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ザ・フロンティア・ダイヤモンド 5

 この回に犠牲フライの1点で追いついてアレックスの負けは消え、


「よしいけー! けえってこーい!」

「よーし! よしよし! しっかり踏むでござるよー!」


 8回裏に相手のエラーで2点目が転がり込んできて、ザクロとバンジはヨルとミヤコそっちのけで立ち上がって絶叫する。


「いよっしゃあ……。死ぬかと思った……」

「か、勝てば良かろうなのでござる……」


 最終回にクローザーの巨漢・モンマが、ノーアウト満塁から三者連続の空振り三振で締め、どうにかこうにかスターズは勝利までこぎ着けた。


 幼馴染みコンビは、疲労困憊でぐでぐなハイタッチをして、空気が抜けたみたいに息を吐いた。


「なんか凄かったですね……」

「いやあ。ジェットコースターみたいだったねぇ」


 これがプロの野球か、と興奮気味に深く頷いてそう言ったミヤコへ、〝が〟じゃなくて〝も〟な、とザクロは苦笑して訂正した。


 ややあって。


 試合後のインタビューが始まり、


「放送席、放送席。そして球場と全太陽系のスターズファンの皆様お待たせしました。ヒーローインタビューです!」


 朗々としたリポーターのアナウンスが流れると、球場に残っているファンの大歓声がこだまする。


「今日はお2人に登場していただきます。6回4安打1失点の好投オオサキ選手! 値千金の同点犠牲フライに逆転打を放ったチーム最年長のタマル選手です!」


 アレックスと大ベテランのタマルが、ホームベース上に用意された壇上へ上がった。


「オオサキ投手。ナイスピッチングでしたね」

「ありがとうございます」

「今日は毎回の9奪三振の活躍ですが、今の思い、いかがでしょう」

「そうですね。今日は高校の先輩が来ていますので、良い所を見せられてよかったです」

「3回には1死2塁3塁のピンチを連続三振で切り抜けられましたが、どのような事を意識していましたでしょうか」

「そうですね。甘くならない様にミットに収めることを意識していました」

「今日バッテリーを組んだミナハラ捕手を信じて投げたわけですね」

「そうですね」


 アナウンサーの質問に対し、アレックスはやや朴訥な声色と表情で淡々と答える。


「アレックスさん、お疲れなんですかね……?」

「いや、アイツは大体こんなんだぜ?」

「左様。むしろよく喋ってる方でござるよ」

「先週なんかアナウンサーが全部言っちまうから、そうですね、しか言わなかったな」

「なるほど、言葉よりも結果で示すタイプなんですねぇ」

「おっ。おめえ良い事言うじゃねぇか」


 話している間にも、ウケを一切狙ってない受け答えに苦笑いしていたザクロは、ヨルのポジティブな捉え方をした発言に、彼女の頭をポンと触れて称賛した。


「あ、ありがとうございます……っ」


 素早く赤面したヨルは自分を手でパタパタと扇いで、緩みきった笑みになるのを堪えた変な顔になりつつ小さく頭を下げた。


 などとやっている間に、アレックスからタマルへと質問の相手が移っていた。


 タマルはベテランらしく、こなれた様子で軽妙にジョークを飛ばす受け答えを見せ、それも終わって、アナウンサーが放送室へと返したときだった。


「舐めてんのか! お高くとまってんじゃねーぞ!」


 球場のマイクが、明らかに酔った勢いでの甲高くガラの悪い女のヤジを拾った。


 それをラジオで聴いていた星屑団・副団長の女がニタニタした顔をし、リード役の若い男に耳打ちすると、メッセージアプリを開いてグループチャットに送信する。


「せぇーのぉ! お高くとまるなオオサキ! お高くとまるなオオサキ!」


 それを星屑団全員が見たのを確認して、髪色がプリンになっている男は、いかにも知性が低そうな、粘度が高い声でコールした。


 それに対して、ついに周囲の観客から自発的に星屑団へ対して、そのコールを押しつぶす程の帰れコールが巻き起こった。


 一触即発の空気感になってしまい、選手は警備員に連れられて引っ込み、インタビュー後の抽選で当たったファンと選手の写真撮影も無くなってしまった。


 帰れコールを黙らせようとさらにわめ星屑ほしくず団の元に、盾を持った警備員が大挙して押し寄せ、取り押さえられても暴れる彼らを連行して行った。


「……スマン。ヨル、ミヤ。普段はこんなんじゃねぇんだけど……」

「いえいえっ、クローさんが謝ることないですよっ」

「そうそう。運が悪かっただけさ」


 俯きがちに悲しげな表情をしていたヨルと、異様な雰囲気に目を丸くしていたミヤコへ、ザクロが立ち上がって深々と頭を下げて詫び、2人は慌てて顔を上げる様に言う。


「野球観戦ってのは本来、贔屓ひいきのチームをガキみたいに応援したり、試合をお供に球場飯食ったり、好きな選手を見てキャーキャーしたり、みたいな愉快なもんなんだよ……」


 うめくように声を絞り出したザクロは、悔しそうにギリギリと歯ぎしりした。


「クローさん……」


 どう声をかけたら良いか分からなさげに、ヨルの口が開いてそのまま閉められた。


「まあまた来ればいいでござる。ここまで騒ぎになったら出禁でござろうよ」

「だろうけどなぁ……」


 荷物を片づけた一行が、バルコニーから室内へと移動したところで、


「あ、えっと。先輩方お久しぶりです」


 女性球団スタッフを連れて、スタッフ専用通路を通って来たアレックスが顔を出した。


「おうアレックス! おめえ立派になったもんだな!」

「ども……。約束通り、先輩方を招待出来る様な立場になりました」


 ゲンナリした顔と足取りだったザクロは、それを隠すように明るい声を出して迎え入れ、少し照れた様子でアレックスは後頭部に手をやって何度もペコペコする。


「で、その。フジエダ先輩。始球式のことなんですが」

「なんでござるか? あと拙者のことはバンジと呼ぶでござる」

「あっはい。――でも、その名前と喋りって変じゃないですか?」

「言ってやるな。いろいろあるんだよ事情が……」

「なるほど……」

「その哀れなナマモノを見る目はやめるでござるー」


 立場上本名を晒すのははばかられるものでこうなっている故ー、と、失言とばかりに口元を抑えているアレックスへ、バンジは正気である事をアピールする。


「えっと、私なんかが言うことでもないと思いますが……」

「ファンの事? いろんな人がいますよね」


 恐る恐る、といった様子で質問しようとしたヨルだったが、アレックスは表情を変えずに淡々と先回りして言い、全く堪えていない様子だった。


「相変わらずふてぇメンタルしてんなぁ。安心したぜ」

「ども……」

「これくらいじゃなきゃ、やってられないんでござろうか」

「モンマさんが、同点にされなければ1点差満塁3ボールまではOK、って言ってたから参考にしてるんです」

「ま、まあメンタリティだけは良いと思うぜ……」

「内容は参考にせんでいいでござるからな……」

「あ、はい」


 若干引きつった笑みを浮かべる先輩2人に対し、アレックスは不思議そうに目を丸くしていた。

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