はい……。当時からあんな感じでした?」
「でござるな」
「ああ。――アイツは良い意味で、お人好しのガキのままだ」
ザクロはジャケットのポケットに手を突っ込み、半分独り言染みた言葉を言いながら、ほんの刹那の間だけ遠い目をした。
それから球場を後にしたソウルジャズ号クルーは、ゴンドラが混み合っていたせいで22時頃にソウルジャズ号へとやっと帰ってきた。
途中、バンジは情報収集のために『中央』区画へと向かう路線に乗り換えたため、その乗降場からは彼女以外の3人だけになっていた。
ややあって。
甲板後部の隅っこで、縁にある段差に座って紙巻き煙草を吹かしていたザクロは、
「ミヤ、ちょっとそこで待て。……」
「ああ。暇だからゆっくりでいいよ」
艦橋の背後にある出入り口の窓から出てきたミヤコを見て、掌を突き出して彼女を制止した。
ちなみにヨルは帰った時点で半分寝ていたため、歯磨きだけして自室ですでに就寝していた。
「……ふぅ。で、どうだったよ?」
勢いよく息を吸って、残り4分の1ぐらいの煙草をほとんど燃焼させてから消し、身体に消臭ミストスプレーをかけてからザクロは彼女へ手招きして呼び寄せる。
帰ってすぐに、ミヤコは自室にてインカメのサーバーに潜り込み、そこから得た情報を元に発信源をたどり、ものの30分で犯行予告の犯人へたどり付いていた。
「この人で多分間違い無いと思う。本アカウントの方でアレックス氏に対してかなり攻撃的だったし」
「どれどれ。いや、いい年こいてこんなことやってんのかコイツ……」
隣にやって来たミヤコがホログラム画面で見せたのは、通信端末をハッキングしてインカメラで撮影された、不動明王のような顔つきの40代の女だった。
「まあでも、人を誘拐できるような組織がこんなんでもケツ持ってんだから、偏見でモノ言うもんじゃねぇな」
「いや。この人自体は単なる資産家の娘で、株のトレーダーをやっているだけだよ」
「……。あっそ」
皮肉ってかぶりを振っていたザクロは、予想がものの見事に大外れとなり、やや赤ら顔になってムスッとした表情を見せる。
「じゃあ何か? 堅気で世間知らずのお嬢が、ノリと勢いだけで『宇宙海賊連合会』に手配書を申請したってのか?」
「ビンゴ。ちょうど今日付で、生死を問わず(デツド・オア・アライブ)の7千万クレジットの手配書が出回ってるね」
ザクロの発言を聞いたミヤコは、そこのポータルサイトに何カ所もコロニーを経由した回線で繋ぎ、誘拐の項目で調べると、新着の1番目にその手配書があった。
「おいおいおい、マジかよ……」
あまりにも考え無しに突っ走る行動力に、煙草の代わりにくわえたリキッドパイプを口の端からポロッとこぼし、ザクロは頭が痛そうに額に触れた。
「依頼待ちとか呑気なこと言ってらんねぇぞこれ」
「下手したらもう潜り込んでるかも知れないしね」
「おう。――おうクレーのばっちゃん」
「なにさね?」
「夜遅くすまねぇが緊急の案件でな――」
深々とため息を1つ吐いてから、ザクロは通信端末を取りだして、クレーのそれへ電話をかけると、彼女は2コールで出てはっきりとした口調で応対した。
「――てなわけだ」
「あーん? なんだいそりゃあ」
「同感だ。オレも言っててアホらしいけどマジなんだよ……」
今回の一件のあれこれをクレーに説明すると、自身と同じ様に困惑の声を挙げる彼女へ、ザクロはため息交じりにそうぼやいた。
ややあって。
いよいよイタズラのレベルではなくなり、正式にザクロ達へアレックスの身辺警護がその日のうちに依頼された。
ゴンドラの最終便が出てしまっていたため、ザクロは艦に積んであるホバーバイクで、『東』区画の第1階層に建つ選手寮まで駆けつける。
「なんかその、すいません。こんな夜中からお手数をおかけして……」
その3階にあるアレックスの部屋に通されたザクロへ、ベッドに座る部屋の主は綺麗に手入れされた爪を落ち着かない様子でいじりつつ、申し訳なさそうに頭を下げた。
備え付けの机とその反対側にベッドがあり、玄関の横に風呂トイレのユニットバスのみという、本当に帰って寝るだけの部屋だった。
「手数もなんもねぇよ。オレ達ぁこういうので飯食ってんだから」
「ボクも余裕で起きてられるしね」
その机の椅子に背もたれを前にして座りながら、ザクロはかぶりを振ってからニヤリとして答え、中型ドローンのスピーカー越しにミヤコも続く。
「――お? メアか」
「拙者も参上したでござるよー」
まるで話を聞いていたかのようなタイミングで、バンジが部屋の前からテレビ電話をかけてきた。
「じゃ、お前は外頼むわ」
「ちょちょ。あのー、イスとか無いんでござるが……」
「あっ、スタッフさんに1脚頼んでおきます」
確認したところですぐに通話を切ろうとするザクロをバンジは呼び止めて、廊下に敷かれたただのタイルカーペットを映しながら嘆くと、アレックスは慌てて内線でスタッフにパイプ椅子を手配させた。
「すいません先輩。ウチの球団あんまりお金無いんで……」
それは座面にダクトテープが貼ってあり、若干がたついている背もたれ無しの丸椅子だった。
「なんのなんの、住めばならぬ座れば都でござるよ」
「えらく狭い都だな」
「火星連邦の零細都市国家ぐらいの面積だねぇ」
「……そう思うなら場所を代わって欲しいものでござるなぁ」
「え、やだよ」
「代わってあげたいけれど、ボクは鉄火場じゃ戦力外だからねぇ」
ザクロはにべもなく、ミヤコは残念だけれど、と、全然残念じゃなさそうな声で拒否した。
「ミヤならパワードスーツぐらい作れるんじゃねぇの?」
「戦闘用までレスポンスが良い物は流石に作れないかな」
「でもミヤのばーちゃん、戦闘用装備作ろうとしてたんならデータとか残ってねぇのか?」
「残念だけれど、軍事利用されたら危ないから、ってユミさんに言われて削除しててね」
「あー。まあそうか」
「だから出来ない様に、設計通りに作ったら膝が爆発するようにしたのはあるよ」
「どんなも――それ、〝膝に爆弾を抱えてる〟っていうダジャレか?」
呆れ気味にツッコミを入れようとしていたザクロは、途中でピクッと震えてから、悔しそうに顔をややしかめて訊ね、
「あー……。そ、そういうっ、いっ、意味だったのかっ! あっはっはっ」
ミヤコは目線を右上に向けて声を漏らし、直後、ツボに入ってゲラゲラと笑い転げ始めた。
「……」
スピーカー越しにミヤコの無駄に爽やかな高笑いが響く中、困惑している様子で半笑いするザクロをアレックスは両眉を上げて見ていた。




